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黒い影

「座れよ」


 雷さんが吉田さんを近くにある丸いスツールに座るように促した。

 吉田さんは大人しく座り、話し出す。


「私は、あなたを殺す、その為に接触しました」


 頭だけ振り返った吉田さんの瞳が僕を捉えている。

 吉田さんの行動で、この場に居る誰もが「あなた」とは僕の事だと理解しただろう。


「吉田、てめえ……ぶっ殺す」


 雷さんの犬歯がきらりと光った、様に見えた。

 吉田さんの言葉に、源十さんと金茶、童も僕を吉田さんから隠すように立ち位置を変えた。


「最初は、その筈でした。憎むべき相手を殺し、そして私の復讐は果たされる……。でも、思ったんです、記憶を失くし本来の力も失った悠斗さんを殺すのは、つまらない、と」


「殺す」


 雷さんがいつもとは違う、唸るような低い声でベットから立ち上がり吉田さんの首を片手で掴んだ。


「゛うっ゛あ……」


 雷さんは確実に吉田さんの気道を押し、吉田さんは苦しみながらも、抵抗しようとはしない。

 雷さんの力は段々と強くなる。このままでは、死んでしまう。


「ここ、医務室なんだけど? 怪我の手当てをする場所。殺し合いでもするなら別の場所でやってよ」


 入口の方から声が聞こえて来た。振り返るとそこには、さっき挨拶を交わした、白衣を着た女性が扉枠に背中を預け立っていた。


「止めないなら、あたしも容赦しないからね」


 ばつが悪そうに、雷さんは吉田さんの首から手を離した。


「悠斗、お前が決めろ」


 雷さんは不満を露にしながら僕をまっすぐ見つめる。

 多分、殺すかどうかは僕が決めていいという事だろう。

 僕は吉田さんの前に行き、地面に座っている吉田さんに手を差し伸べた。

 吉田さんは僕を見上げた後に、俯いて僕の手を取った。


「吉田さん、話してください。全部……って言いたいところですけど、言えない事は、無理に言わなくても良いです……それで良いですよね……?」


 全員を見て、問いかける。


「お前がそれで良いなら……」

「賢明な判断だと思うよ、あたしは」

「お前はやっぱり優しすぎるな……お前がそれで良いなら、俺がいう事は何もないよ」

「雅様がそれで良いなら、金茶も雅様の意志を尊重するにゃ」

「はい、雅様の意志であれば、それに従うのみ」


 吉田さんを見る。


「吉田さん、話してください」


 吉田さんは、僕の目を真っすぐ見て、頷いた。 その時、左腕の上を何かが這っていることに気づいて腕を見ると虫の様な黒い影が蠢いている。


「うわぁっっ!!」


 僕は虫が大の苦手なのだ。しかも乾電池くらいの大きさの虫となれば、発狂ものだ。


「とって、これ取って!!」


 できる限り自分の体から左腕を遠ざけて源十さんの方へ向ける。


「雅、そんなに騒ぐな、こんなただの虫だろ……」


 この部屋に居る全員の視線が僕に向けられている事も気にならないくらいに、僕は今虫に対する嫌悪と恐怖で満たされている。


「待て……源十!!それに触るなっっ!!」


 雷さんの張り詰めた声が響いた。


「雷、どうしたんだよ……ただの虫じゃない……か」


 源十さんがさっきまでの弟に向けるような呆れた表情ではなく、口を半分開け眉を顰めて僕の腕を凝視している。

 何が起こっているのか分からず、雷さん、金茶、童、吉田さん、白衣を着た女性の表情を見てから、自分の左腕に視線を落とす。

 虫だと思っていたそれは、黒い影の様な、虫ではなく、黒い影そのものだった。それは僕の顔めがけて飛んできた。それと同時に何かに僕の意識が侵されている気がして、そして目の前が真っ暗になり、僕は意識を手放した。



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