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第3話 アシナと円盤

 翌日。日が昇ってしばらく経った頃、ジローの工房にはすでに金属の匂いが立ち込めていた。


 ジローはまだ若いが、幼い頃から手先が器用で、それを活かしてメカニックとして働いている。

 ラナスでも名の知れた工房で働いていたが、半年前に晴れて独立し、自分の工房を持った。

 特別繁盛しているというわけではないが、食べていくには十分であり、好きなことをしながら生活できていることに満足している。


 ジローは作業机の上に置かれたエアカーバイクのエンジンを、楽しそうにいじっている。

 窓から差し込む光は高く、昨日よりも白かった。


「おっす、ジロー」


「あ、ナユカ。おはよう」

 ジローは一旦作業の手を止めて、ナユカの方へ振り返った。


「あ、いいよ、続けて」

 ナユカは慌てて手を振った。


「そう? じゃあちょっとだけ待ってくれるかな。あと少しで終わるから」

 そう言って、ジローはエンジンの修理を続けた。


「ほぼ終わってるからね。あとは仕上げだけ……」


「よし、完成っと」

 ジローは腕輪型情報端末〈リンクレット〉を操作して、天井に取り付けた反重力装置を起動させた。

 エンジンが宙に浮き、部屋の隅の空いたスペースへ移動していく。


「終わった?」


「うん、大丈夫。いいよ」


「OK、じゃあ……」


 ジローの作業が終わったことを確認したナユカは、作業台に近づき、背負っていたリュックを下ろして、中から例の円盤を取り出した。


「これなんだけどさ」


 ジローはメガネ型情報端末、眼鏡型情報端末〈サイトグラス〉を起動させ、円盤を手に取り、角度を変えながらまじまじと見つめる。


「ガラクタだって、ジャンク屋で貰ったんだ。でも、なんとなく気になってさ……。ロボットか何かだとは思うんだけど……」


「うん、そんな感じするね。ちょっとオリオンの映画に出てたのと似てる……。ナユカが興味持つのわかるよ」


「だろ?」

 ナユカは少しだけ身を乗り出した。


「でも……」


「反応なし。腕も足もないし……でも真ん中にレンズはあるんだよな……」


 ジローは円盤をまじまじと見つめる。

 メガネに映るデータが目まぐるしく流れていく。


「どんなこと試したの?」

 ジローがナユカに尋ねた。


「いや、試すも何も、何をどうしたらいいか分からないだろ?」


「確かにね……」


 この時代の機械であれば、自分たちの手に余るものであっても、ある程度の想像はつく。

 ベースとなる構造は似通っているからだ。


 しかし、この円盤は違った。

 継ぎ目のように見える部分も、よく見るとそうではない。

 外殻を外すこともできないし、ジローのかけている眼鏡型情報端末〈サイトグラス〉でフィルターを通しても、中身を見ることができない。


 現在のそれとは違う技術で造られているように思われ、突破口が見つけられなかった。


「でも、そもそもエネルギー不足で動いてないってのもあると思うんだ……」

 ジローが円盤を再び作業台に置き、ナユカの方を向く。


「だから、電気流してみる? 壊してしまう可能性もあるけど……」

 ジローはお手上げといった様子で、ナユカに判断を委ねた。

 ナユカは少しだけ考えたが、他に方法もなさそうなので頷くことにした。


 ジローは工房の奥から、充填用の力場装置を持ち出し、その上に円盤を置く。


「どこが接点か分からないからね。力場で包んで、反応する部分があればそこにエネルギーが流れるようにする」


 ジローが機械を作動させると、円盤が薄青のフィールドに包まれた。


 そして、軽く電気を流す。


 しかし――


「ダメだね。完全に沈黙してる」


 ナユカは黙って円盤を見つめる。


 その後二人は円盤を熱したり、冷やしたりして反応を確認したり、分解できそうな隙間はないか改めて確かめたりした。

