第3話:崩壊する名声と、最果ての万能領地
呪いから解放されたセラフィナは、まるで長年の重荷が嘘だったかのように軽やかに立ち上がった。
白銀の髪が風に揺れ、透き通るような肌と凛とした佇まいが、彼女の持つ神聖さを際立たせる。
「アルス様、改めてお礼を申し上げます。このセラフィナ、これより貴方様の忠実なる剣となり、盾となりましょう」
「いやいや、そんな大げさな……! 俺はただ、困っている人を放っておけなかっただけだから」
「そのお優しさこそが主の器というもの。ですが……まずはこの痛々しいお召し物を何とかせねばなりませんね」
セラフィナは俺の破れた服と、使い古したリュックに視線を落とし、少しだけ胸を痛めるように目を細めた。
「俺はギルドを追放された身だからね。まともな着替えも持っていないんだ」
「それなら、私にお任せください。この森には上質な魔導シルクを産む『グラットン・スパイダー』が生息しています。アルス様の錬金術でお召し物を仕立て直すのはいかがでしょう?」
彼女の提案を聞き、俺はピンと来た。
素材のポテンシャルを極限まで引き出し、そこに新たな『概念』を付与すれば、どんな高級服飾店よりも素晴らしい服が作れるはずだ。
「よし、やってみよう!」
俺とセラフィナは森の浅瀬で素材を集め、俺の作った木の中の隠れ家へと戻った。
セラフィナが手際よく紡いだ極上の糸を受け取り、俺は『概念錬金』を発動させる。
付与する概念は――『自動洗浄』『温度調整』そして『物理耐性・大』。
「『概念錬金』――発動!」
手元で輝く光が糸を包み込み、一瞬にして仕立ての良いシックな黒の旅装へと変化した。
袖を通してみると、まるで着ていないかのように軽やかで、常に肌触りが心地よい適温に保たれている。
「すごいです、アルス様……! 生地の縫い目一つひとつにまで完璧な加護が行き渡っています。これなら王国の近衛騎士団の鎧すら凌駕する防護性能です」
「あはは、着心地も最高だよ。セラフィナの糸の紡ぎ方が上手だったおかげだね」
「あ……アルス様に褒めていただけるなんて……!」
セラフィナは頬をポッと赤く染め、嬉しそうに龍の尾をパタパタと揺らした。
クールな容姿に似合わない可愛らしい反応に、俺の心も自然と和んでいく。
俺たちはそのまま、拠点の整備を進めた。
俺が『快適』や『頑丈』の概念を付与した家具を作り、セラフィナが持ち前の圧倒的な身体能力と魔力で森の開拓を手伝う。
一見するとただの木造の隠れ家だが、ここはすでに『絶対防御』と『万能空間』の概念に守られた、世界で最も安全で快適な領地へと変貌を遂げていた。
一方その頃――王都のギルド本部。
「どういうことだギルド長! 俺たちの受注ランクが下がるだと!?」
レオンの怒号が、ギルド長の執務室に響き渡った。
デスクの前に立つレオンの姿は、かつての煌びやかなSSSランク冒険者の面影を残していなかった。
髪は乱れ、自慢の高級甲冑は各所がヒビ割れ、ボロボロになっている。
「落ち着きなさいレオン。当然の処置です。昨日の『竜の胃袋』四十層での醜態……遠征から命からがら逃げ帰ってきたのは事実でしょう?」
ギルド長は冷ややかな視線をレオンに向ける。
「くっ……! あれはメイビスの魔法が突然暴走し、俺の剣が折れたからだ! 機材の不運が重なっただけに決まっている!」
「いいえ、不運ではありません」
ギルド長はため息をつき、一本の折れた剣の破片をデスクに置いた。
「この剣をギルド専属の鑑定士に見せました。結果は……『長年の無理な魔力負荷により、内部構造が完全に破綻していた』とのことです。なぜこれまで壊れなかったのか不思議なレベルだと」
「な……んだと……?」
レオンは絶句した。
彼はいつも、自分の圧倒的な剣技に剣が応えているのだと誇っていた。
「そしてメイビスの杖も同様です。極度の過負荷がかかり、魔導回路が焼き切れていました。……レオン、君たちは重大な勘違いをしていたのではないですか?」
「勘違い……? 俺たちが……?」
「君たちのパーティーにいた、あの大人しい錬金術師の青年――アルス君ですよ」
ギルド長は静かに眼鏡の枠を押し上げた。
「彼のメンテナンスは、単なる手入れではなかった。彼が毎日、命を削るようにして君たちの装備に強力な『補強と保護の加護』をかけ続けていたからこそ、君たちは無傷でいられたのです」
「ば、馬鹿な!? あいつはただの雑用だ! 攻撃魔法一つ使えない無能なんだぞ!?」
「無能だったのは誰か、これでハッキリしたでしょう。彼という柱を失った『光の剣』は、ただの粗暴な冒険者集団に過ぎない」
「ふざけるな! 俺はSSSランクの剣士だぞ! あんなゴミがいなくなっても、新しい錬金術師を雇えば……!」
「不可能です」
ギルド長はきっぱりと言い放った。
「王都中の腕利き錬金術師に君たちの装備を見せましたが、全員が『こんな神業のような付与手入れは見たことがない。自分には逆立ちしても無理だ』と首を横に振りました」
「な……っ……」
レオンの顔から血の気が引いていく。
隣にいたメイビスも、恐怖でガタガタと震え出していた。
彼らが「無能の雑用」と蔑み、ゴミのように捨てた青年。
彼こそが、自分たちを『最強』たらしめていた唯一無二の英雄だったのだ。
「そんな……じゃあ……俺たちの輝かしい実績は……全部あいつのおかげだったって言うのか……!?」
レオンは膝から崩れ落ち、頭を抱えた。
「アルスを探して連れ戻せ! 頼む、あいつがいなきゃ俺たちはもう……!」
「今更遅いです。君たちが彼を追放し、ライセンスを破棄して王都から追い出したのでしょう。自業自得というものです」
冷酷なギルド長の宣言が、崩壊した英雄たちの頭上に重く突き刺さった。
その頃、『魔の森』の我が家では。
「アルス様、美味しい果実が採れましたよ! 一緒に食べましょう」
「ありがとうセラフィナ。じゃあ、これに『新鮮維持』の概念をかけて、いつでも美味しく食べられるようにしておこうか」
「まあ! 素晴らしいです! さすがは私の主様!」
陽の光が差し込むあたたかなリビングで、俺とセラフィナは笑い合っていた。
理不尽な評価に怯える日々は、もう終わりだ。
俺を真に必要としてくれる大切な仲間と共に、俺はこの最果ての地で、誰にも邪魔されない最高の居場所を作っていく。
元パーティーが自らの愚かさに悶え苦しんでいることなど、今の俺には知る由もなかった。




