表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/7

1 エアハルト

第一話は短編(一話完結)の「なんとも器が小さい男ね」とほぼ同じ話です。短編では主人公(エデルガルト)の一人語りでしたが、第一話は婚約者(エアハルト)の一人称です。

「これからは、互いに干渉せず自由でいましょう」


 婚約者であるエデルガルト・シュリューター伯爵令嬢は、淡々とそう言った。





 婚約者に放課後、学園の外れにある東屋に呼び出された。 


 元々人気(ひとけ)のない場所で、今も周囲に人はいない。


 東屋で僕、エアハルト・ダンゲルマイヤー公爵令息は、婚約者と向かい合って座っている。


「これからは、互いに干渉せず自由でいましょうと言ったくせに、どうして僕を呼び出すんだ?」


 言動が一致しない婚約者を不審に思うより不快感のほうが大きかった。


 そんな僕に構わず、彼女は、いつもどおり無表情だった。


 出会った頃、婚約者として紹介された時から、彼女は僕に対して常に無表情で、どうでもいいといわんばかりの態度だった。


 それでも婚約したのだからと、僕なりに彼女と向き合ってきたつもりだ。


 けれど、彼女の態度は最初からまるで変わらなかった。


 そして、先日ついに「これからは、互いに干渉せず自由でいましょう」と言ってきたのだ。


 貴族の結婚は契約だ。自分の意思だけでは、どうにもできない。


 特に、この婚約は王命だ。


 僕の生家、ダンゲルマイヤー公爵家は、ここ何代か、ずっと王妃を輩出してきた。今代は僕の姉ヴィヒエアが王太子の婚約者だ。


 この王国で、王家に次いで最も権力があるのは、ダンゲルマイヤー公爵家だと言っても過言ではない。


 今代も王太子妃、ひいては王妃になるのがダンゲルマイヤー公爵令嬢では、この王国のパワーバランスを崩しかねないという事で、王太子の婚約者の弟である僕の婚約者は、可もなく不可もないシュリューター伯爵家の令嬢であるエデルガルトが選ばれてたのだ。


「そうせざるを得ないからに決まっているでしょう」


 彼女は「そんな事も分からないの?」と言いたげな表情だった。


「はあ、その困惑した顔からして、全く心当たりがないようね」


 彼女は、これ見よがしに、ため息を吐いた。


 その態度にいらっとして、不機嫌な顔で聞き返した。


「いったい何の事だ?」


「では、言うけど、結婚するまで、互いに干渉せず自由でいましょうと私が言ったのが気に入らないなら、その場ですぐ文句を言うか、後でも私に直接言えばいいのに、わざわざ親友のギーゼン侯爵令息と自分の姉に愚痴るとはね。昨日、二人がわざわざ私の教室まで来て、文句を言いに来たのですよ」


 それは知らなかった。


 僕の驚いた様子から、それが分かったのだろう。


「その様子からして、あなたが、あの二人にそうさせたのではないのは分かりました。でも、私に直接文句を言わず、親友や姉に愚痴るとは、なんとも器が小さい男ね」


 むっとする僕に、彼女の無表情は変わらなかった。


「あら、器が小さい男と言われるのは不快ですか? でも、事実でしょう? 婚約者で将来妻になる相手(わたし)に文句一つ言えず、親友と姉に愚痴るしかできないんですもの」


「それは、そもそも、君が互いに干渉せず自由でいましょうと言ったのが悪いんだろう。婚約者になったのだから、互いに歩み寄って仲良くすべきなのに」


 僕は間違った事は言っていない。だのに、彼女は、はっきりと呆れた視線を送ってきた。


「あらあら、あなたがそれを言うの? 本当に、自分の都合の悪い事は、きれいさっぱり忘れられる便利な脳を持っているのね。とてもあの方の弟とは思えないけど、あの女の弟ではあるわね」


 戸惑う僕に、彼女は淡々と話を続けた。


「婚約が成立した当初は、互いの家を行き来して交流を深めようと、周囲に侍従や侍女に囲まれてですが、二人でお茶会をしましたが、あなたは全く私に話しかけず、つまらなそうで、そんなあなたを相手にするのに私も疲れたんです」


 彼女は僕に対して、常に無表情でつまらなそうに接していた。だが、それは、()()彼女に対して、そうしていたからか? だから、彼女も僕に対して、そう接するようになったのか? 自分の過去の行いを振り返って愕然とした。


「でも、この婚約は政略。互いに気に入らなくても、この婚約は破談にはできない。だから、結婚まで互いに干渉せず自由でいるのが、お互いのためにいいと思って提案したんですよ。その時は、いつものように黙っていたから、てっきり了承したのだと思っていましたが、はっ! それがまさか親友と姉に愚痴って文句言わせるとはね」


 今までの淡々とした話しぶりや無表情が嘘のように、はっきりと侮蔑の視線を向けられた。


「文句など言わせてない。あの二人がそうするとは思わなかったんだ」


 僕の弁明に対して、彼女の侮蔑の視線は変わらなかった。


「言わせる言わせないは、どうでもいい。重要なのは、直接私に言わなかった事よ」


 彼女の言っている事は間違っていない。婚約者なら、家族になるのなら、姉や親友に愚痴ったりせず、直接本人に文句を言えばよかったのだ。


 何も言えずにいる僕に、彼女の非難は続いた。


「あなたの親友と姉は、こうも言っていたわよ。『努力して、婚約者(あなた)と仲良くすべきだ』とね。どうし私だけが努力しなければいけないのかしら? 政略だろうと夫婦になるのよ。私だけでなく、あなたも私とちゃんと向き合うべきだったでしょう? 言ってはなんだけど、あなたが我が家に婿入りするんだから、尚更そうすべきだったのに。けれど、あなたは一度として私と向き合わなかった」