 さらに少し出力を上げてみたが、円盤は一向に動く気配を見せない。


 ジローは困ったように笑い、小さく首を振った。


「うん。完全にお手上げだね。触っても、熱しても、冷やしても内部反応はゼロ。分解もできないし、素材も“普通の金属じゃない”よ、これ……」


「普通じゃない……か」


「値打ちものかな?」

 ナユカは冗談めかしてぽつりと呟いた。


「さあ、それはどうかな」

 ジローは少し笑った。


 二人は腕を組んで考え込んだ。

 およそ考えつくことは試した。しかし、今のところ円盤は動き出す気配を見せない。


「……何か、とっかかりがあればって感じなんだけどね」


「そっか……手がかりだけでもあればな」


 その空気を破るように、明るい声が響いた。


「おはよう!」


「あ、ナユカ、もう来てたんだ」


 少女が勢いよく扉を開けて入ってくる。

 大きな瞳がきらきらと輝いていた。

 朝だというのに、ひとりだけ空気が弾んでいる。


「おはよう」

 ナユカがアシナに答える。


「いらっしゃい、アシナ」

 ジローもアシナの来訪を歓迎した。


「はいこれ、リムハルトのお土産。20万色レインボー饅頭。お店の人に聞いたら一番人気らしいわよ」

 そう言ってアシナは紙袋を二人に渡した。

 包装紙に描かれた饅頭が、ピカピカに光っている。


「で、どうなの? ナユカの言ってた円盤は?」


 アシナは二人から視線を外し、作業台の上で目を止める。


「あ、これがそうなのね」


 アシナは机に近づき、円盤を覗き込んだ。


「へぇー、確かに、今どき見ない感じのデザインね」


 そして、軽く触れるように表面を撫でる。


「だろ、キャプテン・オリオンにもこんなの出てただろ」


「そうなの? 私見てないから……」


 アシナはそう言いながら、ナユカとは目を合わさず、もう一度指先で縁をなぞった。


「ねぇ、どんなこと試したの?」


 促され、ナユカとジローは試した内容を順に説明した。

 触れる、角度を変える、温冷刺激、内部スキャン――そして最後に、弱い電流を流したが反応ゼロだったこと。


「……弱い電流、ねぇ」


 アシナは腕を組み、少し考えてから言った。


「じゃあさ、もっと強い電流を流してみたら?」


「え?」

「強いの?」


 ナユカとジローは一瞬目を合わせ、アシナと円盤を見る。


「弱すぎただけって可能性、あるでしょ? 動くものなら、もっと刺激があった方がいいかもよ」


 ジローが目を丸くする。


「いや……まぁ、強すぎなければ危険じゃないけど……」


「強すぎる方がいいのよ」


 アシナは笑い、親指をぐっと前に突き出した。


「出たよ……」


 ナユカは小さく呟き、ジローを見る。


「壊しちゃったら嫌で避けてたんだけどな……」


 ジローは苦笑しながらも、観念したように頷いた。


「……じゃあ少しだけ、強めてみるよ」


「うん、そうしましょう」


 アシナは円盤を机の中央に戻し、ナユカは隣に立って見守る。


 ジローは慎重にダイヤルを調整した。


「いくよ……」


 工房に静けさが戻る。


 パチッ。


 さっきより鋭い音が響いた。


 直後、円盤の中心が淡く光る。


「……!」

「今の……」

「光ったよね?」


 三人が息を呑む。


 ほんの一瞬の輝き。

 だが、“内側で何かが起きた”ことは、全員が理解していた。


「……これ、本当に動くのかもしれない」


 ナユカの声は、わずかに震えていた。


「もう少し、上げてみる」


 ジローはそう言って、さらに出力を上げた。


 パチッッ。


 さっきより強い音が鳴る。


 再び、円盤の中心が淡く光った。


 三人は、しばらく言葉もなく見つめる。


 朝の光の中で、円盤は静かに横たわっている。

 だが、先ほどまでとは明らかに違っていた。


 反応は、確かにある。


 その事実が、三人の胸に残る。


「……準備できたよ」


