『二章』㉛ 暗闇の牢獄
状況を整理しよう。
全てを理解するためには時系列を戻して眺めて見る必要がある。
そもそも何故こうなったのか。
『罪人選別』を一週間後に控えている中、罪人一家であるドロフォノスの介入。
彼らの目的は九泉牢獄に収容されている全罪人の解放。
そのためにわざわざ普通の航海では辿り着けない泥犁島の座標を手に入れるために手を回し、尚且つハルとアレスの殺害も二つ目の目的としている始末。
『罪人選別』前に動いたのは処刑される罪人の中に「死なれては困る」罪人がいるからだと予測する。
そしてドロフォノスは九泉牢獄に収容されている罪人を解放することに成功し、現在泥犁島には脱獄囚が跳梁跋扈しているとみていいだろう。
その中で、〈ノア〉とアレス騎士団の面々は九泉牢獄の現状を把握するためにそちらに向かいつつ、会敵した罪人の捕縛も同時進行している。
現在、ハルとアカネの二人がS級相当の罪人の相手をしている状況で、残ったメンバーが彼らの合流を信じて待ちながら目的地点を目指している。
が、そこで九泉牢獄攻略組は多数の罪人の群に遭遇し、対処を余儀なくされた。
ーーここまでが、ザッと今回の件についてまとめたあらすじではあるが、掴めない。
ドロフォノスは何がしたいのだろうか。
好愛魔法という、限定的ではあるが規格外の魔法を利用してアカネたちを泥犁島に誘き出し、解放した罪人たちに襲わせることで撃破、または殺害を試みる。
理屈はわかるが、先が見えない。
最終的にドロフォノスという罪人の一族はなにを成し得るつもりなのか。
そもそも、『罪人選別』の一週間前に事を起こす理由は何なのか。
何もかもが、不明。
何も掴めない。
その、物事の中心にいながら「罪人の相手」と「九泉牢獄の騒乱鎮圧」しか出来ない彼らは、ドロフォノスの「本来の目的」にまで思考が及ばないのは痛手と言えるだろう。
しかしだからと言って目の前に提示された問題を無視するのも違う。
従って、一つ一つ解決していけば全ての物事は線と線で繋がり、最終的に大きな問題の形が見えてくるのは必然的な流れと言っていいだろう。
だから生まれてしまったこの展開を無視するわけにはいかなかった。
襲撃してきた有象無象の罪人たちが、散開する。明らかにセイラたちをバラバラにするための計画的な行動。
そうするようにと、指示を出した者がいるのは自明の理だ。
それがドロフォノスにしろそうでないにしろ、その背後に隠れているのは十中八九罪人の一族だ。
と、いうことは。
有象無象の罪人たちに指示を出した罪人を叩いて口を割らせることが出来たとしたらドロフォノスの「本来の目的」が見えてくるかもしれない。
この流れを利用することで、裏に潜んでいる「真の敵」を炙り出す。
事は簡単な話ではないかもしれない。
有象無象はともかくとして、指示を出している、またはその裏にいるヤツらはS級クラスのはずだ。
油断をすればこちらが命を落としかねない「油断できない相手」の代表格。
ーーだからこそ倒す必要があった。
有象無象の罪人、S級クラスの罪人。
どれをとっても世界に放てば人的、社会的被害は甚大で、更に言うならアレス騎士団及び「サフィアナ王国」は九泉牢獄の陥落、並びに凶悪犯罪者の脱獄を許したことの責任は免れない。
つまり国としての被害が民からの信頼の低下に直結している最悪の状況下の中、脱獄囚たちが自由気ままに、己の欲望のままに大手を振って外を歩くことになる。
そうなればどうなるか。
ーー「サフィアナ王国」は滅びる。
治安は悪化の一途を辿り、行政機関もその機能を麻痺させられ、民の不満や恐怖は日に日に募り、敵意の対象を、責任の荷重を一方的に国家が背負う羽目になり、脱獄囚の確保を専念することは難しくなってしまう。
そしてそうなってしまった根本的な問題は何なのか、という帰結して当然な事案に話が戻った場合、一番最初に冷視を向けられるのは『罪人選別』の任務を与えられたアレス騎士団第参部隊である。
魔力源の破損、代替品に取り付けられていた追跡機能、罪人の襲撃を許した油断、泥犁島の座標を奪われた怠慢。
更にはどれだけ実力があろうとも、敵の思惑に誘導されて一般市民である〈ノア〉のメンバーを巻き込んでしまったことも含めると、第参部隊、いいやアレス騎士団の信頼や地位は国家の安寧と共に地に落ちることになるのは火を見るよりも明らかだ。
そんな最悪の事態を回避するためにも。
泥犁島及び九泉牢獄を襲った罪人の逆襲は何としても解決しなければならない。
しかも今日中に、外部に現状の情報が漏れる前にという条件付きで。
「ーー事態は一刻を争う」
全ての可能性を考慮した上で、罪人たちがいなくなった九泉牢獄手前の森林部の開けた場所で、セイラ・ハートリクスが皆にそう言った。
セイラ、ユウマ、ギン、シャル、アルスト、ナギ。
〈ノア〉とアレス騎士団の即席混合部隊は円を作るように立ち、それぞれの顔を見合わせていた。
「今日中に事を片付けなければこの国はほぼ終わりと言っていい。脱獄した罪人を捕らえることは可能だろう。しかし時間がかかることは否めない。その間に国家の機能は著しく低下し、罪人たちが蔓延る最悪の世界と化してまう」
