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天井の神さま ~世界征服を目指して、俺たちは今日、町内会に入った~  作者: 上園 千紗


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第3話 住民の弱みを握れ(後編)

 外は日差しが強く、五月にしては暑い日だった。

 黒木たちは町内会館で困りごとリストを受け取って、巡回ルートを決めた。


「すごい、弱点がこんなに集まってるっすよ!」


 ユズルがリストを見ながら言う。


「ふっ、本番はこれからだ。行くぞ」


 最初の目的地は、塚本家だった。


 電球に手が届かないため、交換してほしいとのことだった。

 塚本家は、町内会館から少し歩いたところにある古い一軒家だ。

 玄関先には植木鉢が並び、軒下には風鈴が下がっている。


 その門の前に、見知らぬ男が立っていた。

 スーツを着た、三十前後の若い男だった。


 黒木が足を止めた。


「……先客か」


 男がこちらに気づいた。

 小さく会釈して、通り過ぎていく。

 近くで見ると、清潔感のある好青年だった。


「営業でしょうか。この辺りは高齢者世帯も多いため、営業対象としては合理的です」


 三枝が淡々と言う。


「俺たちより先に、この家の弱点を嗅ぎつけたってことか」


 黒木は、男の後ろ姿を見つめた。

 その姿が角の向こうへ消えるのを見届け、塚本家のチャイムを押した。

 しばらくして、小柄な老爺が玄関から顔を出した。


「どちらさんだい」

「我々は暗黒結社――」


 三枝が黒木を押しのけて一歩前へ出た。


「町内会の三枝です。こちらが黒木で、大門、ユズルです」

「ああ、田辺さんから聞いてるよ。悪いねえ、電球ひとつで」

「問題ねえ」


 家の中は、物が多いが整っていて清潔感があった。

 塚本は、黒木たちを階段下まで案内した。


「あの電球だ」

「これは確かに、自分で替えるの怖いっすね」


 ユズルが言う。

 塚本が指さした電球は、急な一直線の階段を上り切った場所にあった。


「大門、行ってこい」

「おう」


 大門が階段を上り、電球の真下に立つ。

 脚立に乗るまでもなく、片手を伸ばして電球を外した。

 動作は意外にも丁寧だった。


 大門は付け替えを終えると、こちらに視線を向けた。


「塚本さん、つけてみてください」


 三枝が言う。

 塚本がスイッチを操作すると、ぱっと階段が明るくなった。


「おお、ついたついた! 助かったよ。大門さん、背が高いんだねえ」

「わはは! 屈しろ、俺の大殿筋に!」

「筋肉使ってねえだろ」


 帰り支度をしていた黒木は、ふと冷蔵庫に貼られた古いチラシに目を留めた。

 塚本がその視線に気づく。


「それかい。昔、わしが主催していたウォーキング会のチラシだ」

「ほう。お前が総統だったのか」

「そんな大したものじゃないよ」


 二人の会話を聞きながら、三枝は困りごとリストの対応欄を埋めていく。


『塚本/電球交換/対応済』

『備考:膝に不安あり。以前はウォーキング会を主催』


 記録を終えて、塚本家を出る。

 玄関のところで、塚本がビニール袋を差し出してきた。


「お礼のみかんだ。持っていきなさい」

「ビタミンC!」


 大門はみかんの袋を受け取った。

 塚本はさらに笑顔になった。


「また何かあったら、よろしく頼むよ」


 大門は、しばらくみかんを見つめていた。

 やがて、おもむろに腕を上げると、胸をぐっと突き出した。


「……次は大胸筋に屈してもらう」

「おうおう、すごいねえ」


 塚本は手を叩いて喜ぶ。

 黒木は額を押さえた。


*    *    *


 二軒目は、斎藤家だった。

 家は比較的新しく、バリアフリーな設計だ。

 斎藤は、花柄の可愛らしい杖をつきながら、黒木たちを出迎えた。


「これを運べなくてねえ」


 戸を開けたところに、十キロの米袋が二つ鎮座していた。


「普段はどうやって運んでいる」


 黒木が尋ねる。


「息子に運んでもらっていたんだけど、孫がおたふく風邪でしばらく来れないの。あ、台車を使う?」


 斎藤は、玄関の隅に畳まれた台車を指さす。


「いらん」


 大門は二つの米袋を軽々と抱え上げた。

 三枝は、聞き取った情報を律儀にメモしていく。


「どこだ」

「ええと、台所までお願いできる?」

「案内しろ」

「はいはい、こっちよ」


 大門は米袋を台所まで運んだ。

 ついでに段ボールの移動も手伝ってほしいというので、対応した。

 斎藤は恐縮しながら何度も頭を下げる。


「悪いわねえ。重かったでしょう」

「軽い」

「すごいねえ」

「俺の上腕二頭筋に慄いたか」


 大門が力こぶを見せつける。


「かっこいいねえ。私があと十歳若かったら、猛アタックしてたのに」


 大門は固まった。


「……攻撃か」

「違うっす。褒めてるっす」


 ユズルが即座に言った。


「大門、動じるな。敵の心理攻撃だ」

