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元悪役令嬢は、まだ恋を知らない  作者: 黒霧依織


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9/15

ミカエリス王国の王宮。シグルド王国の第二王子レンから届いた返書を読んだ

ハヤトは怒りで顔を真っ青に染めていた。


レンの綴った文字は、一見すれば洗練された極上の宮廷文体。

しかしその内容は「精霊に捨てられた無能な王子へ。

我が国に不法投棄された宝を、泥棒のように欲しがるとは迷惑極まりない」と

ハヤトのプライドをズタズタにする、この上なく冷徹な侮辱に満ちていた。


「シグルドめ、舐めおって……!

地頭が良いだけの第二王子が、偉そうに……!」


ハヤトにはもう、レンの警告の重さを理解する余裕すら残っていなかった。

王宮の周りでは精霊の嵐が猛り狂い

リデルや両親は恐怖で正気を失いかけている。

追い詰められたハヤトは、完全に理性を失った。


「こうなれば強行手段だ。シグルドの辺境など、精鋭部隊で奇襲すれば容易い。

タツキを力ずくで奪い返せ!」


それは、国家間の絶対的な一線を越える「宣戦布告」に他ならなかった。


その頃、シグルド王国の王都に近い市場。

タツキは隣に立つヒカルの圧倒的な体を見上げて、小さくため息をついていた。


「ヒカルさん、本当に毎回、買い出しに付いてこなくていいんですよ?

警備のお仕事はいいんですか?」


「仕事の一環だ。お前が心配だからな」


無骨な護身用の長剣を腰に帯びたヒカルは、荷物カゴを持ってやっている。

そんな二人の前に、人混みを割って一人の青年が歩み寄ってきた。


「おや、タツキさんではないですか。こんにちは」


「あ、レンさん! こんにちは」


そこにいたのは、宿屋に時々顔を出す、レンだった。

タツキは彼が第二王子だとは知らず

「頭が良くて、ちょっと意地悪なヒカルさんの弟」だと思っている。


「レン、お前、なぜここに……」

ヒカルが眉をひそめた、その瞬間だった。


市場の結界石が異常な魔力を感知して甲高い音を立てた。

同時に、市場のあちこちに潜んでいた

シグルドの隠密部隊や街の人々が一斉に動き出した。

タツキが驚く間もなく、完璧に避難を完了させていく。


「な、何事……!?」


静まり返った市場の入り口から土足で踏み込んできたのは

ミカエリス王国の紋章をつけた隠密部隊だった。


「見つけたぞ、タツキ嬢! ハヤト殿下の命令で連れ戻しに来た!」


兵士たちが一斉に武器を抜く。

タツキは一瞬、かつて自分を罪人扱いした

ハヤトの冷酷な声を思い出して身を硬くしたが

その瞳に凛とした怒りの光を宿した。


「ハヤトの差し金ね……。どこまで卑劣な男かしら」


しかし、タツキの前に二つの巨大な影が立ちはだかった。


「……我が国の領土に武器を持って侵入し、シグルドの民を誘拐しようとは。

これをミカエリスからの『宣戦布告』と受け取っていいんだな?」


ヒカルの声音から、完全に温度が消えていた。

カゴをレンに手渡すと、腰の護身用の剣を引き抜く。

ただの警備兵が放っていい威圧感ではない。


「僕の書いた手紙の文字が、あの馬鹿王子には読めなかったようなので

次は『痛み』で教えてあげるしかありませんね」


レンはカゴを大事そうに抱えたまま、冷ややかで

ゾッとするほど美しい笑みを浮かべて兵士たちを見下ろした。


「タツキ、俺の後ろにいろ。指一本、触れさせない」


ヒカルがタツキを庇うように背中で遮る。

その背中はあまりにも大きく、温かかった。


ミカエリスでは誰も守ってくれなかった。

けれど今の彼女には、国をも敵に回す覚悟の男たちが立っている。


「ヒカルさん、レンさん……?」


タツキはまだ二人が王子だとは気づいていない。


けれど、この理不尽な襲撃が、ミカエリス王国の完全な破滅と

シグルドの反撃の合図であることを、その場の誰もが確信していた。

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