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5 ハルトヴィヒ

ハルトヴィヒ(婚約者の兄)の一人称です。

 青ざめた恐怖に満ちた顔で愚弟(エアハルト)が馬車に乗せられていくのを見届けると、私、ハルトヴィヒ・ダンゲルマイヤー小公爵は自室に戻るために踵を返した。


 血が繋がっていようと、愚鈍な弟妹の事など正直どうでもいい。


 いや、弟妹だけではない。両親もまた、私にとって血の繋がった他人に過ぎなかった。


 自分自身の事でさえ、心底どうでもいい。


 誰も、自分自身の事さえ愛せず、ただ生存本能だけで生きていくのだと思っていた。


 彼女、エデルガルト・シュリューター伯爵令嬢と出会うまでは――。





 エデルガルトより二歳上の私は先に卒業はしたが、一年は同じ貴族学園にいた。時折、廊下ですれ違う事はあったし、何より、彼女の妹ヴェンデルガルトは、その美しさと優秀さで、学園で、いや社交界で知らぬ者がいない有名人だ。エデルガルト・シュリューター伯爵令嬢という彼女自身としてではなく、ヴェンデルガルトの姉として、彼女もまた学園で多少名の知られた存在だった。


 そのエデルガルトを「エデルガルト」として認識したのは、皮肉にも、自分自身の結婚式だった。


 貴族の義務としての結婚。


 家格や年齢の釣り合い、公爵夫人としての能力、それらが私の伴侶として相応しいと、昨年息子バルドゥルを産んで亡くなった妻、マルレーネ・フィッツェンハーゲン公爵令嬢が選ばれた。


 数多くいる参列客、その一人に過ぎなかったエデルガルトは、目が合った瞬間、私の全てを奪ったのだ。


 美しさも、その能力も、エデルガルトの妹(ヴェンデルガルト)どころか、私の隣にいた花嫁(マルレーネ)にも及ばないだろう。


 だのに、あの瞬間、多少顔を知っていただけの少女は、私の全てを奪ったのだ。


 淡い青の瞳に宿る熱。


 それは、確かに恋情だった。


 今までも私にそんな目を向ける令嬢や貴婦人はいた。


 だが、誰一人として、私の心を揺さぶる女は現れなかった。


 だが、なぜだろう?


 今この瞬間、さして美しくもない少女は、その瞳だけで、私の心を奪ったのだ。


 他の女に心を奪われたからといって、この結婚をやめる訳にはいかない。


 物心ついた頃から叩き込まれた貴族としての責任と義務感が私を縛ったのだ。


 いや、そもそも私は貴族としての生き方しか知らない。


 ただ生きていただけの私が、貴族、しかも公爵家という高位貴族の後ろ盾なしに生きていけるとは思えなかった。


 このまま他の女の面影を心に宿したまま、一生妻と向き合っていくのだと思っていた。


 だが、私にとって予想外で幸運な出来事が起こった。


 妻がお産で亡くなったのだ。


 人の死、しかも、妻の死を喜ぶなど、人として最低だと思う。


 けれど、それが私の正直な気持ちだ。


 子供より妻の命を優先すれば助かったのかもしれない。


 だが、私は、いや、誰もが、妻よりもダンゲルマイヤー公爵家の後継者の命を優先したのだ。


 分かっている。妻が亡くなったところで、シュリューター伯爵家を継ぐエデルガルトは、ダンゲルマイヤー公爵夫人には、私の妻にはなれない。


 愚弟が彼女の婚約者になったのは、言っては何だが、可もなく不可もない伯爵家の跡取りである彼女との婚約を王家が決めたからだ。


 どういう訳か、代々の王太子は、我がダンゲルマイヤー公爵家の令嬢を妃にと望んできた。そのため、王太子妃、ひいては王妃は、ダンゲルマイヤー公爵令嬢がなってきた。


 けれど、今代の王太子は、現ダンゲルマイヤー公爵令嬢である愚妹を愛してなどいない。


 王太子には想い人がいたのだ。


 王太子の想い人、私の亡くなった妻、マルレーネ・ダンゲルマイヤー小公爵夫人。


 元は公爵令嬢だ。王太子妃となるのに問題はない。だが、王太子はマルレーネの意思を無視して、無理矢理、権力で彼女を()にする事は出来なかったようだ。


 私にとっては政略結婚の相手でしかなく妻に愛などなかったが、マルレーネは私を愛していたらしい。彼女の意思を尊重して彼女を諦めた。その結果、マルレーネは私の息子(バルドゥル)を産んで亡くなってしまったが。


 なので、王太子は周囲に勧められるまま、愚妹を婚約者に選んだのだ。彼にとってはマルレーネでなければ、誰でも同じだったからだろう。


 だが、愚妹は本当に愚かだった。とても王太子妃や王妃になれる器などではない。


 愚弟と共に、エデルガルトにも迷惑をかけて、結果王太子との婚約は破談になった。


 王太子の新たな婚約者は、妻の妹、マルティナ・フィッツェンハーゲン公爵令嬢だ。王太子妃、ひいては王妃になるのに、身分も能力も不足はない令嬢だからというのが建前のようだが、王太子の本音は亡くなったマルレーネ(想い人)の身代わりにしたいからだろう。


 王太子が何を考えてマルティナと結婚しようが、私にはどうでもいい。


 重要なのは、私自身の気持ちだ。


 愚妹と王太子との婚約が破談になった以上、愚弟とエデルガルトを婚約させる必要はなくなった。だから、彼女に迷惑をかけた愚妹と愚弟を修道院に送った。


 シュリューター伯爵家を継ぐ彼女は、愚弟でなくても、他の誰かと必ず結婚する。


 それを黙って見守るしかないのか。


 幸い、後継者となる息子がいる。息子にしっかりした後見人を立てて、私が婿入りするか。


 あの結婚式の日、確かに、彼女の私を見る目には恋情があった。だが、あれから一年が過ぎ、婚約者だった愚弟が迷惑をかけたのだ。あの愚弟の兄だというだけで、もう彼女の私への恋情はなくなったかもしれない。


 弟妹を修道院に送り込んだ三日後、意外な人物が私を訪ねにきた。


 



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