兄弟
「痛いじゃないかァ、雷」
右手を左手で抑え、くつくつと喉の奥で笑いながら雷さんを睨んでいる。
雷さんがあいつの右手に電流を流して攻撃したのだろう。
攻撃した事で、吉田さんは奸の見えない手から解放されて咳き込んでいる。
吉田さんの首元は赤くなっていた。目は虚ろで辛うじて意識を保っているようだ。このまま放置しておけば吉田さんは死んでしまう。早くここから運び出さなければ。
僕もあいつに一発何かお見舞いしてやりたいけれど、使える術も無いし、多分拳でも勝てない。いつかその顔に一発入れてやる。
「悔しそうだね、雅。その顔とても良い」
目を細め、眉を下げ口の両端を上げて、恍惚とした表情で僕を見てくる。何だよ、その顔は、止めろ……そんな顔で見てくるな……。
「そこで自分の無力さを噛みしめていると良いよ」
ふ、と短く笑って、もう僕に用は無いとでも言うように雷さんに向き直った。
本当に情けない。ここで何もできない自分が。握った掌に爪が食い込んで皮膚が破れ血が滲んでくるが、こんな痛み位何てことない。
「雅様……手から血が出ております……」
「大丈夫、何ともない」
感傷に浸っていると、大きな音がしてハッと顔を上げる。
目の前に広がっていたのは、砂埃と壁ごと飛ばされて倒れている雷さんの姿だった。奸は右手を前に突き出したまま立っている。
「ふ、雑魚が」
奸はくるりと向きを変えて檻へとゆっくり歩いてくる。
目線は吉田さんを捉え、楽し気に笑いながら。
「さあさあ、先程の続きをしよう。凶暴な雷獣に邪魔をされてしまった」
雷さんの方向を一瞥して、再び右手を吉田さんに向ける。
吉田さんにこれ以上肉体的なダメージを加えられたら危険だ。
「やめろ、もう充分だろ」
僕にはあいつを止める術はない。
雷さんは吹っ飛ばされて意識を失っている。童は戦闘向きの術を持っているのか確かじゃない。それに、自分より小さい子供に戦わせたくはない。
「そう? まだ耐えられそうだけど」
どこを見たらその言葉が出てくるのか。
「もう少し楽しませてあげるから大人しく見てなよ」
「ぐっ……」
吉田さんの体が後方へ揺れた。
鳩尾を殴られているみたいだ。容赦なくもう一度鳩尾に見えない拳がめり込む音がした。
吉田さんは意識が飛んでしまっていて、反応が無い。
僕は走り出していた。
勢いをつけて奸の顔を右から平手打ちする。掌がジンジンと熱意を帯びる。
「雅……」
僕を見るその顔は、笑っていた。
嬉しそうに。
「兄はとても嬉しいよ……」
この顔に見覚えがある。さっきと同じ恍惚とした表情。
「悠斗さ……落ち着い……」
吉田さんが微笑んでこちらを見ている。良かった、意識が戻ったのか。
「黙れ」
奸の腹の底に響くような低い声が響いた。
また、奸の右手が掲げられたその時。
目映い光が僕たちを包んだ。
咄嗟に光源から顔を逸らして目を瞑った。
そして直ぐに光が消え、目を開けるとそこには、目の前に居たはずの奸は居なかった。




