隠した本音(こたえ)
(…結局、図書館もすぐ閉まるし今日は散々だったな)
部屋で一人、また参考書を開いてそんなことを考える。小坂たちと別れた後、図書館へ向かったものの図書館司書の急な用だとかでいつもの閉館時間より早く閉められてしまって思うように進められなかった。
(まったく、どうかしてたよな。無関心でいれば良かったものを…)
ため息はつかずに、使い込んですっかり色あせたブルーのシャープペンシルを押して芯を押し出す。
『今からやらなきゃ間に合わないのよ?』
ふと思いだしたいつかの母さんの言葉に急かされるように、シャープペンシルを握りなおしたとき部屋の中に軽快なノックの音が鳴り響き、ドアの向こうから聞きなれた声がした。
「ちょっといいかい、船介」
『たからのちず』を見つけ、探し始めてから3日目。ふとした思い付きから始めった宝探しはというと――――…
「よーし!今日も探すぞー!!」
見つけるまで帰るもんかといわんばかりにすっかりのめりこんでいた。
何がここまでこの気持ちを駆り立てるのかはわからないが、鈴宮さんといるのも楽しくてこうして、なんだかんだと続いている。
「それで、宝探しなのにあの…、なんで探さないの?」
公園の入り口で、鈴宮さんと待ち合わせたままそこから動かない僕に隣の鈴宮さんが不思議そうに首をかしげた。
「あいつがくるから」
「あいつ?」
鈴宮さんがそう聞き返すのとほぼ同時、下を向いて見ていたアスファルトの地面に僕でも鈴宮さんでもない人影がひとつ。僕らの前で立ち止まったのに気付いて、顔を上げるとふてぶてしい彼の顔がそこにあった。
「意識不明のふりの次は待ち伏せ?」
「ひどいな。あれでも一応最初はほんとに意識飛んでたんだぞ」
「ああ、そう。じゃあ通してもらっていいですか、行くとこあるんで」
「これ」
すっと横を通り過ぎようとする彼に、僕はひとつの本を取り出して見せると彼の眉間が小さく反応する。
「取りに来たんでしょ?昨日忘れてった」
「…そーだよ、それがないと進まないんでね。」
たっぷり皮肉をつめこんだようにそう吐き捨てながら、乱暴に本を奪い返すと図書館のあるこの道の先へ歩き出す彼。
「また図書館?」
「だったらなんだよ。文句でも?」
背は向けたままで、やや振り返りながら相変わらず睨むような目でこちらを見る。
「いいや。ただ…僕らも行く♪」
「は!?くんな!」
「いいじゃん、別に。僕らもちょっと調べたいことがあるからさ。ねっ、鈴宮さん」
「え…っ?あ、うん?」
男同士の会話だったせいか、あまり口を出さず黙っていた鈴宮さんだったが僕が急に話を振ったもんだから事情が読み込めないといった感じで戸惑いつつうなづいた。
「嘘つけ。どうせしょうもないことだろ、とにかく来るなよ!」
最後に一際強く睨みを効かせて図書館へと歩を進める。あそこまで強く言われんじゃあ仕方がない。そういうわけで彼の背中が小さくなり曲がり角に消えるのを見送って今回は大人しく、大人しく――…
「よし、鈴宮さん。ついてくよ」
「えぇっ!?来るなって言われたのに?」
「いーからいーから」
諦めるわけもないのだった。
「ここかぁ…。思ったより小さいな」
梶原のあとを追ってたどり着いたのは街はずれの図書館。こちらも望月公園と負けず劣らず人気がなくて、ずいぶんと古びているみたいだった。
「来たことないの?」
「初めて。梶原、どこにいるかなぁ~」
