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記憶の断片

 その後は特に何も起こらず、平和な時間を過ごした。


 時計の針は深夜零時を指している。ご飯を食べた金茶は、すやすやと寝息を立てて気持ちが良さそうに僕の隣で丸まって寝ている。


 いつもならこの時間には、眠気に負けて布団の中にいるのだが、今日は眠気が襲ってこない。


 起きたのが夕方だったのと、兄からあんな殺意を受けてしまえば、なかなか眠る気にはなれなかった。


 テーブルの上に置いてあるスマホを取り、ソファの上で体育座りになって電源を入れた。


 画面にメーカーのロゴが浮かび、再起動の表示が出た。


「良かった・・・」


 壊れていなかった事に安堵して、再起動が終わったスマホの画面を見る。


 特に変わった通知は来ていない。


 再びスマホをテーブルの上に置いて横で丸まる金茶に視線を落とした。


 色の表現が正しいのかは分からないが、金茶の毛は薄茶色で毛並みがいい。


 可愛いな、なんて思いながら金茶を見ていると、段々と瞼が重くなってくる。


 眠気なんて無いはずなのに、瞼が自分の意識とは関係なく落ちてくる。


 そして僕は意識を失った。


------------------



 瞼を開けると、目の前には、天井から下がる御簾の様な仕切りがあり、片膝をつきしゃがんでいる人影が見える。


「おい、雅、暇か?」


「うん、暇だよ」


 僕の意思とは関係なく、言葉が勝手に出た。


 御簾を片手で捲って、顔を出したのは、雷さんだった。


 雷さんは、御簾で仕切られた中へ入ってきて、隅にドカッと座った。


「お前だけは、死ぬなよ。俺たちの唯一の光なんだからな」


「分かってる、雷も、死ぬんじゃないぞ」


 その光景は、なんだか懐かしい気がした。


------------------



 コンコン――


 ガラス戸を叩く軽やかなノック音で目が覚めた。


 まだ重たい瞼を開けてベランダの方を見ると、そこには吉田さんが立っていた。後ろには雷さんもいる。


 空はすっかり明るくなり、目に染みるほどの水色が広がっている。


 時計を見ると針は八時を指していた。


 ソファから起き上がり、ガラス戸の鍵を開けて二人を部屋に入れる。


「おはようございます、朝ごはん持ってきたので、みんなで食べませんか」


 吉田さんと雷さんの手に保温バックが提げられている。


「わざわざありがとうございます」


「よう、よく眠れたか」


 僕の向かい側に腰を下ろした雷さんが、観察するように話しかけてきた。


「はい、良く眠れました」


 雷さんは、そうか、とだけ言って保温バックの中身を机に並べ始めた。


「おや、金茶さんはまだ夢の中みたいですね」


 雷さんの隣に座った吉田さんが、まだ僕の隣で寝息を立てている金茶を穏やかな笑みで見ている。


「あの後、何か変わったことはありませんでしたか」


 吉田さんが、保温バックから取り出した紙のカップに入った珈琲を僕の前に置いてくれる。


「はい、特に変わったことは、」


 何も変わったことは起こらなった。そういえば、思い出した。不思議な夢のことは、なんとなくみんなには話したほうが良い気がする。


「あの、不思議な夢を見たんです」


「夢、ですか。どんな内容だったのですか」


「御簾の様な物で仕切られた場所に僕が居て、雷さんと話す夢です、確か雷さんは僕のことを『雅』と呼んでいた気がします、夢なので記憶が曖昧なんですけど」


 珈琲のカップを傾けて喉に流し込んでいた雷さんが咳き込んだ。


「大丈夫ですか」


 吉田さんが背中を擦ってやる。


「わるい、大丈夫だ」


「悠斗、それ夢じゃない」


 雷さんの声が少し震えている。眉間に皺が寄り、目が潤っている。


「雷さん、泣いてます・・・?」

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