第二話 出会い
シグルド王国の辺境にあるその街は、無骨な石造りの建物が並んでいた。
その一角にある宿屋の裏手で、タツキは今日も黙々と作業をこなしていた。
「よし、これで最後……っと!」
細い腕には不釣り合いなほど大きな薪の束を抱えて、タツキはふぅと息を吐く。
短く切り揃えた黒髪がさらりと揺れて
切れ長できりっとした瞳が、夕暮れの光を反射して琥珀色に輝いていた。
ドレスを脱ぎ捨て、動きやすい無骨な服に身を包んでいても
立ち居振る舞いの端々に染み付いた気品は隠しきれない。
そんな彼女の姿を、彼はミカエリスで一度見かけていたのである。
男の名はヒカル。
シグルド王国の第一王子であり
森の警戒のためにお忍びで辺境の視察に訪れていた。
鍛え上げられた圧倒的な体躯に鋭く精悍な顔立ち。
周囲を威圧するような強者のオーラをまとった彼は
過去に見かけた時と変わらぬ姿のタツキに目を奪われた。
(……なんだ、あの佇まいは)
泥に汚れ、粗末な服を着て薪を運んでいるというのに美しく
何より、理不尽な運命に立ち向かった者だけが持つ、気高く、強い瞳。
その瞬間、ヒカルの胸に激しい衝撃が走った。
これまで、王宮で言い寄ってきたどんな着飾った貴族の令嬢を見ても
彼の心が動くことは一度もなかった。
目の前で汗を拭いながら、どこか清々しい笑みを浮かべているその娘から
どうしても目が離せなくなったのだ。
「一目ぼれ、か。柄にもないな」
ヒカルは自嘲気味に、しかし確実に熱を帯びた声で呟いた。
胸の奥が、今までにないほど騒がしく脈打っている。
「おい、そこのお前」
気がつけば、ヒカルはタツキに向かって歩き出していた。
「え……? 私、ですか?」
突然声をかけられ、タツキは驚いて振り返る。
見上げるほどの長身と、一目でタダ者ではないと分かる洗練され
かつ強靭な佇まいの男を前に、タツキは思わず身構えた。
ミカエリス王国での経験から、身分の高そうな男には警戒心が先に立つ。
しかし、ヒカルの切れ長の瞳に宿っていたのは、冷徹さではなく
不器用なほどの真っ直ぐな熱量だった。
「その重そうな荷物、俺が運んでやろう。
それと、お前の名前を教えてくれないか」
「は…? いえ、これは私の仕事ですから結構です。
名前も、お教えするようなものでは……」
あからさまに警戒し、一歩身を引くタツキ。
「恋」や「男の甘い言葉」などこれっぽっちも信用していないタツキと
彼女の強さに魂を奪われた隣国の王子ヒカル。
悪役令嬢としてすべてを奪われたタツキの第二の人生は
この不器用で一途な王子との出会いによって、大きく動き出そうとしていた。




