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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー泥犁暗殺篇ー
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『二章』間話 それが間違いだとしても



 それは望まれた『命』の発芽ではなかった。

 

 『彼女』にとってその妊娠は、自分を不幸にするモノで、何より生まれてくる「その子」にも同等以上の苦しみを与えるかもしれないものだった。

 


 だから倫理的な罪悪感などを無視して『彼女』はお腹の中の『命』を殺そうとした。


 それを悪だと思わなかった。



 それを最低な行為だと思わなかった。


 何故なら、それが正しいからだ。

 

 「一族」の生業に、その血の悍ましさに嫌気が差して自暴自棄になり、適当な男に抱かれてみごもっただけ。


 そんな一時の感情と熱に任せた流れ作業のような行為の下に生まれてくる『命』が、果たして幸せになれるだろうか?

 

 何より、こんな汚れた血の「一族」の人間になって、この『命』は何の憂いも後悔もなく笑えるだろうか?


 少なくとも、『彼女』には出来なかった。

 どれだけ普通を望んでも。

 どれだけ平凡を望んでも。

 どれだけ幸福を望んでも。

 

 『彼女』にはいつだって、影のようにすぐ近くに「死」と「殺し」の存在が付き纏い、引き剥がすことも叶わずに体の一部と化していたから。


 そんな不幸を、そんなクソみたいな人生を、お腹の中の『命』には歩んでほしくなかったのだ。


 そもそも、『彼女』の「家」は血統を重きに置いている。


 「お父様」が決めた血統の家柄じゃないと婚姻も妊娠も許されない。



 弱い血。

 腑抜けた血。

 強者ならぬ血。 

 


 それらと交わったり、また個人の能力が「一族」の血統よりも弱い場合「混血」とみなされて迫害され、「本家」から追放される。

 


 だからどう足掻いても、『彼女』とお腹の中の『命』は不幸の掌の上を一生歩くことになる。

 生きる資格がない。

 生きるための許可が下りない。

 生きることが恥ずかしくなってしまう。


 それは、自分だけなら耐えられるけど。

 お腹の中の『命』も、となると許容は出来なかった。


 だから『命』を諦めることに迷いなどなかった。

 だけど、女という生き物はどこまでも憐れ。そしてなんて優しい生き物なのか。

 

 「一族」に捕まり、お仕置きの名を無造作に借りた拷問を受けた時。

 『彼女』は無意識の内にお腹の中の『命』を守っていた。頭を守るわけでも、自分の命を守るわけでもない。

 

 ーーただ、お腹の中の『子供』を守るために必死だった。

 

 そうして思う。

 あぁ、そうか。

 この子は、私の『子供』なんだと。


 お腹の中の『命』は。

 『彼女』の『子』なんだと。


 結局。

 『彼女』はどうしようもなく優しい人だったのだろう。


 決して世界と人々に許されることのない「一族」で、たくさん悪いことをしてきた碌でもない人間だけれど。


 会いたいと思ってしまった。 

 この両腕で抱きしめたいと思ってしまった。

 

 それは、罪なことでしょうか?


 母親がこれから生まれてくる我が子を愛して、抱きしめたいと思うことは。

 許されないことなんでしょうか?


 望まれていなくても。

 予期せぬ妊娠だったとしても。

 この子は『彼女』の『子供』なのだ。


 分かっている。

 生まれた瞬間からこの子が背負う問題の数々。悪意の坩堝、その渦中に身を置く壮絶な人生。

 分かっていて、それでも会いたい。


 だって、母親だから。


 だから守った。

 お腹を必死で守った。

 


 暗い地下室で、大きくなりつつあるお腹を優しく撫でた。名前は何にしよう、とか考えながら、実現し得ない優しい未来を頭の中で描きながら。


 お腹を内側から蹴られると「あぁ、生きてくれている」と感じて、笑みが溢れてまた撫でる。


 そんな人だった。 

 世界から嫌われているとしても、そんな人だったのだ。『彼女』は一人の母親で、どこにでもいる優しい女性だった。


 守ると誓った。

 何があっても、「この子」だけは血の因果から、その汚れから守ると決めた。


 だから。 

 でも。


 それ。

 なのに。

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