第5話 証拠を残すな(前編)
六畳一間の床いっぱいに、紙と布と小物が広げられていた。
黒木たち四人は、それらを取り囲むように立っていた。
張り切って刷った壺のチラシ。
押し入れから出てきた黒い布。
これまでの犯罪記録。
ユズルが三日かけて彫った組織印。
黒木が不審者役で使ったサングラス。
黒木はそれらを眺めて、重々しく言った。
「証拠を残しすぎだ」
「布は無罪じゃないっすか?」
「ダメに決まってんだろ。黒はノクターンの象徴だ」
ユズルはまだ何か言いたそうだったが、黒木に睨まれて口をつぐんだ。
三枝は正座し、犯罪記録を手に取る。
「確かに、これを残しておくのはリスクが高いですね」
黒木は、チラシの束を持ち上げた。
「組織の拡大に伴い、我々の痕跡は町内のあちこちに残り始めている。今はまだいいが、いずれガサ入れが入る」
黒木は床にチラシを叩きつけた。
「だから見つかる前に、すべてを葬り去る。跡形もなく、な」
ユズルが目を輝かせた。
「証拠を隠滅するってことっすね……!」
「そうだ」
「でも、がんばって彫ったのに……」
ユズルが、消しゴムはんこをつまんだ。
歪んだ文字で『NOCTURNE』と彫られている。
途中のRが逆向きになっていた。
「いらねえ。細かく切って捨てろ」
「そんなあ!」
「余計な情を挟むんじゃねえ。証拠は証拠だ。処分する」
黒木にハサミを渡されて、ユズルは半べそで受け取った。
三枝はちゃぶ台の上に置かれていた紙袋を手にした。
中から出てきたのは、回覧板整理のときに使ったハンドル式のシュレッダーだった。
「紙類の処理は、大門さんにお願いします」
「出たな、上腕トレーニングマシン! うおおおお!」
大門は早速、犯罪記録をシュレッダーにかけていく。
とんでもなく暑苦しい。
黒木は、自分のほうに扇風機を向けた。
チラシがバサバサと音を立てて飛んでいった。
三枝はゴミ袋の準備を始める。
「復元リスクを極力下げるため、裁断後、複数の袋に分けて捨てます」
「仮に一袋が押収されても、全体像はつかめねえってことだな」
「はい。デジタルデータも抹消します」
黒木は満足げにうなずいた。
「悪の情報管理、徹底してるっすね……!」
ユズルは、次々に裁断される紙を、感動した顔で見つめていた。
「うおおおおお! 証拠! 隠! 滅!」
大門は叫びながら、腕を全力で回している。
処理が終わったものから、三枝が小袋にまとめていく。
ユズルは消しゴムを細かく刻み、黒木は布を裁断していく。
小一時間で、証拠はバラバラに解体された。
「よし、こんなもんだな」
三つの小袋にまとまったゴミを見て、黒木が言う。
時刻は十九時を過ぎ、あたりは暗くなっていた。
「闇に紛れて、今日のうちにまず一袋目を捨てる。俺が行く。ユズルも来い。悪の所業を間近で見ておけ」
「はい!」
黒木は、そっと玄関のドアを開けてあたりの様子をうかがう。
人けはない。ノクターン本部は二階で、ゴミ集積所は外階段を下りた一階だ。
音が鳴らないよう、忍び足で階段を下りる。
古い階段は、一段下りるたびにギシギシと軋む。
一階に下りると、黒木は周囲を見回し、低く言った。
「ここが、証拠の墓場だ」
「証拠の……墓場……!」
黒木は静かにネットを広げて、ゴミを置いた。
直後、二人の背後から声がした。
「ちょっと、あなたたち」
振り返ると、五十代ぐらいの小太りの女性が、片手に買い物袋を提げて立っていた。
黒木が顔をしかめる。
「夜に出すのはルール違反よ。ちゃんと朝出してちょうだい」
「……出たな、大家のババアめ」
「何か言ったかしら?」
黒木が舌打ちした。
ユズルは慌てて、両手をぶんぶんと振って弁明した。
「す、すみません! 何でもありません!」
「あと、その袋、紙と布と不燃物が混ざってるんじゃない? ちゃんと分けないと、部屋の前に戻すからね」
大家は容赦なく言った。
ゴミ袋を手にすると、黒木の胸に押しつけて去っていく。
黒木たちは、ゴミ袋を抱えて立ち尽くした。
「神じゃなくて大家さんに止められたっす……」
「あのババアは神より厄介だ。いつも音もなく近づいてきやがる」
黒木が呻いた。
ゴミ袋を持って階段を上がる。
部屋に戻ると、ゴミ袋を見て大門が首を傾げた。
「捨てなかったのか?」
黒木は畳に膝をつき、悔しげに拳を握った。
「しくじった。大家に見られちまった」
黒木は、三枝と大門に集積所であったことを話した。
「代表、単独で処分するから目立つのです」
「どういうことだ?」
「来週の土曜日、町内清掃があります。町内全域からゴミが発生し、最終的に町内会館の臨時集積所へ集められます」
黒木の目が細くなった。
「ほう」
「我々が集積所への運搬を引き受けるのはどうでしょう」
「なるほど」
「どういうことっすか?」
三枝の提案に、黒木はにやりと笑う。
ユズルがキラキラした目で黒木を見る。
「清掃は振り分けられた持ち場で行われ、代表者が集めたゴミを町内会館まで運ぶ。その運搬役を引き受け、ノクターンの証拠も一緒に処分する。つまりだ」
黒木がちゃぶ台に両手をついて、宣言する。
「町内中のゴミを隠れ蓑にして、悪の証拠を隠滅する!」
黒木が言ったそのときだった。
天井から、カタンと小さな音がした。
上から、いつものように白い眉と穏やかな目が、ぬっと現れた。
「出たな、クソジジイ!」
黒木が即座に叫んだ。
「何の用だ! 俺たちはただ町内清掃の話をしているだけだぞ!」
神はニコニコしていた。
「知っておる。ちゃんと分別するのじゃよ。わしはハワイ旅行の準備で忙しいのじゃ。悪さするでないぞ」
それだけ言うと、すっと天井裏に引っ込んだ。
六畳一間に、妙な沈黙が落ちる。
「……何だ今の」
「神様、今日ちょっと優しくないっすか……?」
ユズルが首をかしげる。
黒木は、しばらく考え込んだ。
そして、いつにも増した悪人面で口角を上げた。
「わかったぞ。これは神にも検知できない完全犯罪ってことだ。ついに俺たちは、神の目をも欺く領域に到達した」
「よくわからないが、俺たちが勝ったんだな」
大門が満足げに言う。
「大家さんには負けましたけどね」
「うるせえぞ、ユズル」
黒木がユズルの頭をはたく。
ユズルが大げさに痛がって騒ぐ横で、三枝がぼそりとつぶやいた。
「優勝したんですね、カラオケ大会……」