「ですねぇ。そうならないためにも、私たちだけで脱獄した全ての罪人を相手にしなくちゃいけませぇん」
「全て、か。どれくらいなんだ?」
「仮に九泉牢獄全ての階層が敵の手に落ちていたとしたら……万は普通に超えるわよ、ユーくん」
「聞かなきゃよかった」
セイラはナギが告げた脱獄囚の予想人数を聞いた上で肩を竦める。
「今散開した奴らだけで千は超えてた。残りの奴らがどこにいるのかは知れないが、これは中々骨が折れる仕事になりそうだ」
ユウマが同意とばかりに軽く笑う。
「同感。ったく、せっかくの旅行が台無しだなこれは」
「まぁいいんじゃない?この問題を解決したら国から何かお礼されるかもだよ」
と、現状に反して軽いやりとりをする〈ノア〉の面々をシャルはどこか唖然として見て、
「……責めないんですか?」
「ん?」
「このような事態に巻き込んだ自覚はありますぅ。どれだけセイラさんたちが強くても、一般市民を危険な目に遭わせた責任は私たちアレス騎士団第参部隊にありますぅ。そのことに対して、セイラさんたちは私たちに糾弾したっていいはずですよぉ?場の流れで事態の解決に協力してもらってる立場ではありますが、セイラさんたちが島から逃げたって誰も文句は言いませぇん。……それなのに、どうして……」
「見過ごせないからさ」
当然のように唇を緩めてセイラは言う。
「確かに私たちは今回の件に関与しなくてもいい。もっと言えば関与しないほうが良いかもしれない。だけどな、シャルロット。ここで見て見ぬ振りをして逃げたとして、その先に何がある?罪人が蔓延る社会が、私たちが逃げた先の未来にあると言うのなら、私たちは戦うよ。これは責任の押し付け合いじゃない。責任の共有だよ。お前たちの船に乗せてもらったあの時から、私たちは同じ責任の上を歩いているんだ。……運命共同体、とまではいかないにしても、同じ場所で寝て同じ食卓を囲んで、共に笑い、競った相手を死地に置いていくほど、私たちは人間腐っていないんだ。……だから、お前たちは私たちのことで気に病む必要はない。これはお前たちの戦いじゃない。ーー「私たち」の戦いなんだ」
セイラの迷うことなく言った眩しいセリフにユウマも同意見とばかり頷いた。
「それによ、帰りたくても帰るための船がねぇんだ。だったら脱獄したバカ共を牢屋にぶち込んだあとみんなで仲良く帰った方がいいだろ。それにドロフォノスはオレたちも狙ってるみたいだしな。ここでキッチリ片を付けた方が都合もいいんだよ」
「それにもう関わってしまった。ウチのハルとアカネが戦っている。二人の覚悟を無視して帰るわけにもいかない」
「……あなたたちは、いったい……」
何者なのかと。
どうしてそこまで「人がいい」のかと。
何故ドロフォノスなんかに狙われる立場にあって、あれほどの実力があるのかと。
シャルロットの呟きに、セイラたちは迷わずこう言った。
それ以外に返答が思いつかなったみたいに。
「「「〈ノア〉だよ。人を助けるのが仕事なんだ」」」
それは国直属の人間であろうとも変わらない。あるいは国を救うことで大勢の人々が笑い合える未来が訪れるというのなら、〈ノア〉は〈ノア〉のルールに則り拳を握るだろう。
だから。
「シャル。姉さんたちの力を本格的に借りよう」
シャルの細い肩を掴んで言ったのはアルストだ。
「アルストさん……」
「姉さんたちは強い。相手も強いだろう。だからこそ姉さんたちの力は必要だ。ここまで協力してもらっておいて急にはしごを外すのは違う。だったらもういっそのこと最後まで付き合ってもらおうじゃないか」
アルストの言に肯定の一票を入れるようにナギが頷いた。
「ユーくんたちは頼りになる。もう同じ死線をくぐり抜けた仲間よ。だからユーくんたちの覚悟に甘えましょう、副隊長殿?」
「ナギさん……」
二人の仲間の意見に、第参部隊の副隊長は迷いを捨てた。
巻き込んでしまった後悔はあるし、ここまで関わらせといて用済みとばかり手を離すことが間違いだとも理解している。
同時にセイラたちの力が今この場において必要不可欠なのも。
だけどシャルはアレス騎士団だ。
国民たちに「ヒーロー」だと思われるようにアレス騎士団を作り直すことがシャルの夢だ。
その夢が、守るべき対象の国民に命を懸けろと言うのは、「アレス騎士団第参部隊副隊長」として許せなかった。
だから迷いを捨てたのは、副隊長としてではない。
「……一人の、「サフィアナ王国」の民としての、シャルロット・ガーデンとして。セイラさんたちにお願いします」
それは協定ではない。
それは強制ではない。
それは命令ではない。
ーー紛れもない依頼だ。
「私に力を借してください」
そしてそれは、シャルの願いでもあった。
低頭する彼女の姿はアレス騎士団副隊長ではなく、自分を、それよりもっと大きなものを守るために力を貸してほしいと願う、どこにでもいる女の子だった。
健気な少女。
その子の思いに応えるための言葉は、最初から決まっていた。
考えるまでもなかった。
「「「その依頼を受諾する」」」
そう、〈ノア〉のメンバーは快くシャルロット・ガーデンの依頼を受けたのであった。




