三日ぶり
茶色の毛に黒の模様が横に入っている模様の尻尾と、この声は間違いなく金茶だ。
頭頂部に張り付いている金茶を優しく抱き上げて胸の前に降ろす。再会の感動で金茶の頭に顔を擦り付けた。
「無事で良かった」
「金茶、悠斗を部屋まで案内してくれ」
源十さんは金茶の頭を優しく撫でて、吉田さんを担いだまま廊下の奥へと消えていった。
「雅様、薫さんと雷様の事は心配ありませんよ、回復するまで待ちましょう」
「雅様のお部屋はこっちですにゃ」
金茶の後を付いていく。
廊下の右側の大きな窓から差す木漏れ日が板張りの床に落ちている。
金茶は廊下を進んだ突き当りの扉の前で足を止めた。
「ここが雅様のお部屋です、薫さんと雷様が回復するまで、雅様もゆっくりお休みくださいにゃ」
金茶がにゃあ、と一鳴きして廊下を戻っていった。
扉の前に立ちドアノブを掴み、息を整えてから扉を開ける。目の前に広がっている部屋はカーテンが閉め切られていて暗い。足を踏み入れると、埃っぽさに咳き込んだ。
どのくいらいこの部屋は放置されていたのだろうか。
カーテンを開けると、温かい日の光が差し込み部屋を明るくしてくれる。部屋は意外と質素で、必要最低限の家具しか置かれていない。ベットに机と椅子。机の上に何冊か本が積み重ねられている。本の表紙に薄く被っている埃を手で払う。
埃の下から現れた表紙には何も書かれていない。
目次も何も無く、パラパラと適当にページを捲ってみると、何かが挿まれたページを見つけた。
挿まれていたのは一枚の紙きれで、そこに数字が書かれている。
「〇二二〇……」
何の数字だろう、何かのパスワードだろうか。
窓際の机の引き出しを確認するが、パスワードを必要とするタイプではない。それほど広くもない部屋の中で、パスワードを必要としそうな物を探す。部屋の入口の隣に置かれた本棚を見る。ここにも無さそうだ。本棚の隣にはクローゼットが置かれている。扉を開けるとそこには僕の嗜好と同じ洋服がいくつも掛けられていた。
自分が記憶を無くしたという事実を突きつけられた気がして目を逸らしてしまった。そっと扉を閉めようとした時、あるものが目に入ってきた。
「金庫……これだ」
そこには小ぶりな金庫が置かれていた。
しゃがんで手元の紙に記されている数字のダイヤルを回していく。
――カチッ。
鍵が開いた。重みのある小さな扉をゆっくり開ける。
中にあったのは、一枚の封書だった。
真っ白な封筒に赤い封が押されている。
窓から差し込む光で封書の中身を透かして見ようと思ったが、そんな簡単には行かないみたいだ。
この封書は読んでも良いものなのだろうか。
さっきの数字が書かれていたメモが挿まれていたページをもう一度見る。
ある事に気づいた。
文章の横に所々線が引かれている。
「見つけ、たら、読、め……見つけたら読め、この封書の事だよな」
ここで一人で見るか、それともみんなと見るべきか。
「みんなで読むべきだな」
封書は机の引き出しにしまい、雷さんと吉田さんの回復を待った。
そして何事もなく三日が過ぎた。
朝、鳥の囀りも聞こえない程早くに目が覚めた。
自室の横にあるテラスへと足を運び、ベンチに腰掛けた。
山の向こうから朝日が顔を出し、まだ暗い空にグラデーションを作り出している。
数字のメモが挿まれていた本を読んでいると廊下から大きな足音が短い間隔でこちらへ向かってきている。
——バンッッ。
テラスの扉が乱暴に開かれる音が静かな屋敷に響いた。
「雅っ!!」
そして息を荒げた源十の声が聞こえて来た。
源十の顔には、安堵の表情が浮かんでいた。
「雷と客人の意識が戻った」
源十と一緒に医務室へ向かう。
「来たか」
医務室へ入ると、腰まである、朝日を受けて艶めく黒髪を後ろでまとめた僕より背の高い女性が椅子から腰を上げてこちらへ近づいてきた。
「お久しぶりですね、雅様」
その女性は微笑んで会釈した。
「お久しぶりです、すみません、何も覚えてなくて」
「雅様が謝る事では無いですよ」
そう言うと、源十の肩に手を置いて医務室を出ていった。
「なあ、悠斗、こいつに一発入れていいか」
簡素なベットの上で両腕を組み胡坐をかいている雷さんが首だけを僕の方向に向けて許可を求めて来た。
三日ぶりに顔を合わせて最初に言う事がそれか。
「まあまあ、落ち着け、な?」
「そうですよ、雷様落ち着いてくださいにゃ」
「雷様、安静にと言われたではありませんか」
口々に雷さんを宥める言葉を掛ける。
「俺は悠斗に聞いてんだよ、一発入れねえと俺の気が済まない」
「雷さん、先ずは吉田さんの話を聞きましょう、ね」
雷さんは片足を立てて何か言おうとしたが、座りなおして舌打ちをして静かになった。
「雅、ナイス」
源十さんの言葉に合わせて金茶がウィンクをして、童は小さく親指を立てた。
「悠斗さん、良いんです。一発と言わず気が済むまで、私を殴ってください」
吉田さんは立ち上がり雷さんの元へと歩き出した。
吉田さんの歩みを誰も止めない。僕もただ見ていることしかできなった。ここで吉田さんと雷さんの思う通りにさせてあげた方が良いのではないか、そんな考えが頭の片隅に湧いてしまった。
吉田さんは雷さんの前に立ち、静かに目を瞑った。
ここにいる全員が、次の瞬間には雷さんが吉田さんを殴るのだろうと、顔を逸らした。
「チッッ」
聞こえてきたのは、雷さんの舌打ちだった。
「そんな顔してる奴の事なんて、殴りたくもねぇ」
窓に反射して見えた吉田さんは、眉間に皺を作り、目を伏せて下唇を強く噛んでいた。口から一筋血が顎へ伝っていた。




