貴族と盗賊の作戦会議
協力関係を結んだエリシオとセリによる珍道中────なんてものは存在しなかった。
転移陣は二人を目的地へと速やかに届け、本来三日かかる旅路はほんの数秒のものとなったのである。
転移陣の光が収まり、眼前に広がるのは白いレンガ。一拍遅れて感じる、鼻を刺す磯の香りと波の音。
アルダン王国有数の港町、アスールである。
ストローを吸う。甘い、けれど爽やかだ。
冷やされたオレンジジュースは果物特有の酸味を持ちつつも、引っかかることなく喉を通り過ぎる。
「美味だ……」
テラステーブルにつき、感慨深げに呟くエリシオの前には、屋台飯がどっさりと置かれていた。それらはどれも異国情緒あふれるものばかりで、飲み物だけで四種類もある。アスールは港町なので、朝市にはこういった他国の品も多く並んでいたのだ。
村の宿での衝撃を経て、エリシオは旅先の食事が楽しみになっていた。故に、アスールに到着すると同時に朝市へと向かい、気になった食べ物を片っ端から買い込んでいったのだ。
資金は十分以上にあった。なにせ貴族なので。
「いや、ちょっと待ちなよ」
「む?どうした。あちらのサンドイッチが気になるのか?であれば買ってくるといい。協力してもらっている以上、代金は私が支払おう」
「そうじゃなくて!アンタ、急いでるんじゃなかったっけ?!なーに呑気に飯食ってんの?!」
バンバン、と机を叩く。
当然だろう。
セリは相応の緊張感を持ってこの町にやってきていた。なにせ、しくじれば自分と仲間の命がない。嫌ではあったが、仕方ないと割り切ってきちんとガイドとやらをしてやるつもりだった────その矢先にコレである。
なんというか、拍子抜けとかそういう次元の話ではない。買い物中はちょっと感情が追いつかなかったが、今になってようやく困惑、それを通り越して怒りを覚え始めたというわけだ。りんごジュースが片手にあることで台無しだったが。
しかしそれをエリシオが知る由はなく。問い詰められた貴族は困ったように頬を搔いて、
「いきなり来られては、アバリス伯爵も困るだろう。早朝に書簡は届けたから、昼頃に向かうぞ」
と答える。
「────はぁ」
呆然とすること数秒、それから頭に手を当ててため息をひとつ。
苦虫を噛みつぶしたような顔をしつつ、セリがもう一つの疑問を口にする。
「……なら、そのふざけた格好は何なわけ?」
「ふざけた格好……?」
そう言われて、エリシオは自分の衣服を上から下までじっくりと眺めた。カンカン帽、襟付きの柄シャツ、少し短めのズボン。背景と共にうっすらと黒みがかっているのは、着けているサングラスの影響である。
これらもすべて、朝市で買い揃えたもの。食品だけでなく衣類も売っているのはとても助かった。比較的安価に買い揃えられたのも、旅をしている身としてはありがたい。
この格好ならばどこからどう見ても完璧な一般人だ。貴族だと誰も気付かないだろう、と満足気に頷いて、
「変装だが」
「…………一応聞くけど、なんで?」
「街の者を気遣わせるわけにもいかないだろう?これならば偽名を名乗る必要もない。我ながら良いアイデアだ!」
「楽しむ気満々じゃんか……」
はーっはっはっは!!と高笑いをしながら、アイスクリームを口に運ぶ。これまた美味だった。
*
テーブル上の食べ物が半分を切った辺りで、エリシオは手を止めた。
まさか満腹なのか、買っておいてこちらに残りを食わせる気なのか、とセリがそちらを見れば、紫色と目が合う。
「なにさ」
柄の長いスプーンを咥えたまま訊く。思えば今日は、まだ朝だというのに質問してばかりだ。それもこれも疑問まみれのまま連れ回したすっとぼけ貴族が悪い。
するとすっとぼけ貴族は、真面目な顔をしてこう言う。
「いや、時間があるのでな。今のうちに聞いておきたいと思った」
「そっちも質問か。んで、何を」
「アバリス家……いや、アバリス伯爵に雇われていた時の事についてだ。仕事内容でも、様子でもなんでもいいのだが」
「へぇ。流石のお坊ちゃんも、敵の内情は知っておきたいわけだ」
カチ、と歯をスプーンに当てて、セリは笑った。ニヤリとした悪い笑み────意外と早く回ってきた意趣返しのチャンスに、少しでも意地の悪い返答をしようと意気揚々である。
だが、その手の皮肉はエリシオに通用しない。
「ああ。できることなら」
あまりにもまっすぐな返答に、セリの上がっていた口角はへの字に下がった。それに気付いているのかいないのか、エリシオはこう続ける。
「実のところ私は数年前に一度、貿易会議で伯爵に会っている。しかし、娘想いの良い父親といった雰囲気で……外道には到底見えなかった。何かしら、事情があるなら解消したい」
