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天井の神さま ~世界征服を目指して、俺たちは今日、町内会に入った~  作者: 上園 千紗


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第4話 次世代を洗脳せよ(前編)

 金曜日の夕暮れ時。

 ノクターン本部の外では、子どもたちの声が響き渡っていた。


 本部のそばには小学校があり、放課後になると辺りは賑やかになる。

 壁の薄いこの部屋には、その喧騒も容赦なく入り込んでくる。


 しかし、三枝も大門もユズルも、気にする様子もなく各々好きに過ごしている。


 唯一、黒木だけが、ちゃぶ台の上に肘をついて、何やら考え込んでいた。


「……俺たちは重大な見落としをしていた」


 キーを打つ手を止めて、三枝は黒木を見る。


「何でしょうか」

「支配とは、現在だけでなく未来まで支配してこそ完成される」


 ユズルが目を輝かせた。


「よく分かんないけど、かっこいいっす……!」

「老い先短いジジババどもを支配しても、意義が薄い。だが、次世代を掌握すればどうなる」

「地域支配の継続性が担保されます」

「そうだ」


 黒木はにやりと笑った。


「次なる作戦は決まった」


 ユズルが身を乗り出す。


「次世代洗脳計画だ」


 「ふむ」と三枝が腕を組む。

 少し何かを考えてから立ち上がると、部屋の隅の引き出しから何かを取り出した。

 黒木が三枝の手元をのぞき込む。


「何だそれ」

「小型プロジェクターです」

「どこで拾ってきたんだ」

「田辺会長からお借りしました。使わないから、しばらく持っていてよいそうです」


 三枝はプロジェクターをセッティングしながら答えた。


「はっ、それはもう俺たちノクターンのものってことだな」

「いえ、きちんと備品借用リストに記載するよう言われたので、借りパクはバレます」

「お前が作ったやつじゃねえか!」


 黒木は頭を抱える。

 回覧板改修の折、三枝がついでに提案したものだった。


 三枝がセッティングを終えると、壁に付箋だらけのボードが映し出された。


「ホワイトボード代わりです」


 言いながら、三枝は新しい付箋を追加していく。


『対象:町内在住の児童』

『目的:将来的な地域支配の基盤形成』


 黒木はちゃぶ台に手をついて、指を一本立てた。


「洗脳には段階がある。まず第一段階として、ガキどもを疑心暗鬼にさせる。近所の大人は優しいだとか、そういう甘い認識を揺さぶる」


 黒木が二本目の指を立てる。


「第二に、判断基準を植え付ける。何を信じ、何を疑うべきか、俺たち悪の基準を教え込む」


 三枝は黙々とキーを叩く。

 黒木が三本目の指を立てた。


「第三に、味方になる。信じるべきは、暗黒結社ノクターンだけだと教え込む」


 ユズルは息をのんだ。


「すごい……! 完璧な思想教育っす……!」

「いや、まだだ。最後に、反復だ」


 黒木は四本目の指を立てた。


「一度で終わらせず、何度も繰り返す。体に覚え込ませろ」

「わあ……悪の洗脳計画って、ちゃんとしたカリキュラムなんすね……!」


 三枝は付箋を貼り付けた。


『次世代洗脳計画』

一、疑心暗鬼にさせる

二、判断基準を植え付ける

三、味方になる

四、反復させる


 黒木は満足げにうなずいて、声高に宣言する。


「完璧だ。この計画を遂行し、子どもたちを悪に染め上げる!」


 その瞬間、三枝のノートパソコンが、ぽん、と軽い音を立てた。

 スクリーン中央に、白い四角いウィンドウが表示される。


《悪事を検知しました》


 三枝が目を見開く。


「何か出たぞ。何だこれ?」


 大門が、壁に映った「OK」の文字を指で押す。


「操作が効きません。何者かにハッキングされています」

「ハッキング!?」


 ポップアップが勝手に閉じて、また次のポップアップが開かれる。


《それは犯罪です。直ちに撤回してください》

「おい! なんかあのジジイの気配を感じるぞ!」

《本日、神は天上カラオケ大会本戦のため不在です》

「本戦行きやがった」

「神様、勝ち進んでるんすね……」


 ユズルが少し感心した声を出す。

 三枝は黙って右上の×を押したが、続けて警告が出てくる。


《本当に洗脳を続行しますか?》

[はい][いいえ]


「迷うな。[はい]だ」

「押しません」

「押せよ。悪の組織だぞ」

「このUIで[はい]を押すのは、リスクが高すぎます。本心でなくても[いいえ]を押すべきです」


 三枝は[いいえ]を押した。

 途端に、爆音の警告音とともに、大量のポップアップが画面を埋め尽くした。


《悪事が続行されています》

《悪事が続行されています》

《悪事が続行されています》

《悪事が続行されています》

《悪事が続行されています》


「「うわああああ!」」


 黒木とユズルが悲鳴を上げて後ずさる。

 下手なホラー映画より怖い。


「うるさい!」


 大門が壁を殴る。

 三枝は冷静に画面に向き直った。


「神様。訂正します。本件は洗脳ではありません」


 ポップアップの増殖が止まる。

 三枝は、黒木に目配せする。


「いいか、これはガキどもに、敵を探知・迎撃させる訓練だ」

《敵とは誰ですか?》

「俺たちより先に、ガキどもを取り込もうとする連中だ。奴らの手口を叩き込み、探知能力を引き上げる」

「さらに迎撃手段を教え込み、町内全体の防衛力を高めます」


 三枝が補足する。


《理解しました。それは、防犯教室です》

「そういう名前で呼ばれることもあるかもしれません」

「違う! 次世代洗脳計画だ!」

《よいことです。励んでください》


 ウィンドウは、それきり消えた。

 黒木はしばらく画面を睨んでいた。


「なかなかハイテクなことをしてきますね。私の防御をすり抜けるとは」


 四人が画面に目を戻すと、資料のタイトルが変わっていた。


『町内子ども防犯教室』


「何だ、この腑抜けたタイトルは!」

「やられました。データをすべて書き換えられています」

「ふざけんじゃねえぞ、クソジジイ!」


 黒木が天井に向けて叫んだが、当然返事はない。

 代わりに、隣室から一発、デカめの抗議を食らった。


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