自問自答
雲一つない青々とした空の下、蝉の声が高く響く今日。
快晴ともなれば照りつける日差しも半端じゃないこの気温の中、僕らはまた、あの小さな望月公園に集まった。
「よーし!今日も宝探し頑張るぞー!」
「おーっ♪」
わくわくとした湧き上がる期待を心のままに、高く上げた拳に鈴宮さんが続いてくれる。ただ――……ちらりと少し離後方へと視線を送ると、そこには梶原が参考書を片手に頬杖をついて木陰の木の幹を背もたれに根元に座り込んでいる。
まるで、僕らなんか誰もいないで、たった一人かのように。
「ほら、梶原。お前も」
僕は少し声を張って、離れた梶原に届くように呼びかける。
「なんでだよ」
が、梶原は視線を参考書から外すことないまま一言だけ冷静に返した。
「いーじゃん。
みんなでこーいうのした方がなんかがんばろー!って気に――…」
「ならない。」
む。こりゃあ冷めた反応だ。
「ていうかなんで俺まで…」
本からようやく顔を上げると、深いため息交じりに梶原が続ける。
理由を聞かれれば、実は正直困るところだ。
(なんでってそりゃあ……)
「そりゃあ梶原もあれ持ってたし…まぁそんな感じ」
「ならそれやるから帰ってもいいか?」
「ダメ。」
「だからなんで?」
かたくなに拒絶しようとする梶原を、僕も負けじと引き留める。
「なんでも!!」
「なんだそれ。お前、子どもかよ?」
「は!?なんでそうなるんだよ!もういいよ!お前帰れよ!!」
「おお。そうするわ」
「「……………」」
本を閉じて立ち上がる梶原と、その前に立つ僕が無言でにらみ合う。
「ちょ…ちょっと二人ともケンカは~……」
険悪な雰囲気に耐えられなくなった鈴宮さんが弱弱しく仲裁に入る。しかし、鈴宮さんには申し訳ないがこの怒りは抑えきれそうになかった。
「知らないね!!こんなやつ」
「そうだな。俺も……だ…」
しかし、梶原の言葉はそこで途切れた。珍しく動揺した様子の梶原の視線の先を追うと、僕にもすぐに理由は分かった。
鈴宮さんが今にも泣き出しそうな顔だった。男同士の言い争いがよっぽど怖かったのか、ケンカが嫌だったのか。理由は定かではないが、女の子を泣かせるのは僕の良心が痛む。これにはさすがの梶原も強気には出られなくてそれ以上の言葉は飲みこんだ。
「す、鈴宮さん?ごごごめんね?」
僕は慌ててそう謝ると、鈴宮さんはうつむいて無言のままで、少しだけ首を横に振った。
(どうしよ…これやっぱ泣いてるかも)
てか、それもこれも梶原が…!!と、言いたいところだけどそんな場合じゃない。うーん…なんていえば泣き止んでくれるだろうか?
しばらく考えながら黙っていると、うつむいて顔にかかる髪のなかからは、やっぱり小さく鼻をすする音がした。
「あの…さ…」
それに気づくと黙ってはいられず、つい嘘が口をついた。
「僕ら…その……お、怒ってないから!だって仲良しだし!なっ!梶原!!」
って、しまった!!もう後には引けないぞ僕!!いや、梶原は引いてるけどさ。
「は!?お前なにいっ…!!」
――……ガンッ!