「甘っちょろい考え方だね、いつか痛い目見るよ」
「よく言われるが、私は今のところ無傷でな。痛い目を見たのはそちらだろう?」
「ハッ、お口が達者なことで」
だがまあ、確かに負けたのはセリ達である。敗北のツケを払うためにも、正直に答えるほかない。
せめてもの抵抗に机の上から串付きソーセージを引っ掴みながら、セリは記憶を辿った。
「……最初にお声がかかったのは一年前かな」
パリッ、と良い音を立てて、ソーセージが食いちぎられる。
「伯爵からの使者……といっても最初は誰からのとか言ってなかったっけ?とりあえず女がアジトに来てさ、指定したとこから資料盗ってこいとか言うわけ」
「資料?」
「そうそう、商会とかの企業秘密のやつね。
んで、なんか面倒だったから断ろうとしたんだけどさー、こっちの無理な要求に応えてジャンジャン依頼金上げてくるんだわ。結局二百で受けたんだけど。それからも度々、おんなじ価格で」
「……ふむ」
「んで。その依頼を切ったのが二ヶ月前かな……いきなり『次回からは半額』とか言い出すからさ、その女にうちのとこの荒っぽいやつが手ェ出したんだよ」
そこで一度、言葉が切られた。
タイミングがタイミングだ。エリシオにもうっすらと先が読めた────が、目線で促す。その方法も、何らかのヒントとなる可能性があるからだ。
セリの返答はあっさりとしていた。
「まあ、死んだよね」
やけに淡々とした声色で、彼は続ける。
「どっから出したのか分かんない、バカでかい鎌で真っ二つ。手を振るうのは見えてたけど、まさか無手からいきなり刃物が出てくるとか思わないじゃん」
*
部屋は薄暗かった。
ランプの光を鏡に反射させることで、ある程度の光源を得てはいる。それでも尚、その部屋には影が多い。
けれど、その部屋の住人はそんなことを気にしてはいなかった。
二枚のカードの上を、小さな指が往復する。
向かいあうのは二人の少女。
それぞれ八歳と十六歳で、年齢では倍の差があった。
あったはずだった。
「どーちーらーにーしーよーうーかーなー」
こちらを伺うような────否、この声は間違いなくこちらを伺っている。揺さぶりをかけて、ハンナの顔色を窺っているのだ。まだ小さいのに末恐ろしい。ひとまずの対応策として、唇を噛んでそっぽを向く。
(……無心……無心ッ……!!)
ハンナは、自分が顔に出やすい性質だと理解っている。だから少しでもそこからバレる確率を減らすべく、全力で表情筋を抑えようとして「こっちだね」失敗した。
相手は、左のカードをしっかりと掴んでいる。確固たる根拠があるのだろう。その目は自信に満ち溢れていた。
そのまま引き抜かれそうになって、咄嗟に指に力を込める。
「な、なんで……?!なんでそっちだと思うのかなアリスちゃん!!意外と違うかもよ、ほらなんか右の方がババっぽくない?!」
「だって、目で追っちゃってるんだもん!それにそれを言ったらおしまいだよ、ハンナお姉ちゃん!」
ぐぐぐ、としばらく膠着が続く。だが何事にも終わりはやってくるもので、
「あ゙っ!!」
ガクン!
突如、ハンナの姿勢が崩れる。アリスの策略であった。彼女は頃合いを見てカードから手を離し、勢い余ったハンナは後方にのけ反って────結果、彼女もカードから手を離す。
支えをなくしたカードは表裏をくるくると変え、最終的に表を上にして机に落ちる。ハートの2。アリスは持っていた手札を叩きつけた。スペードの2。
「やったぁ、またわたしの勝ちぃ!!」
「あたしの作戦は完璧だったはずなのに……どうしてっ」
勝ち誇る八歳、崩れ落ちる十六歳。
これでババ抜きでは、二勝五引き分け百五十二敗。ここに来た二ヶ月前から続く惨憺たる結果に、ハンナの目尻には涙すら見える。
そういうところなんじゃないかなあ、と思いつつ。しょぼくれた彼女を元気づけるべく、アリスはトランプを片付けながら提案した。
「ね、じゃあ次は別のゲームしようよ」
するとハンナは目に見えて元気になって、
「よーし、次こそはあたしが勝つからね!ボールダーツとか、スピードとかどう?」
なんて言い出す。
その上提案されたのは、どれも彼女が勝ち越しているゲームばかりであった。気を遣ったというのに、あまりにも調子が良すぎる。
アリスは頬を膨らませた。
「それ、全部ハンナお姉ちゃんの得意なやつじゃん!」
「いいんですー!!大人っていうのはずる賢い生き物だから、勝てるもので戦うんですーっ!!!」
「なにそれずるい!」
二人の少女の喧騒は、薄暗い部屋を明るく照らす。
今日もアバリス邸の地下室は平和であった。
その平和が、午後に崩されるとも知らずに。