 君もそうしなかった、とは言えなかった。


 きっと彼女の言っている事に嘘はない。出会った当初から彼女に対して無関心な態度だったのは本当なのだ。


 だって、僕が本当に好きなのは、婚約したかったのは、彼女ではないからだ。


「ああ、理由は分かっていますわ」


 僕の本心を見抜いた発言が彼女の唇から放たれた。


「あなたは、本当は私ではなく、美しい私の妹のヴェル、ヴェンデルガルトと結婚したかった」


 ヴェルは家族や友人が呼ぶヴェンデルガルトの愛称だ。


「そのために、私の両親であるシュリューター伯爵夫妻に、こう言ったそうですね。『婚約者を姉から妹に替えてほしい。同じ伯爵家の娘ならいいだろう』と」


 伯爵夫妻に婚約者のすげ替えを口止めはしていないが、だからといって「お前の婚約者は、本当は、お前ではなく妹と結婚したいようだ」と彼女に明かしていた事に驚いた。


 シュリューター伯爵家は、家族間で秘密は持たないようにしているのか。だとしても、僕と彼女が破談せず、結婚するのなら、禍根を残さないために黙っていてしかるべきだろうに。その思考が自分がした事の棚上げだと僕は気づいていなかった。


「まあ確かに、ヴェルは美しいだけでなく能力も私よりずっと優れている。人格も()()()()()()()許容範囲でしょう。普通なら、外見も能力も平々凡々な私より伯爵家当主に相応しいですわね。でも、そんな完璧なヴェルにも、たった一つだけ欠点があった。家族になるし、何より、婚約者を姉から妹に替えろなどと、あなたが言い出したから、両親も教えるしかなかったのでしょうね。ヴェルは子供ができない体だと」


 そう口にした彼女は少しだけつらそうだった。子供ができない妹を憐れんでいるのだろう。


「貴族は何よりも血統を重んじる。どれだけ美しくても優秀でも子を()せないなら貴族家の当主にはなれないし、他家に嫁ぐ事もできない。それでも、あなたは食い下がった。私をどこかに嫁がせて、私が生んだ子供の一人を世継ぎにすればいいだろうと」


 そこで、彼女は何とも冷たい視線を送ってきた。


「はあ、馬鹿ですか? 我が王国のパワーバランスを保つための結婚ですよ。シュリューター伯爵家の未来の当主は、あなたのダンゲルマイヤー公爵家と私のシュリューター伯爵家の血を引く子供でないと。私が他家に嫁いで子を作っても意味ないでしょう。当然、私の両親も、あなたの両親の公爵夫妻も、あなたの提案を一蹴し、そのまま私との婚約は継続された。あなたは、それが不満で、私に、あんな態度だったのでしょう? 婚約者に八つ当たりするとは、なんとも器が小さいですわね」


 何も言えない僕に、無表情に戻った彼女は淡々と言ってきた。


「もういいでしょう? 互いに干渉せず自由でいるのがいいと、その足りない頭でも理解できたかしら?」


 話は終わったとばかりに、この場を去ろうとする彼女に、僕は慌てて言った。


「悪かった! これからは、ちゃんと君と向き合う。だから」


「これかは、仲良くしてほしい」と続けようとした僕の言葉を彼女は遮った。


「今更別にいいですよ。あなたが婚約者(わたし)ではなく婚約者の妹(ヴェル)を好きなように、私にも他に愛する方がいて、あなたに、これっぽっちも、一欠けらも、微塵も、全く、まるっきり、関心がないので」


 彼女は、これでもかというくらい、僕への無関心さを強調(アピール)してくる。僕も彼女に対して愛や関心はないが、そこまで言われると少しだけ傷ついたが、納得もできた。彼女が最初から、僕に対して、あんな態度だったのは、それも理由だったのだと。


「そして、それはヴェルも同じだわ」


「……彼女も他に愛する人がいるのか?」


「そんな事を訊いてくる時点で、あなたが、あの子の事を全く理解していないのがまる分かりね。ああ、分かっていれば、両親に婚約者のすげ替えを提案するはずもないか」


 怪訝そうな顔をする僕に、彼女は呆れた視線を送ってきた。


「あの子は私を慕って、いえ、そんな言葉で足りないくらい私を絶対視している。あの子の世界の全ては(わたし)なの。だから、自分を愛する人間だろうと、姉より自分がいいと言ったあなたを絶対に許さない。どういう気持ちかしら? 自分が愛する女に嫌われるのは?」


 彼女は、ふふと笑う。僕が初めて見る彼女の笑顔だ。皮肉な事に、こんな状況で、初めて彼女は僕に笑顔を見せたのだ。


「私の両親は、美しく優秀な妹娘だけを溺愛して、平凡な姉娘を虐げるような、親失格のろくでなしではないの。私の事も妹と同じくらい愛してくれている。だから、姉より妹のほうがいいと言ったあなたに対する心証は、それはそれは良くないでしょうね。結婚しても、あなたの我が家での待遇は、あまりいいものではないと覚悟しておいたほうがいいわよ」


 それだけ言うと、彼女は今度こそ、この場を去っていった。














 


 

 



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