鈍い音と同時に梶原の顔が苦痛そうにゆがむ。
いやいや…違うよ?この場において空気が読めないやつに対して僕のスニーカーが勝手にすねにね、吸い込まれるように。
「ま、まあ。そう…だな」
すねをさすりながら憎らしげに不気味な笑みを浮かべながら視線が重なった。そして、次の瞬間、梶原のひきつった笑顔とそんな返事とともに僕のすねに激痛が走る。
「……っっ!??」
「ほんと俺らすげー仲よし!なあ?」
思わず梶原のほうを睨み付けると苛立った目でにっこりとほほ笑みをたたえる梶原。
「こんな卑怯な真似しておいてよくも…!!」
「お前が先にやったんだろうが!!」
鈴宮さんの手前、友好的に見せようと思ったけれど鈴宮さん、ごめん。やっぱりこいつとは平和にはなれ…
「あは…あはは」
殺気立っ――…失礼。苛立っている僕と梶原の間に、突然この場にはとても似合いそうにない笑い声が聞こえた。今のって…
「す、鈴宮さん?今笑って…?」
「え?…あ!!ごめんなさい!笑うなんて失礼ですよね!」
「え?あ…いや、それは別にいいんだけどさ。どうしたの?突然」
僕は驚きから言葉に詰まりながらも率直な疑問が口をついた。すると、あたふたと手を動かして動揺していた鈴宮さんがゆっくりと思い出すように話し始めた。
「う、うん。あのね、ケンカがねさっきは怖いって思ったはずなのに二人のケンカを見てたら今は不思議だけど仲良しなんだなーって思えてそれで…だからね、いいなあって思ったの」
そう言って鈴宮さんは、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「鈴宮さん…」
その純粋な鈴宮さんの考えに、僕は思わず少し涙腺が緩んだ。
(ああ…鈴宮さんはあなたはいい人だね…。)
「まあ、俺はそんなつもりないけどな」
が、梶原のその一言ですぐに緩みなどなくなった。…ほんと誰かさんとは大違いだ。
「おっっまえはほんとに…!!」
思わず声に出してしまいそうになった言葉をなんとかのみ込むと、梶原はさらっと受け流して鋭く突っ込んできた。
「ていうかさ、いつまでこうしてるわけ?」
「あ!そうだった!!よし、じゃあ行こうか鈴宮さん、梶原」
「だから俺は――…」
「行くぞー!!しゅっぱーつ!!」
「おーっ」
「おい聞けよ人の話!!」
こうして僕らは、鈴宮さんと並んで望月公園の出口へと歩き出し、僕らの後ろから少し距離を置いて、不機嫌そうに梶原が続いた。
「それでさ……」
「ん?」
「どこ探せばいいかなぁ…??梶原」
「お前…」
結局行く当てもなく、僕らは望月公園の青色の古く色褪せたベンチに腰かけると、まずは探し場所を突き止めることから始めることにした。
「一応僕らは梶原と会う二日くらい前から宝探ししてるんだけど、実はこれが暗号なのかもなんなのかもさっぱりわかんなくてさ…」
「ふーん。
で、俺が持ってるこいつとお前らのがもとはひとつだったって?」
少し情けなくて笑う僕に対し、梶原は特に何を言うでもなく興味なさげにそんな相槌を打つ。
「そう!!!それなら形も一致すんじゃん!?でもさー、繋げてみても――…」
「もりへ」
「え?」
「行ってみれば?」
「「?? 森?なんで??」」
梶原のあまりに唐突すぎる発言に僕と鈴宮さんは、首をかしげた。
「なんでかは知らないけど、この三つ頭文字だけ濃いだろ?」
「で、それぞれの頭文字取ってみたら、『もりへ』。……まあ単純すぎるから間違いかと思うけど」
「「…………あ…」」
あまりにあっさりと梶原が導いた答えに、鈴宮さんも僕もただ納得せざるを得なかった。
「なるほど~三枚の頭文字を合わせて『もりへ』かぁ…。さすが梶原くん!今日の調子は良好だね、小坂くん」
早速、手当たり次第に森へ行ってみようということで歩き出す僕らの中で、鈴宮さんが感心したようにつぶやいた。
「うんっ!にしても、梶原よく気づいたなぁ…」
