本物
「こそこそ話してる間に、この女の人の体内の血が全部流れ出ちゃうよー?」
明るく気の抜けた声で男がこちらへ声を掛けてくる。
「雅様、大丈夫です。身体は覚えています」
男の声は気にせずに、童は僕に微笑み、頷いた。
「雷様、源十様、金茶様、解術は雅様にお任せしましょう。私たちは、吉田様とあの男を足止めしましょう」
二人と一匹は童の言葉に頷き、そして僕の方を振り返り心配するな、とでも言う様に頷く。
「吉田! そいつの事悠斗と癒麻に近づけんな!」
雷さんの声に、吉田さんは頷き、男を拘束しようと手を伸ばした。
だが、男はその手をさらりと躱すと、癒麻さんに向かって駆け出した。
「僕の勝ち」
男は癒麻さんの元へ行くと、額に刺さっている櫛を掌でグイっと押し込み、意識が半分飛んでいる癒麻さんは、いとも簡単に男の掌の力で後ろへ倒れた。
「癒麻っっ!!」
「癒麻、しっかりしろよ!!」
源十さんと雷さんが、癒麻さんの元へ走ろうとするが、男が二人の行く手を阻んだ。
「行ったところで、もう遅いよ。致命傷になるように刺したから」
男は、愉快そうに笑っていた表情から一変し、まるで道端のゴミを見るような目で僕をゆっくりと捉えた。
「あーあ、仲間の命すら守れないんだ? 君本当に我骸兄弟の弟? 偽物なんじゃないの。身近な命も守れない奴に、妖界を治めるなんて出来るの? 無理じゃない? それに、噂ではお兄さんと争うのが嫌だから、自分で記憶消して人間界に逃げたって言われてるけど、もしかして本当なの?」
男は、嘲笑交じりの声で捲し立てる。
好き勝手言われて反論したいのに、それが出来ない。理由は簡単だ。
僕自身が本当に我骸兄弟の弟・我骸雅なのか、記憶が無いからだ。
記憶が無いし、自分の中で確証が持てないから胸を張って、自分は本物の我骸雅だ、と言い切れない。それに、男の言う事は正しいところもある。癒麻さんの命すら守れない自分に、妖界を治めるなんて出来るわけない。
情けない自分が許せなくて、骨が浮き上がるほどに拳を強く握り込んだ。
「ああ、情けないね。言い返す事も出来ないんだ。そりゃそうか、記憶が無いんだもんね」
鼻で嗤うと男は興味が無さそうに、僕に背を向けた。
「僕も……分かんないんだよ。お前の言う通り偽物かもしれない。本物は他に居るのかもしれない。それじゃあ、僕は何者なんだ? なんでここに居る? なんでそんな意地悪な質問するんだよ……!! 僕が……僕が一番知りたいよ……」
もう何が本当なのか、僕は一体何者なのか、何も分からない、信じられない。
僕は偽物……? そうなのかもしれない。
吉田さんも雷さんも金茶も源十さんも、童も癒麻さんも奸も、僕を本当に我骸雅だと信じて、心から信じて接してくれていたのか。
一度考えだすと、良くない方向へと考えが堕ちていく。
自分で自分にダメージを与え、ダメージを喰らい、目の前が霞み、鼓動が早くなる。足から力が抜けて、その場に膝から崩れる。
自分がまるで水中に居るみたいに、周りの声や音が聞こえづらい。
「……い! ……と!」
途切れ途切れ、何か声が聞こえてくる。
「悠斗……!!こっち見ろ!!」
両肩を強く揺らされて、顔を上げると鬼の様な形相をした雷さんが僕の顔を覗いている。
「悠斗! 目ぇ醒ませ!」
今度は頬を叩かれ、じんじんとした痛みで深く沈んでいた意識が引き戻された。
突然雷さんに頬を叩かれた驚きで頭の中が一杯になり、さっきまで頭の中に響いていた負の感情が消え去った。
「雷さん、急に頬叩かないでくださいよ、めっちゃ痛いです」
左頬を抑え、雷さんを睨みつけた。