鈴宮の素朴な疑問に簡潔に答え、中へと進む。入り口からすぐのところはカウンターや小さいの子の読み聞かせの広場。また、小さい子の読む絵本がたくさん並べられていて、その奥に小説や辞典などの本棚があり、奥の片隅には本を読んだり書きものをするための椅子とテーブルが置いてある。梶原もそこに座っているのがここからでも見える。すると、視線でも感じたのか梶原もふと顔をあげてこっちに気づくとあからさまに嫌そうに顔を歪めた。
「お前らくるなって言ったろ」
絵本コーナーや数々の本棚を抜け、梶原のもとにたどり着くと声のトーンをなんとかあげないように抑えながら、小声でつぶやく。
「いいじゃん。大丈夫、勉強の邪魔しないからさ」
「もうすでに邪魔だっつの。なにしにきた」
「あー…。『たからのちず』がもし暗号だとして、そしたらどうやって解くのかなぁという方法というか手がかりというか参考を探しに?」
「ほんとにしょうもねぇな。ていうか前から思ってたけどなんだ?その『たからのちず』とかって」
「ああ。実は最近、部屋からちっさい時の僕が書いたらしい『たからのちず』が見つかってー、暇つぶしがてらに始めてー、そんで――…」
「ハマりだして現在に至る、と。アホか、お前は」
僕の続きを遮って、梶原が冷静に続ける。
「知ってるよ!ほっといてくれ」
「否定できないのかよっ!?」
つい小声ながらも、梶原の声が一回り大きくなり貸出カウンターの人や、少なからずいる本を読みに来た人の冷たい目線を感じてまた、声をひそめた。
「…俺にはわかんないね。まぁせいぜい頑張れば?」
「なんだ、その言い方!もしほんとに見つかってもお前にはやらないからな!1円も!」
「お前の宝はへそくりか!」
「ちょっとそこ、図書館では静かに!」
またもや同じ調子で騒ぎ立てる僕らにここの係員らしき人から声が飛んできた。そっと声のした方を見てみると、細フレームのメガネで後ろに髪をひとつに結んだ女の人が、こちらを睨むように見つめていた。
「…もう黙ってろよ、お前」
「梶原もな」
そして二人同時にそっぽを向いて、どこか居心地の悪くなった雰囲気から逃げるように
「鈴宮さん、僕ちょっとあっちで推理系の本でも探してくるね」
と、鈴宮さんにそれだけ告げると一人、推理ものなどの本が並ぶ奥の本棚へと向かった。
「梶原くん。お医者さんになるの?」
突然かけられた声に、少し動揺しシャープペンシルを握っていた指ががかすかに反応してしまう。それは、空席だったはずの隣にいつの間にか座っていた鈴宮とやらの少女の声だった。
「まぁな。あいつに聞いた?」
「うん」
「ふーん…。」
素っ気なく、目も合わせずにただ参考書と向き合ったままの問い返しだったのに、鈴宮はこっちを見てちゃんと答える。そんな鈴宮に少し悪いかなと考えていると、鈴宮が口を開いた。
「すごいね、夢のためにこんなに頑張ってて」
俺の前に開かれたままの参考書を見ながら、尊敬のまなざしを向ける鈴宮。だが、そんな目を鈴宮から向けられるのは正直おかしいと思った。
夢をもう叶えた鈴宮からは。
「あんたはもう叶えてるだろ?」
「え…?」
「あんた、アイドルの”鈴宮 紅葉”でしょ?」
「知ってるの!?」
本当に驚いたという顔で、鈴宮がぐっと背筋を伸ばして顔を近づける。
「クラスメイトがよくそういう話してる。結構有名なんだろ?」
「小坂くんは知らなかったみたいだけど…」
「ここは田舎だしな。俺は都会に住んでるから」
「この街じゃないの?」
「今はじいちゃん家に遊びに来てるだけ。住んでるのは水石。」
首をかしげながら尋ねる鈴宮に少しだけ可笑しくなって思わず笑みをこぼしつつ、片肘をついたままトンと一度机をノックするようなジェスチャーをして見せる。
「えっ?じゃあ私と一緒…」
「じゃああんたも遊びにきたんだ?」