「ああ、よく気づけなかったよな」
褒めたはずなのに、なぜか見下したような答えが返ってくる。
「さ、三枚あるなんて知らなかったんだよっ!知ってたら僕だってきっとわかってたよ」
「アアソウデスカ」
「…って、ねぇなんで棒読みなの!?」
「イヤベツニ、ウタガッテナンカ…」
「むかつくからやめろその片言!」
キャラじゃない口調に加え、本で口元を隠しながら視線をそらす梶原。
「アタシモウタガッテナンカ…ナイヨ!」
「あれ!?鈴宮さんまで乗っちゃった!?」
「あ」
少し予想外な展開にそう突っ込みを入れていると、ふと梶原が足を止めた。
「何?どうしたの?」
「向こう、何?」
僕が問いかけると、梶原は車道を隔てた向こうを指さして言った。それは、周りを高いフェンスで囲まれた灯月の森だった。
「何って…灯月の森だよ?」
「あかりづき…??」
僕の答えに、鈴宮さんがまたしても小首をかしげた。
「うん。ここ蛍の名所でさ、たくさんの蛍の光で月のように明かりが灯った森、って意味らしいよ」
「わ 蛍が見られるの??ロマンチックだね!!」
手を打って目を輝かせる鈴宮さん。僕は思わず紅潮しかけた頬の熱を抑えるように、冷静を装った。
「鈴宮さん、蛍好き??」
「うん。でも、TVとかで見たことはあるけど生で見たことはないの」
「えっ!そーなの!?あ 芸能活動で忙しいとか?」
「うーん…それもあるけど、蛍がいるのって飼育されてる園くらいだからあんまり、ね…」
鈴宮さんはそういって、少し語尾を弱めて曖昧に笑った。
「えーっ!そうなんだ!!なんか夏に蛍見かけるのなんて当たり前だと思ってた…」
「もったいないよ? 当たり前、なんて考えちゃ」
「う…ん…そうだね」
ずっと信じていた常識を、あっさりと覆されたような気分だった。夏に近づけば暑さが増して、扇風機をつけるようになって。そのうちクーラーをつけるようになって。外では暑さにつられるように蝉の泣き声がいつの間にか増えて、夜になるといつの間にか蛍が軒先を漂うようになる。そんな意識もしない夏が当たり前じゃないことを、初めて知った気がした。
(そっか…二人とも同じ水石だっけ…………あ)
我ながら、いいことを思いついたと思った。
「そうだ!!!じゃあ今日三人で見に来ない??」
「わっ行きたい!!」
「よーしじゃあ決定!!20時にまたここに集合な!!」
鈴宮さんは期待以上に喜んでくれたというのに、たった一人から鋭く静止がかかる。
「おい、ちょっと待て。俺もか」
もちろん、梶原だ。(今ちょっと居るの忘れてたけど)
「なにをいまさら。当たり前だろ―?」
「俺はパス」
「えーっ!なんでさ!?」
これなら二人にも蛍を楽しんでもらえるし、三人でのいい思い出になる。名案だと思ったのに、意外にもばっさりと切り捨てられてしまい、思わず怪訝な顔になった。
「園に行きゃそんなものいくらでも見れるわ」
「ええーつまんねー!」
「うっさい。人工飼育だろうが天然だろうが同じだろ」
「そりゃそうかもしんないけどさー!!大体――……」
また相変わらずな二人の論争が展開される中、鈴宮は一人あることを思い出していた。
(人工だろうが天然だろうが同じ、かぁ…)
人工でも天然でも蛍は同じ蛍。同じ光を放つし、何も変わらない。一見して同じであればどう育っていようとただ同じ蛍として人々の目には映るものなんだろう。だから、その過程など何も問題はないはず。
「はぁ…」
自問自答とは、正解のない迷宮のよう。手探りで答えを導いても、結局確信を持って頷ける根拠さえ示すことはできない。
思わず、大きなため息をつく。
(作りものでも……ありのままでも………同じ、なのかな…)
『いい?
素がダメなら仮面なんて被って当たり前。
騙しても、偽っても、人気を得なければいけない。
――――……それが、あなたのいる芸能界って世界よ……!』




