出会い
「あーつーいーー…」
五畳半の大して広くもない畳の上。一人、扇風機を3台を周りに囲ませて寝転がりながら、それでも足りない風をうちわで仰ぐ。ひとり言をこぼしてみても、誰もいない部屋は静まり返ったまま、なにも答えてはくれない。
「………………。」
暑い日差しが窓から差し込み、吹き抜ける夏風がカーテンを揺らす。
そんな夏の日の、昼下がり――…。
「あれ、紅葉?でかけるの?」
二階からの階段を下りてきたところで、たまたま二階へあがろうとしていたお母さんとばったり会う。
「お母さん。うん、散歩。」
「そう、それならいいけど。ケガなんてしてこないでよ?今週末だって――…」
「わかってる、ちょっとその辺歩いてくるだけだから」
お母さんの言葉を最後まで聞かないで、軽く笑ってみせると、その辺に適当に出ていた靴を履いて、外に出た。
暑さのせいか、少し憂鬱になった気分のままどこへという当てももなく、ただ単調にまっすぐに続く道を沿って歩く。
『ケガなんてしてこないでよ?今週末にだって――…』
ふと、頭の中にお母さんのセリフが蘇る。
(週末、かぁ…。)
私には、親にもそして友達にも話せずにいる悩みがある。普通じゃない、ただそれだけのために生まれてしまった悩み。誰にもわかってもらえない悩みは、どこに放てばいいのだろうか。
(私なんかじゃ…、無理なのに…)
ぎゅっと握りしめた右の手のひらに腕を伝う汗がひとすじ流れるのを感じて、顔をあげたときだった。
何気なく視線を向けた右手の方に、沢山青葉の茂った木がある場所があった。奥の方にブランコやら滑り台が見えるあたり、公園だと見て取れる。
(こんなとこに公園なんてあったんだ…)
好奇心のままに公園に足を進めて、公園へと立ち入る。
夏休みだというのに、子ども一人いない。
騒がしい街とは違って、静かな公園はなんだかまるで…
(寂しそ――…)
「うーん、暗号ねぇ…。」
突然聞こえてきた声に、気付かないうちに感傷に浸っていた自分にどきっとして反射的に近くの木に身を隠す。
(び、びっくりしたぁー…)
そっと覗いてみると、少し離れたところに、ちょうど同い年くらいの少年が立っている。
公園の中央にある大木の下で一枚の紙を手に、考え事でもしているのかなにやら難しそうな顔でぶつぶつと一人呟いている。
(あの人、考えてること全部口に出てる…。)
その姿に思わず笑ってしまいバレてしまったかと少し慌てたけれど、まだ気付かれてはいないようだった。
しかし、その姿をずっと見ているのもなんだか悪い気がする。
(気付かれる前に帰ろうかな…)
くるりと少年に背を向け出口へと歩を進めるが、その足はすぐに立ち止まった。
(でも……)
「…………………。」
ふと、難しい顔をしながら紙とにらめっこする少年の顔が頭に浮かぶ。
(ちょっとだけ、…声をかけてみようか)
「あの…、暗号ですか?」
(とは言ったものの、覚えてるはずがないよなぁ…)
一度公園内をぐるりと回ってみたものの、それっぽいところもなければそれどころか、こんなところもあっただろうか、と思う遊具や遊び場などもあり、どれほど覚えていないかを改めて実感した。
(まぁ、まずはやっぱり一番の手掛かりである『たからのちず』とやらをもう一度見直して何かヒントを――…)
そう考えて、手もとの地図に視線を落とす。
「…………………。」
だが当然、何度見なおしたところで『たからのちず →もちずきこうえん』以外は何も書かれてはいない。ヒントなど、言うまでもなく皆無。
(うーん…、やっぱりそのままの意味じゃなくて暗号か?もちずきこうえん、もちづきこうえん…。ダメだ、全然わからない…)
そもそも、暗号とは言ったって暗号を解くヒントさえないんじゃどう考えたって無理だ。
「うーん。暗号ねぇ…」
「暗号ですか?」
「いや、かもしれないってだけでまだわかんないんだけど…」
「あ。あたし推理小説とか好きなんでちょっと得意なんです、もしかしたら…。ちょっと見せてもらってもいいですか―?」
「そうか?じゃあ悪いけどちょっと見てもらっても―――…」
(って…あれ?今、誰と話して…)
声の聞こえた後方へ振り向かずにわいわいと会話を弾ませ、ほいほいと『たからのちず』を渡してしまったけれど、思えばもともとはひとりだったはずだ。慌てて地図を渡した後方を振り返る。すると、そこには白のワンピースを着た、麦藁帽でも似合いそうなとても可憐な少女の姿。
「えっと…、これは何かの罰ゲーム的なものですか?」
初対面にもかかわらず、早速少女からきつい一言。しかし、『たからのちず』なんてものを中学生の僕が持っているんだ。確かにそう思われてもしょうがないかもしれないけど…!
「自分の意志です!いいですから、返してください!」
恥ずかしさから、つい大声で目の前でおどおどする少女の手から、強引に紙を奪い返す。すると、少女はびくっと肩を一度震わせてひるみながら小さくつぶやく。完全に怯えさせてしまったみたいだ。
「す、すみません……。でも、お力になれたらと思っただけで悪気はなかったんです…」
「あ…、いや、こっちこそごめん。あ…僕、小坂 京っていいます。中学2年生。君は?」
先ほどのことを謝りながら、少し慎重に話しかけてみる。
「えっと、私も中学2年の鈴宮 紅葉っていいます。」
「あ、同い年。じゃあタメでいいよ、鈴宮さんて呼んでもい?」
そう笑いかけてみると、鈴宮さんは初め驚いたような顔をしてそのあと笑うというより、微笑みというような優しげな笑みを浮かべ短くこう答えた。
「……はい」
少し間があって返ってくる返事。その顔がどこか綻んでいるように見えて仕方がない。
「どしたの?なんか、嬉しそう…」
「そう…かな?」
「うん」
「…実はね、鈴宮さんて呼ばれるのは久しぶりだからなんだかくすぐったいなぁって」
「え?そうなんだ。じゃ、なんて呼ばれてるの?」
「えーっと…、紅葉ちゃんとか、じゃないかな?よく聞くのは」
「じゃないかなって…。鈴宮さんのことなのに?」
「だって、みんながどう呼んでるかなんて、画面越しじゃあわからないもの」
(画面越し?)
鈴宮さんの口から出た意味深な言葉に頭が混乱する。
自分のことなのに『じゃないかな』だなんて、どこか他人事みたいだ。
「えっと鈴宮さん、それってどういう――…」
聞き返そうとした途端、さっきまで淡々と話していた鈴宮さんがひときわ大きな声で慌てながらこういった。
「あ!ごめんなさい、私普通に喋っちゃって…。あの、私がTVじゃないところでこんな風に喋ってるってことと、あの推理が得意だってことは他の人には秘密で…」
(画面越し…。TV…。)
これらの二つのキーワードで、たった今ひとつの予測にたどり着いたけど、たぶん不正解。そう、たぶん――…。
「鈴宮さん、鈴宮さん」
「はい?」
「鈴宮さんて、何かお仕事とかやってたりしないよね?」
「あ、はい。一応アイドルを…」
「だよねー、やってないよねぇ。まさかアイドルなんて…。」
(ん"…?)
冗談っぽく笑い飛ばそうとする僕の頭で、少し前の自分の声が蘇る。
「ア ア、アイドル…?」
「はい」
「えぇーーーーーーーーーーーーーっ!!」




