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4 エアハルト②

第四話はエアハルトがエデルガルトとの話し合いの後、自宅に戻ってからの話です。時系列的には第一話の後になります。エアハルトの一人称です。

 僕、エアハルト・ダンゲルマイヤー公爵令息が婚約者との話し合いの後、ダンゲルマイヤー公爵邸に帰るとエントランスホールで兄と遭遇した。


 いつもいつも、この兄の前だと父である公爵と対峙するよりも緊張する。


 兄、ダンゲルマイヤー公爵家の長子、ハルトヴィヒ。


 婚約者に負けず劣らず、僕も平凡な容姿と能力しか持たないが、そんな僕とは対照的な絶世の美貌と優秀さを誇る兄。羨むよりも畏怖の対象だった。


「ただいま戻りました。兄上」


 そう挨拶した僕に対し、兄は用件だけを言ってきた。しかも、僕が理解不能な事をだ。


「最低限の荷物を馬車に積んである。それと共に(やしき)から出て行け」


「は?」


 僕は思わず間抜けな声を上げてしまったが、兄は気にする事なく用件は済んだとばかりに、その場から離れようとする。


「お、お待ちください! 兄上、今のお言葉は、どういう意味なのですか?」


 慌てて呼び止める僕に、兄は、はっきりと煩わしそうな視線を向けてきた。


 普段なら、それだけで萎縮するが、今ここで兄を引き止めなければならないと、なぜか強くそう思ったのだ。兄への(おそ)れよりも、今は彼を引き止め問いだす事を優先すべきだと。


「婚約者であるエデルガルト嬢への愚痴を姉と親友にこぼしたのだろう? 婿入りする分際で何様のつもりだ?」


「そ、それは」


 兄の冷ややかな視線に、僕はたじろいだ。


 貴族学園を卒業した兄が、なぜ学園内での自分達の動向を知っているのかと不思議には思わない。ダンゲルマイヤー小公爵であるこの兄の「目」は、王都、いやこの王国中に張り巡らされている。弟妹相手だろうと、それを怠る事などしないのだ。


「お前の姉が王太子殿下の婚約者だったために、言っては何だが、可もなく不可もない伯爵家の跡取りである彼女の婿に選ばれた。だが、お前の姉の度重なる失態で、それもなくなった。彼女とお前が結婚する理由もなくなったんだ」


 兄は(ヴィヒエア)を名前ではなく、自分の妹でもなく、「お前の姉」と言っている。それはもう兄にとって、ヴィヒエアは自分の妹どころか、ダンゲルマイヤー公爵令嬢ですらないという事なのだ。


「そうなれば、お前をダンゲルマイヤー公爵家の次男として置いておく理由もない。婚約者の妹に懸想し、婚約者を大切にできない。その上、大した能力もないお前に、他に婚姻を結んでくれる家もないだろう。学園を卒業するまでもない。この家の籍を抜き、修道院に押し込める事にした。両親も了承している」


「……そんな」


 あの両親は、昔から跡取り息子であり、美しく優秀な兄だけを愛し大切にしていた。次男である僕は両親にとって予備(スペア)でしかない。


「安心しろ。お前の姉も、すでに(やしき)から出て行かせた。後は、お前だけだ」


 姉もまた王太子の婚約者でなくなった事で、家の役に立たないと修道院に送られたのだ。


 両親である公爵夫妻が、いや、この兄が決めた事だ。


 自分がどれだけ「嫌だ」と言ったところで覆る事などない。


 ただ婚約者への不満をもらしただけで、こうなるとは。


 彼女が言った通り、姉と親友に愚痴らず、彼女本人に不満をぶつければよかったのか。


「ああ言っておくが、姉と親友に愚痴らなくても、結果は変わらなかったぞ」


「え?」


 自分の心を読んだかのような兄の言葉に怪訝そうな顔をする僕に、兄は、にやりと笑った。


「他の女、しかも、彼女の妹を愛し、彼女を大切にできない奴に、彼女を託す気はなかったからな」


 最初は兄が何を言っているのか理解できなかった。


 全てを理解した後、僕の全身から血の気が引いた。


「貧民街の男娼窟ではなく男子修道院に送るのは、私の肉親としての最後の情だ。そこでおとなしく天寿を全うするといい」


 男子修道院に送られるのは、兄の言う通り、きっとまだマシなほうだ。


 この怜悧で冷徹な兄がその気になれば、血の繋がった弟だろうと、本当に一片の容赦もなく尊厳を踏みにじり、それこそ死んだほうがマシだという目に遭わせただろうからだ。


 気付かなかったとはいえ、兄の想い人を粗略に扱ったために――。


 

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