 ジローは装置を確認し、二人を見た。


「ナユカ、アシナ。少し下がって」


「うん」

「了解」


 ジローは深く息を吸い、スイッチに指を添える。


「――いくよ」


 カチリ。


 最高出力の電流が流れ込む。


 その瞬間、円盤の縁が淡く点滅し始めた。


 これまでにはなかった反応。


「……おっ……」

「これ、さっきと違うよね?」


 アシナが思わず声を上げる。


 銀の表面に、細い線が走る。


 光は表面をなぞるのではなく、内側へと吸い込まれていく。


 中心部が、わずかに沈み込むように見えた。

 しかし、それはすぐに元に戻る。


「やっぱりパワーが足りないってこと?」


「たぶんね」

 ジローが答える。


「反応するってことは、完全に死んでるわけじゃない。でも普通の電力じゃ足りないみたいだ」


 アシナは少し考え込んでから、ふっと顔を上げた。


「じゃあね、これ使ってみる?」


 そう言って、首元に下げていた装飾品を外した。


 細い鎖の先に、小さな宝玉がついている。

 朝の光を受けて、内部に淡い光を溜めているように見えた。


 ナユカは目を瞬く。


「え、それ……?」


 だがジローは、宝玉を見た瞬間に表情を変えた。


「……ちょっと待って。それ、ひょっとしてルミナイト鉱石?」


 机のそばまで身を乗り出す。


 ナユカは思わずジローを見た。


「え? なにそれ」


 ジローは宝玉から目を離さないまま答える。


「ルミナイト鉱石だよ。Frontier Galaxies〈辺境銀河〉で見つかった希少鉱石」


「そんなすごいものなの?」


「莫大なエネルギーを蓄えられる。中央じゃかなりの値打ちものだよ。トレジャーラッシュの原因のひとつにもなったくらいだ」


 ナユカは今度はアシナを見る。


「なんでそんなの持ってるの」


「まあ、いいじゃない。女の子にあれこれ聞く男はモテないわよ」


 アシナは楽しそうに笑っている。


 ナユカはまだ半信半疑のまま、宝玉と円盤を見比べた。


「……それで、動くの?」


「わからない。でも、ただの電気よりはずっと強いエネルギーを溜められる素材だから、相性があるなら、可能性はあると思う……」


 ジローは数秒迷っていたが、やがて観念したように息を吐いた。


「よし……試すだけ試してみよう」


 アシナは頷き、宝玉を鎖から外して机の上に置いた。

 ジローは装置のケーブルを調整し、円盤のそばに宝玉を固定する。


「急に変な反応が出るかもしれない。二人とも、少し下がって」


「うん」

「了解」


 ナユカとアシナが一歩下がる。


 工房に静けさが落ちた。

 窓の外の鳥の声さえ、妙に遠く聞こえる。


 ジローは装置を確認し、ゆっくりとスイッチに手をかけた。


「いくよ」


 カチリ。


 電流が流れる。


 最初は何も起きない。


 だが次の瞬間、宝玉の内側で淡い光が脈打った。


「……!」


 その光に呼応するように、円盤の縁に細い線が浮かび上がる。


「光った……」

 ナユカが息を呑む。


 さっきまでの微弱な反応とは、明らかに違った。

 円盤の中で、何かが“繋がった”ような感覚がある。


 ジローは表示を睨みながら、低く言った。


「出力は安定してる……いや、違う。これは供給されてるっていうより……蓄えたエネルギーを引き出してる……?」


 アシナはじっと円盤を見つめている。


 円盤の表面を走っていた光が、今度は中心へと吸い込まれていく。


 銀色の外殻に、見えなかった継ぎ目が浮かぶ。

 中心部が、ゆっくりと沈み込むように動いた。


 誰も動けなかった。


 ただ、目の前の変化を見守るしかない。


 光はさらに強くなる。

 工房の空気が、ぴんと張りつめた。


 そして――


 光が、開いた。

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