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夢の中 17

「いや、俺、その人のこと何も知らないのに……」


何か言われたように思ったから、ちょっと意識が向いただけ。向こうは視線も合わせない。うっすら悪意は感じたけど、いちいち反応するほどのことでもないし、時間に追われてすぐに忘れてしまった。


「それでも、とも、だからこそ、とも言えるんじゃないかな? 自分は意識してるのに、相手は無関心、というのは──、悔しいもののようですよ」


読めない笑みのまま真久部さんは立ち上がり、店の土間に降りると、俺からは見えにくい位置にある道具の前に立った。


「これ、<水飲み鳥>っていうんですけど」


のぞいてみると、そこには昭和レトロな玩具。とぼけた顔したお洒落な鳥が、シルクハットを被った頭を惜しげもなく下げて、目の前に置かれたコップの水にくちばしを入れたところだった。本当に水を飲むように少しの間、そのままの姿勢でいるかと思ったら、急に起き上がり大きく揺れ、また揺れて次第に小刻みになり、引き延ばしたフラスコのような透明な胴体の中を、色付きの液体が上っていく。


「こんなふうに動くのは、いくつもの物理法則のお蔭だそうです。<水飲み鳥>は体のどこかが壊れない限り、水があればずっとこの動きを繰り返す──。何でも屋さんはこれ、知ってますか?」


「あ、はい。平田のお爺ちゃんのところに、同じのあります。同じ名前の人がこのおもちゃを発明したんだよ、ってとても大事にされてて……。えっと、発明者は<平和鳥>って命名したとか」


あのアインシュタインも、これは永久機関ではないのか、と驚いたらしいよ、とも言ってたっけ。


「そうですか。昔は世界中に輸出するくらい流行したそうだけど、今はもう、当時のものはこんなふうに残っているだけです」


後年作られた、もっとモダンなデザインのものは今もどこかで売ってますけどね、と真久部さんは水飲み鳥を支える色褪せたプラスチックの足を指先で軽く撫でた。その間にも鳥はまたその身を大きく傾けて、ぐいっと水を飲み、何事もなかったかのように振り子に似た動きを続けている。


「この道具はうちに来たばかりだし、古くはなっているけれど、(しょう)はない……かすかに芽生えつつはありますが、**が育つにはまだまだかかるだろうね」


俺の耳にはいつもそこだけぐにゃっとして聞こえない、古道具に育つという怪しい何か。それはまだ、自覚すらない(性のない)このとぼけた顔した鳥には無いという。それだけで俺はこいつのことが好きになった。だって、この店の他の道具たちはどれもこれもなんだか存在感が強すぎて──。


「<水飲み鳥>は、反復運動化学玩具、というものなんだそうです。だから性や**があろうがなかろうが、水がある限り、その運動をほぼ永遠に繰り返す。つまり、()()()()()()()()()()()()


「……」


意識があったら怖いよ、真久部さん……。そう思いながら黙っていると、「でもね」と店主は続ける。


「それが気に入らないと思う()()が、いるんだよねえ」


これとかね、と<水飲み鳥>の近くにある、蛙の形をした大きな土鈴を指し示す。困ったようには言っているけど、唇は笑ったまま。


「これは、とある旧家の土蔵の中に設えられた神棚の前に置かれていたものです。そのせいか、形どおりの蛙の性を持ち、早いうちから**が育っていました。土蔵の近くには、蛙の沢山いる大きな池があったそうだよ」


「は、はぁ……」


また怖い話、聞かされるのかな……俺。慣れてきたけど、慣れないよ、と遠い眼になる。


「伯父が言うには、けっこう自由にやっていたとか」


俺の心も知らぬげにそう語る真久部さんの唇は、端のほうがかすかに歪んでる。伯父さんの話をするときのこの人は、俺の前では嫌そうな顔を隠さなくなってきてる。


「池の蛙と遊んでいたというか、たまに意識を移して土蔵の外を飛び跳ねていたんだそうです。もちろん泳ぎもして、いつかそのうち池に流れ込む小川を遡って、滝を登って竜になるんだと夢見ていたとか。それなのに、池は埋め立てられ、土蔵は(こぼ)されて、流れ流れて今は()()()()()()に居るというんだけど」


こんなところ(うちの店)とは失礼ですよねぇ、と、こちらに向かってにっこりしてみせるから、俺はぶんぶんと首を縦に振る。


「ふ……古いというか、()()()()()()道具は、みんなだいたい竜になりたいと思ってるって、前に真久部さんもおっしゃってましたね」


<竜>はそういった存在たちの憧れだけど、小さい子が、うるとらまんになりたい、というのと同じようなものって言ってたっけ。


「ええ。性を持ち、**のある道具はだいたいそうです。でも、たいていは眠って夢を見ているだけだから、寝言みたいなものだけれど」


あ、もちろん、この蛙も眠ってはいますよ? と、怖がりの俺に一応気を遣ってなのか何なのか、真久部さんは微笑んだままうなずいて、請け合ってはくれるけど。


「そ、そうなんですね。それは良かったです……」


そんなふうに言うしかなかった。眠っている古道具……こいつらは、電気仕掛けの道具の夢をみたりするんだろうか?

茶色くて細長い引っつき虫。あれって、顔にも刺さるんですね。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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