「うん。久しぶりの長期オフだから」
「「……………。」」
そこで、会話が切れる。
市街地:水石は、自然林に囲まれた自然豊かなこの街:檜森とは違って、活気溢れる最先端都市で言うなれば首都みたいなものである。そのこともあり人口の割合も当然、多い。同じ都市に住む人と偶然出がけ先で出会うことなんて山ほどある。言ってしまえばそれだけのことで、特に驚くことでもないのだから、これといって話したいような関心もないのだ。
「鈴宮さんー見てこれ!すっごい懐かしくない?」
そうこうして黙ったままの雰囲気を、(何故か)手にいっぱいの絵本を抱えて戻ってきた小坂の弾んだ声が見事に破ってくれる。
「わぁ…っ、懐かしい!私、これ好きだったんだ~」
「全巻残ってたから全部持ってきちゃった」
早速興味を示した鈴宮と、俺の向かい側の席にちゃっかり座っていそいそと絵本を開く小坂。そのわきには同じシリーズであろう絵本が10数冊ほど山積みに置かれている。その表紙のタイトルを見て、俺は二人が懐かしいといった意味をようやく理解した。
(ああ、流行ってたっけ。確か…)
確か、小学生くらいのころだっただろうか。見開きのページが間違い探しのような仕掛けになっていて、ページの下欄に書かれた文に沿って、やれクモが何匹だ、やれ鍵を探せだと男子女子問わず小さな教室で集まって本を囲んでは、見つけたって騒いで、見つけられずにみんなで苦戦して、そんなことをしていて。
そんな輪の中にいるのも当たり前だったような気がする、いつの間にかこうなってしまったけれど。
――フワッ…。
拭えないぽっかり空いた何かを通る様に風が吹き抜ける。
「あ なぁ梶原。お前もやんない?」
「いい。とにかく静かにしてくれよな、ほんとに」
そんな気も知らず笑いかける小坂に少し不機嫌気味に即答を返して、シャープペンシルを持ち直そうとする。
(つか、ほんとに何しに来たんだよ…ん?)
が、ふと目にとまった二つの紙切れに気をひかれて持ち直しかけたシャープペンシルを置くと、紙切れを手に取ってみる。
(『たからのちず』?ああ、これが例の…)
『もちずきこうえん』と書かれた、小坂の地図と
『りんごあめ』と書かれた鈴宮の地図二つを並べてみるとあることに気が付いた。小坂の地図を右、鈴宮の地図を左に置いてくっつけてみるとどうも破れ方が綺麗に一致するのだ。
(これ、それぞれの欠片か…。)
見たところ、もとは一枚だった地図を破り、分割したものなのだろう。
ただそれにしても気になるのは鈴宮の地図だ。右と左、左右を合わせたのだから完全な地図になってもおかしくない――…いや、ならなくちゃおかしいはずなのに、鈴宮の地図の左側はまだ歪で、それはまだ欠片が完全でないとすら言ってるように思えた。
(…………あ、もしかして…)
ふと、脳裏に心当たりが浮かんだ。じいちゃんから昨日もらった紙切れ。ちょうどここにある地図を四つ折りにしたのと変わらないくらいのサイズの、色あせた紙切れ。俺は慌てて昨日しまうのがめんどくさくて適当に突っ込んだペンケースの中をあさってみた。『のぎ』と、書かれたふたつ折りの紙切れ。そっと合わせてみると完全に一致した。
間違いない、これも分割されたひとつの欠片だった。
(でも一体なんであの二人の『たからのちず』の欠片が…)
「ああーっっ!それ!!梶原も持ってたの!?」
ちょうどそのとき、シリーズを全てやり終えたらしい小坂に見つかって大声をあげた。そして、並べて置いてあった一番左側――…俺の紙切れの方を軽々しく机の上から取り上げる。
「あっ!ちょ、こら!勝手にとる――…」
