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2 ヴィヒエア

第二話は、エデルガルトが婚約者の姉と親友に呼び出された時の話です。時系列的には、エデルガルトが婚約者(エアハルト)と話す前日になります。ヴィヒエア(婚約者の姉)の一人称です。

 わたくしは筆頭公爵家の長女であり、王太子殿下の婚約者、ヴィヒエア・ダンゲルマイヤーだ。この貴族学園で最も高貴な女性である。


 だから、誰もが、わたくしに反論などせず、頭を下げるのは当然だと思っていた。


 今日、彼女、エデルガルト・シュリューター伯爵令嬢と対峙するまでは――。





 愛する弟エアことエアハルトが婚約者であるエデルガルト・シュリューター伯爵令嬢から理不尽な言葉を投げつけられたというので、それを諫めるために、エデルガルトを生徒会室のサロンに呼び出した。


 公爵令嬢で王太子殿下の婚約者でもあるわたくし、ヴィヒエア・ダンゲルマイヤーは、生徒会の副会長だ。なので、生徒会専用のサロンを使えるのだ。


 同じように、生徒会の役員でもある弟の親友、ヘルムリート・ギーゼン侯爵令息も弟のために彼女に苦言を呈してくれるというので、一緒に彼女と対峙した。勿論、婚約者がいる身で男性を伴って現れては、あらぬ誤解を受けそうなので、それを防ぐために学園が雇っている侍女や従僕を控えさせているが。


 公爵令嬢であり王太子殿下の婚約者であるわたくしと侯爵令息のヘルムリート。


 その二人と対峙すれば、大抵の人間は緊張、または萎縮するというのに、エデルガルトは平然としている。見かけこそ平凡だが、案外胆力があるのだろうか。


「弟に『結婚するまで、お互い干渉せず、自由でいましょう』と言ったそうね。間違いはない?」


「ええ。言いましたわ」


「それが何だ?」と言いたげなエデルガルトに、わたくしは、こんこんと諭した。


 曰く、婚約者となったのだから、仲良くすべきだ。


 曰く、仲良くするために努力をすべきだ。


 曰く、努力もせず、最初から距離を置くのは、どうかと思う。


 ヘルムリートも、わたくしを援護してくれた。


 言うべき事は全て言ったので、ソファから立ち上がり、サロンから出て行こうとしたわたくしとヘルムリートをエデルガルトが引き止めた。


「はあ、自分が言いたい事だけ言って、出て行くんですか? 将来の国母なら国民の言葉に耳を傾けるべきですよね。私も、その国民の一人ですよ」


 わたくしが看過できない言葉で引き止めたエデルガルト。その目は、はっきりとわたくしを蔑んでいた。


「建前とはいえ、一応、学園内では平等という事になっていますから、多少、私が無礼な発言をしても許してくださいね。最初に身分差を笠に着て、しかも、二対一で一方的に文句を言ってきたのは、そちらなんですから、構いませんよね?」


 最後は疑問形だが、有無を言わさぬ強い口調だった。


「まず、なぜ、お二人がしゃしゃり出てくるんですか? これは、婚約者同士である私とエアハルト様の問題です。お二人が出しゃばるのではなく、エアハルト様本人が私に文句を言うべきでしょう。姉だからといって、親友だからといって、口を挟む事ではないのでは?」


「あの子は優しいから、あなたに言えないのよ。だから、代わりに、わたくしが言うのよ」


「代わりに、侯爵令息と一緒に、私に文句を言ったと? 身分の高い相手が一方的に、それも、二対一で、さらには、相手の反論に耳を貸さずに、言いたい放題言って出て行くと? 何とも、ご立派な事ですね。とてもあの方の妹とは思えないわ」


 エデルガルトの口調には、はっきりと皮肉や嘲りがこもっていた。


「そんな事ないわよ。今だって、こうして、あなたと話しているじゃない」


「それは、私が引き止めたからでしょう。他の方相手では、一方的に言いたい放題言って出て行ったんでしょう。あなたに見当違いな『忠告』やら『苦言』やらをされた令嬢や令息達が、そう言っていましたよ」


「何よ、それ」


 王太子殿下の婚約者として、問題のある生徒達に苦言を呈していた。だが、それがまさか彼らの間で迷惑な行動としてとられているとは思わなかった。


「わたくしは、王太子殿下の婚約者として、問題解決のために動いていただけよ」


 わたくしの反論にエデルガルトは鼻で笑った。


 筆頭公爵家の令嬢であり王太子殿下の婚約者であるわたくしに対し、何とも無礼で不遜な態度だが、わたくしは何も言えなかった。エデルガルトが放つ妙な気迫に無意識に呑まれていたのだ。


「それが、見当違いだと言っているんです。あなたが主に口を挟むのは、今の私とエアハルト様のような、婚約者との仲に関する事のようですが、それは当人同士の問題で、当人同士が解決すべき事でしょう。他人が、しかも、逆らえない身分差の相手が、しゃしゃり出てきては、余計に、こじれるだけですよ。それも分からないほど馬鹿なんですか?」


 そこで、エデルガルトは、くすりと笑った。


「ああ、馬鹿なんですね。だから、誰に対しても見当違いな『忠告』やら『苦言』やらができるんだわ」


「なっ⁉」


 あまりな言い様に絶句するわたくしに構わず、エデルガルトは話を続けた。


「あなたに『忠告』やら『苦言』やらをされた令嬢や令息の親達は、貴族院を通して、ダンゲルマイヤー公爵家や婚約者である王太子殿下に、あなたに関する抗議をしているはずです。そして、私も、そうするつもりです。当然の権利ですもの」


 立憲君主制となった現在、王侯貴族が一方的に下位の者に対し、命や尊厳を奪う事は禁じられている。その抗議が正当なものだと判断されれば、王侯貴族といえども断罪されるのだ。


「なので、ヴィヒエア・ダンゲルマイヤー公爵令嬢、あなた、王太子殿下の婚約者でなくなるでしょうね」


「何で、そうなるのよ!」


 わたくしは思わず声を荒らげた。


 常に優雅で泰然と、淑女の鑑であらねばならない筆頭公爵家の令嬢で王太子殿下の婚約者として相応しからぬ言動だが、それだけエデルガルトの発言に驚いたのだ。


「これだけ周囲からのヘイトをためまくった女が王妃になれるとでも? そもそも、あなた、容姿と身分しか取り柄がないんだから、王妃の器ではないでしょう」


「……あなた、結構、言いたい放題言うのね」


 遠目で見た時は、その平凡な容姿通りの、無害で、どうとでもできる女だと思っていたのに。


「私など、まだまだかわいいものよ。ヴェルは、私の妹は、言葉一つで相手を再起不能にしたもの」


 エデルガルトの妹、ヴェルことヴェンデルガルト・シュリューター伯爵令嬢。


 学園入学以来、首席の座を一度も譲った事がない才女というだけでなく、その美しい容姿でも常に注目されている。姉妹の共通点は、その淡い青の瞳くらいか。


 エデルガルト以上に、か弱そうで儚そうなヴェンデルガルトが、言葉一つで相手を再起不能にできるとは思えなかったが、今まさにこうして、侮っていたエデルガルトに追い詰められているのだ。


 このシュリューター伯爵家の姉妹は、本当に外見とは真逆な(したた)かで冷酷な心を持っているのだろう。


 わたくしは勿論、あの優しく平凡な弟が敵う相手などではない。


 これこそまさに、藪をつついて蛇を出すという事なのだろう。


 とんでもないモノに手を出してしまった。


 遅すぎる後悔だったけれど。









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