本音と建て前と
「アイドルかぁ…、すごいなぁー」
公園の中央の大木を背に、二人でそんな雑談が始まる。
「別にすごくはないよ。まだ全然無名だし、…小坂くんも知らなかったし」
そういって、少し辛そうに笑った。そして、すぐにその意味に気づく。
(あ しまった…)
もしかすると鈴宮さん、僕が知らなかったことで自分の知名度が低かったんだと思ったんじゃないだろうか。僕は、慌てて理由を付け足した。
「い、いや…その、ここはほらっ!やっぱ見てのとおり田舎だしさっ!」
「いいの、無理しなくて」
思わず言い訳を広げてフォローしようとするが、鈴宮さんのほうが気を遣って、そんなことを言ってくる。
「…………。」
これ以上は下手にフォローする方がかえって気を遣わせてしまうだろう。そう思って僕は言い訳をやめた。途端に途切れる会話。しかし、気まずいとかとにかく話そうという考えの前に、何も考える気になれずただ隣り合ったままぼうっと風に吹かれる。
「アイドル、すごいなぁ…」
はっきりしない意識のまま、ふとそんなことを思った、つもりだった。
「え…」
「え?…あ。」
(何言ってんだ僕…!)
しかし鈴宮さんの声に、その思ったことを口にしていた自分に気づいて途端に頬が熱くなる。
「あ、あの…別にすごくはないよ?」
不意に小さくつぶやくように、鈴宮さんが口を開く。
「え?またまたぁ~、そんな謙虚な…」
「謙虚なわけじゃないよ。ほんとにそうなの、全然すごくなんかないよ」
「いや、すごいって。まだ中学生でしかも同い年なのにもう将来の道進んでるんだもんなぁ。僕、将来の夢とか全然まだだし…」
「……うん、それでいいと思う。」
「え?」
『早いうちに将来を考えておけ。』『早く決めないと出遅れる。』
そんなセリフに追われてばかりだった僕には、思いもしない言葉だった。
「……私ね、アイドルやってていいのかわかんなくなっちゃった」
「え…?なんで?」
「私、別にアイドルになりたかったわけじゃなかったんだ。歌とかはもちろん大好きだし、アイドルも少しは憧れたけど、たまたま友達のすすめで受けたオーディション受けたらなぜか受かって。やってみたらなんか違うなって気付いた…。」
無機質なカメラに何度も笑顔を振りまき続けた。
その向こうから私を見てくれる誰かがどれほど
名前を呼んでくれたって…
見てくれていたって…
画面の向こうの私はその誰の顔も知ることができない
ただ、精いっぱい笑って、誰かが笑ってくれますようにと…。
「アイドルとしての自分は偽っているだけじゃないかって…」
ステージに立つ私を、みんなは見てくれた。
でもステージを下りた私は、もっと消極的で…臆病で…弱虫で。
誰かを励ませるような…、元気を与えるようなことなんかできないのに
作った笑顔で。
作られた唄と言葉で。
他人も、自分も嘘ついて、騙して、ごまかして。
「私がいるこの場所だって、私がこうして悩んでる間だってきっとこの場所が欲しくて欲しくて…。脇目も振らずに頑張って目指している子だっているんだよね」
「鈴宮さん…。」
「なんて…、誰かのどうしても叶えたい位置に立っている私がこんなことに悩んじゃダメなのにね…。」
(涼宮さん…。そんなに真剣に仕事に悩んで――…)
「なのに、今度はライブだなんて…っ。無理だよ、人見知りだし、カメラの前でだってせいいっぱいなのにそれより人の目が多いところなんて…っ。
ぜったいむり!」
(あれ、なんか今度は愚痴りだした…。)
突然顔を覆い、体を丸めて腕の中に顔をうずめるように両ひざを抱える。
でもまぁ、そんなことは置いておいて、もっと驚くべきことがあるだろう。
「大丈夫だって!それよりライブなんてすごいじゃん。おめでとう!」
「おめでとう…?」
「え?だって仕事がうまくいってるってことでしょ?それにライブでまた知名度あげたらCDとか音楽番組とかもっと活躍の場が――…って、ちょっとちょっと!なんでそんな嫌そうな目をするの!」
「だってぇ…むりだもん。
音楽番組なんて生放送とかあったら…あたし、あたし…」
(まさかとは思うけど鈴宮さんて、もしかして…)
「……………ライブ、なくなっちゃえばいいのに。」
(やっぱりすごいネガティブな子だ…!!)
さりげなくポソッと小さくつぶやいたが間違いない。今鈴宮さんは割と不吉なことを言い放った。本音が凝縮されたようなたった一言は、今にライブ会場を荒らして中止にするんじゃないか、わざと夏風邪でもインフルエンザにでもなって仕事を放るんじゃないかと、聞いた人を心底不安にさせるほどだった。
(これは割と重症かも…。ていうかアイドルがネガティブって…)
「そうなんです、すごいネガティブなんですよね…励ます側のアイドルがこんなにネガティブって…普通、ないですもんね」
しかも、なんだか知らないが僕の心の声とさえ当たり前に会話しているようだ。
(なんで普通に考えてることわかるんだろう…?)
そこは気になるが、そんなことを考えている場合ではないだろう。ここは少しでも早くフォローをしてあげなくては…!
「だ、だいじょうぶだよ!世の中みんな悩み事のひとつやふたつあるって!」
「そっか…、みんな…そうなんだね」
(うんうん、そうだよ?
みんな誰だって悩みのひとつやふたつ抱えて――…)
「ひとつやふたつしかないんだね…」
(悩みのひとつやふたつ抱えて――…)
「じゃあこんなにたくさんあるあたしってやっぱりおかしいのかな…。ううん、こんなあたしがアイドルってことがもうすでにおかしな話なんだよね…」
(か、抱えて――…)
「………………事務所、なくなっちゃえばいいのに…。」
(だ、ダメだ…!フォローできる許容範囲を大幅に越えている…!)
というか、なぜだろう。
フォローできない僕が悪いみたいな罪悪感を感じるのは。
うーん…、どうにかこの罪悪感から逃れる方法はないものか。
(あ そうだ!)
「ね 鈴宮さん。鈴宮 紅葉ってアイドルだよね?」
不安で拭えない気持ちでいっぱいのままの私に、彼は突然そんなことを聞いてきた。
「え?あ、まぁはい、そうですけど…。なんでいきなりフルネーム――…」
「じゃあ」
なの?、と聞き返す前に彼の続きが私の言葉を遮る。
「鈴宮さんに、お願いがあるんだ」
「はい?」
「『たからさがし』、一緒に付き合ってよ」
「え…」
嬉しさと同時に返事に戸惑う私に、彼は笑ってこう付け加えた。
「だってほら、鈴宮 紅葉は推理得意じゃないから。ね?頼むよ、鈴宮さん」
そこで、私は気付いた。
彼が今の私をアイドルの鈴宮 紅葉ではなく、
ただ今日この日、この町のこの公園で偶然に会った鈴宮 紅葉として見てくれていたこと。
嬉しさか、はたまたどこぞでよく聞く甘いメロディーが歌う、恋というものなのか。少しだけ高鳴った胸に溶けるように、夏の風が吹き抜けるそのなか、私の中に何か新しい気持ちが生まれた。
胸が弾む感覚。期待が膨むような感覚。彼ともう少し過ごせたらきっともう少しわかるのかもしれない。
迷いはもうない。
「はい…!」
緩んだ涙腺をこらえて、泣き笑いみたいになった顔で。
私は、そう笑って見せた。




