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元悪役令嬢は、まだ恋を知らない  作者: 黒霧依織


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10/15

「ひっ……なんだ、この化け物は……っ!?」


ミカエリス王国の襲撃部隊は、完全に戦慄していた。

ただの辺境の街、ただの警備兵と、宿屋の身内のはずだった。

しかし、目の前に立つ大男――ヒカルの放つ凄まじい威圧感に

熟練の兵士たちが一歩も動けなくなっていた。


「人を化け物呼ばわりとは酷いな。

俺の目の前で、タツキに手を伸ばそうとした罪……その身で購ってもらおう」


ヒカルが護身用の長剣を一閃させた。

刹那、市場の石畳を割るほどの衝撃波が走り

襲撃部隊の前衛が一瞬で吹き飛ぶ。


「うわああああっ!」

「に、逃げ――」


「おっと、逃がしませんよ」


背後に回ろうとした暗殺者たちの足元を、レンが冷徹な視線で射抜く。

レンが合図をすると、潜伏していたシグルドの精鋭隠密部隊が一斉に飛び出し

瞬く間にミカエリスの兵たちを取り押さえていった。


地頭が良いだけの第二王子、などとハヤトは侮っていたが

レンの張り巡らせた網は

最初からネズミ一匹逃さない完璧なものだったのだ。


「ヒカルさん、レンさん……本当に何者なの……?」


あまりにも圧倒的な、軍隊並みの統率力。

そしてヒカルの強さを目の当たりにして、タツキは呆然と呟いた。


「タツキ、怪我はないか!?」


敵を瞬殺したヒカルは、次の瞬間にはいつもの「心配性の大型犬」に戻り

剣を鞘に収めてタツキの手を包み込んだ。


彼女を失うかもしれないという恐怖が、彼を揺らしていた。


「え、えぇ……私は大丈夫です。

それより、本当にただの警備兵なんですか……?」


「それは……」

ヒカルが気まずそうに視線を泳がせる。


「まぁまぁ、タツキさん。詳しい話は、安全な場所でゆっくり話しましょう。

なんせ、あちらから宣戦布告をしてきてくれたんです。

ちょっとした準備をしなければなりませんからね」


レンが、タツキの買い物カゴを持ったまま、底知れない笑みを浮かべて言った。


数分後。

タツキが連れてこられたのは、辺境の宿屋――ではなく

その地下に隠されていた、王宮直通の転移魔法陣の間だった。


「……は?」


呆然とするタツキの前で、魔法陣が眩い光を放つ。


光が収まった先、目の前に広がっていたのは

白亜の大理石で彩られた壮麗なシグルド王国の王宮・謁見の間だった。


そして、玉座の間には、厳かな衣装に身を包んだシグルド国王。

その隣には――。


「おかえりなさい、二人とも! タツキちゃんが無事で本当によかったわ!」


豪奢なドレスをまとい、ティアラを輝かせた

あの宿屋の「女将さん」が、いつもの豪快な笑顔で手を振っていた。


「お、女将、さん……? え? ドレス……え??」


混乱するタツキの横で、ヒカルとレンがすっと背筋を伸ばし

玉座の前で完璧な騎士の礼を取る。


「父上、母上。ミカエリス王国の襲撃部隊を拘束しました

我が国への宣戦布告と見なします」


ヒカルの凛とした声が響く。


「タツキ、今まで黙っていてすまない。俺はこの国の第一王子だ。

 そしてレンは第二王子。……お袋は、現王妃だ」


「……は、はいぃぃぃっ!?」


タツキの頭の中で、すべての点と線が繋がった。

毎日必死に薪を割っていた大男は、この国の最強の第一王子。

時々いじわるな知恵を貸してくれた青年は、冷徹な第二王子。

そして、美味しい賄いをくれて

ヒカルを「純情な大型犬」と呼んでいた肝っ玉女将は、一国の王妃だったのだ。


「そんな……私、とんでもない不敬を……!」


真っ青になって平伏しようとするタツキの肩を、王妃が優しく抱き止めた。


「気にしないで、タツキちゃん! 私は貴方が気に入って

あの子(ヒカル)は貴方に一目ぼれした。それだけよ!それよりも……」


王妃の瞳が、すっと冷酷な国母のそれに変わる。


「我が国の『未来の宝』を傷つけ、泥を塗ったミカエリス王国には

徹底的に代償を払ってもらわなきゃね」


「我がシグルドの軍を動かす。精霊を怒らせ

破滅へ向かう愚か者たちに、本物の恐怖を教えてやろう」


国王の重々しい宣言に、ヒカルが力強く頷き、レンが冷ややかに微笑む。



ハヤトの放った凶行は、完全にシグルド王国の逆鱗に触れた。


タツキが自らの正体と、自分を取り巻くあまりにも巨大な愛に気づいたその裏で

ミカエリス王国への「最強の反撃」が、今まさに始まろうとしていた。



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