第2話 ルーチェフォードの生活
ルーチェフォードの外れに広がる宇宙港に、一隻の大型宇宙船が着陸態勢に入っていた。
地上に設置された巨大な港湾ゲートが、ゆっくりと口を開く。
船体は姿勢を保ったまま降下し、青白いトラクタービームに導かれて、そのまま静かに格納空間へ滑り込んでいった。
低い駆動音が朝の空気を震わせる。
その音を遠くに聞きながら、町はいつもの一日を始めようとしていた。
――
ここ――ラナスは、銀河の中心から少し離れた小さな星だ。
かつては高度な文明が栄えたらしいが、今はその名残も薄い。
銀河の中では少し進んでいる程度の、穏やかな辺境にすぎなかった。
自然は豊かで、空気も水もきれいだ。
それを売りにした観光業も盛んだった。
けれど若者にとっては、夢を抱くには少しだけ退屈な場所でもある。
そんな環境が、逆にナユカにはちょうどよかった。
――この星を出て、自分の船で、Frontier Galaxies〈辺境銀河〉の未知の惑星を探索する。
その夢が、退屈な毎日に芯を与えてくれる。
だからこそ今日も、早く家を出た。
「ノーカ行ってくるよ!」
「ナユカ、気ぃつけてな」
玄関に用意していた荷物をぱっと手に取り、エアボードに飛び乗る。
古いビルの屋上にある住処から、壁沿いに一気に滑り下り、ナユカはそのまま朝靄の残る街へ飛び出した。
――
ルーチェフォードの町の中心には、星間活動統制機構 CORBIC〈コービック〉の支部がある。
星間探索者の登録や任務を管理する独立機関で、ランクに応じて仕事の斡旋も行っていた。
「おはよう、ナユカ」
受付の女性が、カウンター越しに書類をまとめながら声をかける。
「おはよう。今日の仕事、何かいいのある?」
「ふっふっふ、任せなさい。ナユカ向けにいくつか取っておいたよ。ほら」
腕のデバイスに依頼データが送信された。
迷子の宇宙生物〈スターミンク〉の捜索
宇宙演歌歌手ルル=ガンナの公演警備補助
旧水路に入り込んだ光虫ルミネラの誘導
反重力散水レールの詰まり解除
その他、短時間作業いくつか
「……大変そうなの混ざってるね」
「その分、報酬もいいでしょ。でも、簡単そうなやつだけでもいいのよ」
「いや、全部やる。まず午前中に細かいのから片づけるよ」
「うん、じゃあお願いね。だけどあんまり無理しちゃダメよ」
ナユカは軽く手を振り、外へ出た。
多くの人は光柱型情報端末〈コルネット〉で仕事を探す。
街を歩けば、至るところに光の柱が立ち上がっていた。
それでもナユカは、毎朝ここに顔を出している。
少しでも割りのいい依頼を回してもらうためだ。
夢には、資金がいる。
先日の失敗で、ナユカの計画はまた一からになった。
「楽に稼げたらいいんだけどね。世の中、簡単にはいかないよな」
息をひとつ吐いて、空を見上げた。
その日は、時間のかからない仕事から順にこなした。
地域用搬送ボットの記憶ルート再設定を行い、反重力散水レールに詰まった枯れ葉を取り除き、旧水路では光虫ルミネラを光誘導棒で巣へ戻した。
汗はかいたが、悪くない。
こうして仕事をこなしていると、夢に、ほんの少しだけ近づいた気がする。
――
「ナユカッ」
帰り道、大通りを歩いていると声が飛んだ。
振り返ると、CORBIC〈コービック〉の先輩ガルドが手を振っている。
「仕事は終わったのか?」
「うん、今日できる分はね。時間がかかりそうなのはまた別日にするよ」
二人はそのまま並んで歩き始めた。
「そういや聞いたぞ、無許可で宇宙船飛ばしたんだって?」
ガルドは興味津々な様子で切り出した。
「……ノーカだな、全く。言いふらしてないだろうな……」
ナユカは少しばつの悪そうな顔をした。
「心配してるんだよ、ミリアに相談したみたいだぞ」
「ミリアか、ラネッサには?」
ナユカはそう言って、ガルドの顔色をうかがった。
「ミリア、言っちゃおっかな〜、とか言ってたぜ」
ガルドはニヤリと笑った。
「やめてよ」
ナユカは顔を背けつつ、手を払いながら言った。
「ラネッサ、怖えもんな!」
ガルドは大声で笑いながらナユカの背中をバンと叩いた。
「でも、辞める気はないんだろ?」
「当たり前じゃん。
僕はFrontier Galaxies〈辺境銀河〉まで行って大冒険をするつもりなんだから」
「いつか、キャプテン・オリオンだって超えてやるんだ」
ナユカは両拳を顔の前で握る。
「大した夢だな」
ガルドは呆れたように笑う。
「そのくらいでやめるなら、最初からこんなことしてないよ」
ナユカは楽しそうに笑った。
「……でも、そのためにはお金がいるんだけどね」
口元に小さく笑みを浮かべる。
ガルドはナユカの肩を軽く叩き、楽しそうに笑った。
「いいね、そういうところ好きだぜ」
――
夜。
ガルドと別れたナユカは、すこしジャンク街に寄り道をしてから家に帰った。
ジャンク街のような場所では、扱う商品が日々変わる。
ちょっとでもいいものを拾おうと思えば、足繁く通うしかない。
