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元悪役令嬢は、まだ恋を知らない  作者: 黒霧依織


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8/16

シグルド王国の王宮

その最深部にある円卓会議室は

かつてないほどの「冷気」に包まれていた。


ミカエリス王国から届いた、身勝手な親書。


『タツキ嬢は我が国の公爵令嬢であり

第二王子ハヤトの婚約者である。

一時的な謹慎は解かれたため

今すぐ我が国へ返還されたし』


その書状を一読し

円卓の最上席に座るシグルド国王が

重々しく、しかし怒りを孕んだ声を響かせた。


「どの口がそれを言うか。

着の身着のまま精霊の森へ放り出し

野垂れ死にをさせようとしたくせに

精霊にそっぽを向かれた途端にこれだ」


「本当、呆れ果てたわねぇ。

本質を見極められない愚か者たちの

相手をするだけでこちらの品格が下がりそうだわ」


国王の隣で、優雅に扇を動かしながら

ため息をつくのは、現王妃。

つい数時間前まで

辺境の宿屋でエプロンを着て笑っていた

肝っ玉女将の面影は消え去り

そこには国母としての圧倒的な威厳があった。


「……返すわけがないだろう」


低く、地を這うような声で遮ったのはヒカルだった。

普段の無骨な警備兵の服ではなく、第一王子の正装に身を包んだ彼の瞳は、かつてないほど鋭く

冷徹な光を放っている。


「タツキは、あの国で妹の我儘の盾にされ

愚か者に泥を塗られた。

あいつらは、タツキがどれほど深く傷ついたか

一ミリも理解していない。

すでにタツキはシグルドの人間だ。

指一本触れさせるつもりはない」


ヒカルの尋常ではない殺気に

円卓の対面に座っていた第二王子のレンが

ふっと小さく、どこか楽しげに笑った。


レンは兄のヒカルとは対照的に

涼しげで端正な容姿の中に

底知れない冷徹さと鋭い知性を

秘めたシグルドの頭脳だ。


「兄上、部屋の隅の精霊たちがガタガタ震えていますよ」


「……レン」


「ですが、僕も同意見です」


レンは長い指先でミカエリスからの親書を

トントンと叩くと冷ややかで

蔑むような笑みを浮かべた。


「ミカエリスの第二王子のハヤトでしたか?

随分と頭の悪い王子ですね。

精霊の怒りを買い、国の中枢が滅びかけている

からといって、一度捨てた『盾』を

また呼び戻そうとするなんて。

タツキさんの才能を見抜けず悪役令嬢に

仕立て上げた時点で、あの国は詰んでいます。

本質を見極められなかったツケは

己の命で払ってもらいましょう」


レンの容赦のない言葉に、国王も深く頷く。


「うむ。我が国がミカエリスの無礼な要求に

応じる理由は万に一つもない。

タツキ嬢の身の安全は

シグルド王国が全面的に保証する」


「決まりね!」


王妃が嬉しそうにパンと手を叩いた。


「そうと決まれば、あの馬鹿王子には

レン、貴方の得意な

『プライドをズタズタにするお返事』を

書いてちょうだい。

あ、それからタツキちゃんの

魔法使いの祖父母様たちは

いつでも我が国へ亡命できるように

秘密裏に手配を勧めなさい」


「御意、母上。徹底的に追い詰めましょう」

レンは美しく、しかしゾッとするほど

冷酷な笑みを浮かべて一礼した。


「ヒカル、お前は引き続き、彼女の傍にいてやれ。

まだ正体は明かしていないのだろう?」


国王の問いに

ヒカルは少し気まずそうに視線を逸らした。


「……ああ。まだ、街の警備兵だと思われている」


「まぁ! あんなに毎日

私の店で必死に薪を割ってアピールしてるのに

まだ進展してないの? じれったいわねぇ!」


王妃からの突っ込みに

ヒカルは耳まで真っ赤にして黙り込むのだった。





その頃、王宮内でのそんな恐ろしい

(一部アットホームな)会議など露知らず――。


「ん〜、今日の晩御飯は何にしようかな?

女将さんに美味しい魚の焼き方を教わったから

鯖でも買って帰ろうかな…?」


王都に近い活気あふれる市場で

タツキは大きな買い物カゴを腕に抱え、

のんきに買い出しを楽しんでいた。


彼女の周りでは、買い物の邪魔をしないように

小さな精霊たちが楽しげに

ふわふわと浮かんでは消えている。


この国の王族一家(最強の味方たち)に

これ以上ないほど過保護に守られていることに

タツキが気づくのはもう少し先の話である。

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