幕間 昼下がりの魔女
「あら?」
空を見上げて、アイシャは立ち止まる。
昼下がり、ちょうど昼食の用意をしていたところだった。といっても今日の当番はザックなので、アイシャとグレンは食器の用意をするくらいだが。
手に持っていた皿を置き、魔力探知。
すると、最初に感じた違和感の正体が明らかになる。
少し前に張った結界が、いつの間にやら消えていた。
確か、邪悪な禁術の研究をしていた研究者────戦って倒し、衛兵に引き渡し済み────のアジトから最寄りの地脈で、村の被害防止のため念を入れて張ったもの。
最高強度ではないが、そこそこ工夫をしたものだったはずなのだが。
「どうした?」
こちらの様子に気付いたグレンからの声だが、アイシャはなんでもない風に
「いや、ちょっとね。気になることがあるから先に食べてて」
といなす。
余計な心配をかける必要もない。
報告は事が判明してからでいいでしょ、と背負っていた杖を手に持つ。
魔法陣を描き、その方角に杖を掲げて(既に印が済んでいる地域のため、遠見程度なら余裕である)。
「『観測』」
その途端、キィン、という甲高い音と共に周囲が遠のく。半ば暗転した視界のまま少し待てば、その薄れた世界に重ねるように、別の景色が広がった。件の村の丘である。
否、景色だけではない。
吹き付ける風、木々のざわめき、土の匂いにその固さまで。
空間干渉はアイシャの得意分野であり、その彼女が用いる「観測」は、印付けした場所のすべて────魔力の流れですら再現できる。
さながら、そこにいるかのように。
だから、手製の結界の存在確認など容易かった。
(やーっぱり消えてる。共振を使えるやつなんて早々いないと思ったんだけど……あの先生、得意気だったものね。教えまくっててもおかしくないか)
辺りを見回す。村はいたって平和な様子であった。やはり、消えてから気付くまでに少々時間があった為、下手人はとうにこの場から離れているのだろう。
被害はないみたいでよかった、と胸を撫で下ろす。
そして地脈はといえば。
(……ちょっとだけど、減ってる?それも枝一つ丸々枯れてるわね、これ)
該当する箇所に移動すれば、不自然に草花が途切れている。土が湿っていたため、恐らくは窪みを埋め立てたもの。
これまた奇妙であった。状況だけ見れば、犯人は結界を壊し、ここで地脈を吸い上げておきながら、わざわざ埋め立てていったということになる。
(そもそも。周囲に悪影響を及ぼさずに一部分だけ、なんてできる?まあ、私なら余裕だけど……たぶん)
とんとん、と足で地面を小突く。実際に触れているわけではないが、気分の問題だ。
どうにも、悪意が感じられない。
やたらめったら器用なことはするくせに、それを邪なことに使おうという意志が見られない。
そんなことをする人物に心当たりがあるような、ないような────まあ、とりあえずは。
(この位置からじゃ、結界を張り直すのは無理。なんかあったら飛んで来るとして、グレンにはなんて言おうかしらねー)
考えながらも、アイシャは杖を軽く振った。
ばちん、と風船が割れるような音。
視界が再び眩み、元の昼食風景が現れる。
それと同時に、
「うおあっ!」
「のわっ!」
緋色と茶色が転がった。
机の上には既に料理が並んでおり、食べる準備万端といった様子。この二人のことだ、食べずに待っていてくれたのだろう。しかしそれはそれとして、何故至近距離で転がっているのか。
「……何やってんの?」
呆れた目でアイシャが問えば、
「いや、グレンさんが!グレンさんがチキンゲームしようとか言うから!!」
「てめぇ裏切る気かザック!!途中からお前も『グレンさん意外とビビリなんすね』とか言ってただろ?!」
「いやだってちまちま動くもんだから────」
責任の押し付け合いが始まった。醜い、あまりにも醜い。アイシャはそんな二人を放って、杖を片付けようとして。
ふと気付く。
チキンゲーム。あれは確か、度胸試しの別名で、何かしらのリスクを伴う行為をどちらが限界までできるか、というよくわからないもの。
であれば、この場合。リスクを伴う行為とは。
「ふーん。なるほど?」
ひとつ頷く。
振り向けば、そいつらはビクッと体を震わせる。そうして、恐る恐るこちらを向き────その挙動を以って、仮定は正答となった。
アイシャはにっこりと微笑んで、
「『|紫電鎖縛《エレクトリック•バインド》』!」
後に、勇者は語る。
その天誅は、旅の途中に受けた魔法攻撃の中で、五指に入るほどだったと。