空振りに終わることがほとんどだが、商品を見て、宇宙船を組み立てる事を想像するだけで、ナユカはワクワクした。
「ただいまー」
「おかえりなせぇ、ナユカ」
三角頭巾を巻き、エプロンをしながら厨房に立っていたノーカが夕食をテーブルに運ぶ。
屋上の庭に作った畑でノーカが育てている野菜を中心にした夕食だ。
「鶏肉が安くで売ってたからよ、今日はちょっと豪勢にしたぞ」
「お、やった、なら早速ご飯にしようよ。お腹ぺこぺこだよ」
ナユカはそう言って席についた。
「そのつもりだよ。たんと食べてけ」
ノーカはもともと農作業用のロボットで、作物を育てるのは得意だが、料理は専門外だった。
それでもナユカのところに来てから、少しずつ教わっていくうちに、今ではちょっとした店に出せるくらいの腕前になっている。
「うん、美味しいよ。また腕あげたんじゃない?」
ナユカは相当腹が減っていたのか、出された料理をがっついて食べた。
「ナユカに喜んでもらえたら嬉しいな。もっと頑張らねえとな」
表情は変わらないが、ノーカはどこか嬉しそうに見えた。
ナユカも素直にそう言われて少し照れたのか、少しだけ下を向いて、また料理を口に運んだ。
「あ、そういえばノーカ、ミリアに宇宙船のこと言っただろ」
ナユカはふと思い出し、少しだけ詰め寄るように言った。
「当たり前じゃねぇか。あぶねえ事ばっかりして……」
「一回、ちゃんと怒ってもらった方がええ。ラネッサじゃなくてミリアに言ったことに感謝してほしいぐれぇだ」
ノーカは、何を当たり前のことを言ってるんだと言わんばかりだった。
「う、それは……まあそうだけど……」
ナユカはそう言われると、何も言い返せない。
「大体、お前らは危ねぇ事やりすぎだ。東層区の幽霊騒動の時だって、一歩間違ったらどうなってたことか……」
「ごめんって。でもあの時は結局うまくいったから、よかったってノーカも言ってたじゃん。ねぇ、もういいでしょ」
「いいや、ダメだ。いい機会だから言わせてもらう。大体おめぇはいっつも、いっつも……」
ノーカは普段はそんなことはないのだが、ごく稀に火がつくと手に負えないことがある。
こういう時は落ち着くのを待つしかない。だが、なかなか終わらないので、うんうんと頷いているだけでも首が痛くなる。
(どのソフトにこんな機能が入ってたのかな……?)
ナユカは、こうなるたびに、ノーカへ最初に入れたデータのことを思い返していた。
「おい、聞いてるか、ナユカ!」
――
夕食後。
ノーカの長い話からようやく解放され、ナユカは自室に戻ってきた。
部屋には宇宙船に関する機材や、様々なガジェットが所狭しと置かれている。
その中に、この間の円盤が無造作に置かれていた。
ナユカはベッドに大の字に寝っ転がり、その円盤へ目を向けた。
「ロボットだと思うんだけど、どう動かすかわからないんだよな……」
ジローのところへ持って行ってみるか……
そう考えていたナユカのもとにコールが入る。
ナユカは腕輪型情報端末〈リンクレット〉を操作し、コールに答えた。
「ナユカ、今何してるの?」
Sound Onlyの黒い画面の向こうから、女の子の声がする。
「別に、何もしてないよ。寝転んでたところ。アシナは?」
「ラナス系の外縁まで出てたの。さっき、ようやく帰ってきたところよ」
アシナの父親は外交官をしており、主要な会合等が行われる際はアシナもついて行くことがある。
来年開催予定のラナス会議に向けた調整を行うために、外縁まで出かけていた。
「お土産買ったから渡そうと思って。ナユカ、明日は時間ある?」
「仕事はないけど、ジローのところに行こうと思ってるんだ。ちょっと見てもらいたいものがあってさ」
ナユカは円盤に視線を移した。
「ジローのところに? また何か面白いことやろうとしてる?」
アシナは興味ありげに聞き返してくる。自分も混ぜてと言わんばかりだ。
「そんなんじゃないよ。自分じゃどうにもならないことがあってさ」
ナユカはアシナの様子に苦笑しながら、ジャンク屋で手に入れた円盤の話をした。
「へぇー、ナユカがどうすることもできないなんて興味あるわね。じゃあ、私もジローのところへ行くから、お土産はそこで渡すわね」
「分かった、連絡しとくよ」
そう言って、ナユカはアシナからのコールを切った。
(でも、勝手に決めちゃったけど、ジローは予定大丈夫かな?)
ナユカがジローに連絡すると、すぐに「OK、いつでも大丈夫」と返信があった。
ナユカはそのメッセージをアシナに転送する。
アシナからは、「了解! 楽しみ」とだけ返事が返ってきた。
ナユカはベッドから立ち上がり、机の上にあった円盤を両手で持ち上げた。
頭の中に、さっきのアシナの言葉が蘇る。
『また何か面白いことやろうとしてる?』
「別にそういうつもりはなかったんだけどな……」
でも、アシナにそう言われると、少しだけワクワクしてくる。
円盤を持つ手に、わずかに力が入った。