「お~ふた~りさ~ん?」
完全に紙切れだけに意識が集中がしていたなか突然、背後からかかった声に驚いて小坂と同時に肩をすくめる。
見知らぬ声。周りの視線。それだけでわかる。この状況がいかに最悪で、このあとその声が何を告げるのかも。嫌な予感をしながらもそっと振り返ってみると、そこには見事に予想を裏切ってくれない、貸し出しカウンターの眼鏡の女性。
女性は、引きつった営業スマイルでにっこり笑ってこういった。
「さっきも言いましたよね?館内ではお静かに、できないのなら…」
「するって言ったのに理不尽だよなぁ?梶原」
「お前がうるさくするからだっつの!俺まで追い出されたじゃねーか!」
あまりにマイペースな隣のやつを、俺は感情のままに小突く。すると、反省の色を見せるどころか反論し始める小坂。
「なんだよその言い方!梶原だっておっきい声出してたじゃん!」
「誰が出させてんだ、誰が!お前のせいで今日で終わるはずのページ全然進まなかったじゃねーか!どうしてくれるんだよ!」
国語辞典ほどか、それ以上の厚みのある参考書を叩きながら責め立てると、小坂はばつが悪そうに笑ってみせる。
「あ。マジで?それは…ごめん」
「ごめんで済む問題じゃねーよ」
「まぁまぁまぁ…。どの道図書館使えないんだし、とりあえず今日の分なんか後回しにしてよ、お前も宝探ししよーぜ。梶原」
「そ、そうだねっ。きっと楽しいです!一緒にやりませんか?」
――…幼少。その頃から俺はそうだった。
『かーじーはーらー。お前もあそぼーぜー』
『あ…、俺は…いい。これやんないといけなくて』
『そうか?じゃあまた今度な』
校庭からクラスメイトのはしゃぐ声がする。楽しそうな声がする。
同い年なのに、どうしてこんなにもひどく窮屈に思えるのだろう。
休み時間にドッジボールをしてみたい。学校が終わったら、商店へ寄り道して、少ないおこづかいでサイダーを買ってみたい。
今みたいに遊ぼうって言われたら…
(俺も……じゃない、早くやらなくちゃ)
そうやって数年が経ち、中学へと進級。さらに、その頃からの積み重ねが実ってか、高校は無事、地元で一番の進学校にトップで合格した。でも、その先でもやっぱり俺の居場所はなかった。
『なぁ梶原ー。お前さー…』
『やめとけって。あいつ、絶対いいって言うし。
それに将来医者になるから俺らんこと見下してんだよたぶん』
『え。なにそれ、さいってー』
そんなはずなかった。
勉強なんて好きでやってるわけでもなかった。
誰と深く話したわけでもないが、誰に文句をこぼしたわけでもない。
それでも、勝手に噂ばかりが芽を出しては勝手に大きくなって、ありもしない嘘にまみれていった。
「梶原?」
「梶原くん?どうかしたの?」
二人の声で我に返って顔を上げると、そこには不思議そうな顔をした小坂と、少し心配した様子の鈴宮の顔。
動揺を隠そうと、ひとまず適当に答えを返す。
「あ…いや」
「そう?んじゃあ、お前も決定な!!」
くるっと背中を向け、頭の後ろに腕を組みながらのんきに先を歩き出すその背中に慌てて言い返す。
「は!?だから、俺"やる"なんて一言も…!」
「でも。
"やらない"、とも言ってないだろ?」
俺の言葉も最後まで聞かず、振り返るとわかりきったようにそう笑った。
断るなんて、微塵も考えちゃいない。
それこそまるで、見透かしたように。俺の口にしてみたかった答えを上手に探り当てたのだ。
(ああ…もう
本当に、、、煩わしい。
煩わしくて、くすぐったくて、どうしようもなく、、、”嬉しい”。)
「断るのもめんどくせーよ…バーカ」




