第一話 はじまりの日
「王太子レオンは、聖女と結婚するように」
国王の命令に、王妃はスッと目線を国王から我が子である王太子に移した。
王宮の謁見の間には、国王アルベルトと王妃アデライード、そして王太子レオンとその婚約者である公爵令嬢エレノアが揃っていた。
その前には、先日正式に任命されたばかりの聖女ミレーヌと、その後見人である大司教が立っている。
純白のドレスを纏うミレーヌは、国王の言葉に驚きの表情を浮かべたが、その目は隠しきれない期待に輝いていた。
「……父上。私にはエレノアという婚約者がおります」
レオンは、一瞬間を置いた後、落ち着いた口調で国王に返事をする。
「解消すれば良い。我が国では代々、聖女が現れた際は王族と結婚し、ゆくゆくは王妃となっている」
しかし、王はまったく迷うことなく首を振った。
「お前が聖女を娶ることは、王太子としての義務なのだ」
その言葉に、レオンは何か言おうと口を開き、しかし何も言うことなくその口を閉じた。
エレノアは何も言うことなくそっとレオンのそばに立っている。
しかし、アデライードには、レオンのぎゅっと握りしめられた手も、エレノアの普段より青ざめた顔も見えていた。
「では、聖女とレオンの婚儀を一年後に行うとして…」
そんな2人に全く気付かずに話し続ける、自分の夫。
アデライードはふと思いついたことを自然と口にしていた。
「でしたら、国王が聖女様をお娶りになればよろしいのでは?」
「はっ…?」
アルベルトが目を丸くしてアデライードを見つめる。
結婚して18年、婚約から数えれば30年近く一緒にいるが、こんな夫の顔をアデライードは初めて見たなと思いながら、言葉を続ける。
「それほどまでに聖女様を王族に迎える必要がおありでしたら、わたくしが陛下と離縁いたしましょう」
「なっ……!」
全く予想していなかったアデライードの提案に、国王は絶句した。
「母上!?」
レオンも思わず立ち上がりアデライードを呼ぶ。
アデライードはレオンの方に向き直り、ニコリと微笑んだ。
「この国のしきたりは“聖と光の魔力を持つ女性が現れた際に聖女とし、王妃とすること”。王太子妃を経験してからでなければならない、という決まりはないのよ」
「しかし……」
戸惑うレオンの横で、我に返ったアルベルトが苛立ちをあらわにアデライードに声をかける。
「ふざけているのか?」
「ふざけてなどおりませんわ。レオンにはエレノアがいる。けれど聖女は王妃にしなければいけない。ならば、わたくしが王妃の座を降り、聖女様に新たな王妃となっていただけばよいだけのこと。何か問題がありまして?」
「それをふざけていると言うのだ!」
アデライードの返答を聞いたアルベルトは、立ち上がって怒鳴った。
「お前は王妃なのだぞ!?」
「今はそうですわね」
「今は、ではない!!王妃の座をなんだと思っている!」
「なんだと…」
アデライードは一度考えてからアルベルトに答える。
「国王の伴侶として、国王を支え、国を支え、次代の王を産む存在でしょうか」
納得のいく返答だったのか、国王も深く頷く。
「そうだ、その役目を簡単に降りるなど、なぜ言える」
そしてアデライードをそう非難した。
しかしアデライードは首を振ってから、レオンとエレノアを見つめる。
「簡単ではありませんわ。しかし、レオンとエレノアが王太子とその妃になるために歩んできた12年と、2人の思いを無下にすることもできません」
アデライードの言葉に、レオンとエレノアはハッとした顔つきになり、お互いの顔を見つめた。
2人は6歳の時に婚約を結び、18歳になる今までお互いを大切にし、励まし合いながら様々な経験を乗り越えてきた。
母として、アデライードは深い愛情と感謝を持ってそんな2人を見守ってきたのだ。
アルベルトも思うところがあったのか少し気まずそうな顔をしたが、すぐに険しい顔に戻る。
「しかし、聖女と結婚するのは王太子の義務なのだぞ」
「王太子の義務ではありませんわ。王妃になれば良いのですから、王と婚姻を結ぶのでもかまわないはずです」
「屁理屈を捏ねるな!」
アルベルトが怒鳴っても、アデライードの穏やかな表情はかわらない。
「屁理屈ではありませんわ。私は嫁いできてレオンを産み、王妃として公務を務めてきました。レオンももうすぐ成人を迎えますし、公務については引き継ぎを行えば良いこと。何の問題もありません」
アデライードがそう言うと、アルベルトは何も言わず、グッと手を握りしめた。
アデライードは今度は聖女ミレーヌに向き直る。
「聖女様は、現国王である陛下との婚姻でも構わないかしら?」
突然話を振られたミレーヌは一瞬驚いた後、チラリと大司教を見てから焦ったように数回頷いた。
「は、はい!わたくしは、どの代であれ王とこの国をお支えしたいと思っております」
その返事にアデライードは一度頷き、さらに質問を重ねる。
「そう。この国では長子がその家を継ぐしきたり。あなたと王の間に新しい子どもが生まれても次代はこのレオンになります。それでも良いかしら?」
そこまで考えてはいなかったのだろう。
ミレーヌはすぐに答えられずに、戸惑った表情を浮かべた。
「それはどういうことですかな?」
その代わり、その横にいる大司教が眉をしかめながら一歩前に出た。
「聖女と王の間に生まれた子をないがしろにすると?」
「ないがしろにするわけではないわ。新しく叙勲するなどその子にあった待遇を用意されるでしょう」
「しかし王にならないなど……!」
ヒートアップする大司教に対して、アデライードは冷静なまま言葉を返す。
「聖女の子を次代の王にしなければいけないしきたりはないわ」
「!!」
「私は『聖女が王妃になる』というしきたり同様に『長子が家を継ぐ』というしきたりも大事にしたいだけなの」
アデライードの言葉に、大司教は言葉を探すように口を何度か開閉する。
「わかってくれるわね?」
さらにアデライードがそう尋ねると、大神官はしぶしぶ頷いた。
「では、わたくしが離縁して、聖女ミレーヌは王アルベルトの王妃となる。次代の王レオンは婚約者であるエレノアと婚約を続ける。この方向で進めていきましょう」
アデライードは再び王に向き直り、そう話しかける。
顔を顰めたまま返事をしない王をチラッと横目で見てから、レオンが口を開いた。
「母上はどうなさるのですか?」
「…そうね、これから考えるわ」
そう言いながら、アデライードは北の方角に開いた窓に目をやった。