「黒木さん、話をややこしくしないでほしいっす」


 帰り際、斎藤はお礼にと煎餅を数枚くれた。

 ユズルが早速、それを食べていた。

 三枝はリストに記入を進める。


『斎藤/米袋の移動/対応済』

『追加対応:段ボール移動/対応済』

『備考:足腰に不安あり。息子による支援あり。孫あり』


 黒木が画面をのぞき込む。


「なんだ、その腑抜けた言葉は。重量物運搬に脆弱性ありとでも書いとけ」

「運『搬』と『脆』弱、書けますか?」


 黒木は黙った。


*    *    *


 三軒目の山下家は、高齢者向けのマンションにあった。

 たれ目で小柄な男性が、笑顔で玄関に出てくる。

 玄関には、ゲートボールのクラブが並んでいた。


「スマホの文字が、急に小さくなっちゃってねえ。戻そうにも、文字が見えないんだよ」


 山下は話しながら、四人をリビングに案内する。

 ソファーに座ると、ユズルが山下からスマホを受け取る。


「一番大きいサイズでいいっすか?」

「うん、そうしておくれ」

「ついでに、誤タップで文字サイズが変わらないよう、設定を変えておくっす」

「助かるよ」


 山下は感心したようにユズルを見る。

 並んでソファーに座る姿は、祖父と孫のようだった。


「LINEの使い方も教えてくれないかい? ゲートボール会グループに誘われたんだけど、やり方がわからないんだ」

「簡単っす!」


 ユズルは張り切って、LINEの使い方を教え始めた。


 黒木は、視線だけを動かして家の中を観察していた。

 隅に重ねられたチラシに、見覚えのある名前があった。


「アーバンリンク……」

「田辺会長から聞いた組織ですね」

「ああ。おい、この連中と接触したのか」


 黒木がチラシを指さす。

 山下がスマホから顔を上げる。


「さあ、チラシが入っていただけだから、よく知らないんだよ」

「そうか」


 黒木は短く答え、目を細めた。


*    *    *


 黒木たちは、その後も依頼をこなしていった。

 物の移動や、電池の交換など、どれも本当に些細なものだった。


 力仕事が多かったので、ほとんど大門が働いた。

 黒木は情報を引き出し、三枝が記録し、ユズルは勧められるがまま茶菓子を食べた。


 夕方、四人は町内会館へ戻った。

 田辺は、困りごとリストを見て目を丸くした。


「まあ、こんなに回ってくれたの? 助かったわあ」

「俺たちの力を見せつけたまでだ」

「本当にありがとう。また、よろしくね」


 田辺は、深く頭を下げた。

 黒木は返事をせず、田辺に背を向けた。


 後ろでは、大門がみかんの袋を大事そうに抱えている。

 ユズルは山下にもらった棒付きキャンディをくわえている。

 三枝は、困りごとリストの完了欄を満足げに眺めている。


 感謝は余計だが、成果は上々だった。


 その後、四人は本部に戻った。

 六畳一間の部屋のちゃぶ台には、みかんや、さまざまな菓子が並んでいた。

 黒木を除く三人は、黙々とみかんを食べていた。

 狭い部屋は、みかんの香りで満たされていた。


「今日やったこと、全部普通にいい活動じゃないっすか?」

「違う」


 ユズルが食べながら言う。

 黒木は即答した。


「これも世界征服への第一歩だ」

「電球替えも?」

「暗い中で転んで死なれたら、ターゲットが一人減る」

「米運びも?」

「飢え死にされたら困る」

「スマホ設定も?」

「ノクターンのメルマガが読めねえだろ」


 三枝がみかんを吹き出した。


「うわあ! ちょっと三枝さん!」


 みかんを食らったユズルが声を上げる。

 三枝はツボに入ったらしく、口元を押さえたまま、肩を震わせていた。


「失礼しました……メルマガ……」

「笑うな、三枝。組織広報は重要だ」

「はい……重要です……」


 三枝はうずくまり、必死に笑いをこらえている。

 大門は黙って、みかんを一房食べた。

 そして、不満げに言った。


「誰も俺の筋肉に屈服しない」

「もっと悪人らしくすりゃいいだろ」

「わかった。次は、みかんを断る」

「そこじゃねえ」


 天井の向こうで、誰かが小さく笑ったような気がした。

 黒木は天井を睨みつけた。


「見てんじゃねえぞ、クソジジイ!」


 返事はなかった。


 こうして、暗黒結社ノクターンの生活支援は完了した。


 しかし、彼らは言う。

 これは生活支援ではない。住民脆弱性調査である。


*    *    *


 あたりが暗くなり始めた夕飯時。

 斎藤家の玄関前に、一人の男が立っていた。

 昼間、黒木たちが塚本家の前ですれ違ったスーツ姿の男だった。

 鞄から一枚のチラシを取り出し、ポストに差し込む。


『地域密着型 支援サービス』


 紙面には、そんな見出しが大きく印刷されていた。

 その直後、スマホが鳴った。


「はい、アーバンリンクの戸田です」


 男は爽やかな笑みを浮かべ、そのまま歩き出した。

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