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天井の神さま ~世界征服を目指して、俺たちは今日、町内会に入った~  作者: 上園 千紗


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第1話 悪の組織と町内会(後編)

 神は穏やかな笑みを浮かべて続けた。


「地域のために集め、地域のために使う。町内会じゃ。実によいことじゃ」

「どこをどう聞いたらそうなるんだよ!」

「じゃが、すでにこの町には、町内会があるのじゃ。人手不足じゃから、お前たちも入るとよい」

「入らねえぞ!」


 黒木の叫びが、そよ風のように受け流された。

 大門は手をボキボキと鳴らしながら神に問いかけた。


「町内会とは、強いのか」

「平原さんというじいさんは、負け知らずだと聞いたぞ」

「ほう。黒木、俺は平原のじいさんと戦いたい」

「騙されんな、大門! どうせ将棋だ!」


 神は満足げにうなずくと、正座のままふわりと浮き上がった。


「ではのう。会費の300円を忘れるでないぞ」

「PayPay使えるっすか?」


 ユズルが呑気(のんき)に言う。

 神は答えず、天井裏へ消えた。

 カタン、と天井板が閉じられた。


 部屋に静寂が訪れた。

 黒木は、しばらく天井を睨んでいた。


「大門。そこ、ガムテープで塞いどけ」

「おうよ」


 大門が立ち上がった。

 黒木は力なく座布団に座り込み、深く息を吐いた。


「何が町内会だ……ふざけやがって」


 三枝はパソコンを開いて、何かを調べていた。


「ホームページがありました」

「調べんな」


 三枝は構わず、三人のほうへ画面を向けた。


 表示されていたのは、いかにも手作りらしい、前時代的なホームページだった。

 トップページには、町内会の活動内容が並んでいた。


「回覧板管理や防災、防火、祭りなどのイベント運営といった、ごく一般的な活動ですね。会費は月300円、活動拠点は町内会館のようです」


 黒木の眉がわずかに動いた。


「資金源に、活動拠点まで確保しているだと?」


 黒木が身を乗り出した。

 パソコンを自分のほうに引き寄せて、食い入るように画面を見つめる。


「こいつら……すでに地域を掌握してやがる」


 資金、拠点、情報網。

 黒木たちがこれから築こうとしていたものが、すでに一通りそろっている。


「町内会ってのは、完成済みの地域支配装置じゃねえか」

「そんなに悪い組織だったんすか……!」


 ユズルが目を輝かせる。

 しばらくして、黒木が言った。


「加入じゃねえ。吸収合併だ」


 ユズルが首を傾げた。


「どういうことっすか?」

「この組織に潜入して、我々ノクターンが乗っ取る」

「す、すげえ……! さすが黒木さんっす!」


 三枝が眼鏡を押し上げた。


「素晴らしい。我々が一から基盤を組み上げるより効率的です」


 黒木は立ち上がり、三人を見渡した。


「明日、町内会館へ乗り込むぞ。奴らの資金源、情報網、構成員――すべて俺たちのものにする」


 こうして、暗黒結社ノクターンの最初の作戦が決まった。

 目的は、地域支配組織――町内会の乗っ取りである。


*    *    *


 翌朝、黒木たちは町内会館の前に立っていた。

 古びた木造の建物だった。

 田舎らしく、駐車場だけは無駄に広い。

 隅に植えられた桜はすっかり葉桜になり、辺りには朝から初夏めいた日差しが照りつけていた。


 黒木は、玄関戸に手をかけた。

 ガラス窓に、手書きの貼り紙があった。


『夕凪町内会 新規加入受付中』


「僕、会費持ってきました!」


 ユズルは、手のひらに載せた300円を黒木に見せた。

 遠足のおやつ代にしか見えない。


「弛(たる)むな、ユズル。俺たちの目的は、この組織を我々ノクターンの傘下(さんか)に加えることだ」


 そのとき、町内会館の扉が開いた。

 中から、優しげな顔立ちの白髪の女性が顔を出した。

 柔らかい雰囲気によく似合う、薄緑のカーディガンを着ていた。


「あらまあ」


 女性は黒木たちを見ると、目を丸くした。


「もしかして、入会希望!? 若い人が四人も!?」


 黒木は言葉を失った。

 不審がられると思っていたが、女性はただ純粋に黒木たちを歓迎している。


「我々は――」


 黒木は言い淀(よど)む。

 初手で組織名を名乗るのはリスキーだ。


「……我々は、この組織の視察に来た」

「まあ、見学ね! 嬉しいわあ。私は町内会長の田辺よ。どうぞ、上がってちょうだい。スリッパ使ってね」


 スリッパ。

 長らくこんなものを履いた記憶がない。

 黒木は靴下の穴に気づかれないよう、素早くスリッパに履き替えた。


 建物の中は、古い木の匂いがした。

 壁には地域清掃の日程や夏祭りの写真が貼られている。

 黒木は、それらを横目で確認しながら歩いた。


 案内された奥の和室には長机が一つ置かれ、座布団が並んでいた。

 部屋の奥には、小さな給湯室が続いていた。


「座ってちょうだい」


 三枝は室内を見渡していた。

 すでに何かを分析している顔だった。


「はい、これ麦茶」


 田辺が、盆に載せたグラスを運んできた。

 黒木はそれを受け取りながらつぶやいた。


「活動拠点としては悪くない」

「あら、町内会館を使いたいの? 町内会活動のためなら、自由に使っていいわよ」

「なんだと?」


 三枝が黒木に耳打ちする。


「冷暖房、トイレ・キッチン完備、素晴らしい環境です」

「悪くねえ」


 田辺は、座布団に正座した。

 机の端に置かれていたクリアファイルから紙を取り出して、机に並べた。


「改めて、入会希望ってことでいいかしら?」

「違う、視察だ」

「あら、そうだったの? あ、これ、入会申込書ね。月会費が300円かかるんだけど、いいかしら?」

「聞け」


 この老女は強敵だと、黒木は目を細めた。


 何を言っても、まるで手応えがない。

 むしろ、こちらが掌(てのひら)の上で転がされているような気さえした。


 田辺は、黒木たちに紙とボールペンを差し出した。

 三枝は内容を確認した。

 トントンと申込書を指でたたき、黒木に言う。


「代表。やはり、すべてがそろっています。活動拠点に資金源、構成員の氏名、住所、連絡先、活動可能日まで管理しています」


 黒木は申込書に目を落とし、しばらく考えた。

 やがて、ボールペンを手に取った。


「……全員、書け」

「入るんっすか!?」

「これは好機だ。敵は油断しきっている。潜入し、寝首を掻く」


 黒木は勢いよく、申込書に名前を書き始めた。

 三人にも異論はなかった。


「血判はいるか」

「署名だけでいいわあ」


 大門の言葉が軽く受け流された。

 田辺は嬉しそうに書類をまとめる。


「これで今日から、皆さんも町内会の一員ね」

「違うな」


 黒木は即答した。

 そして、胸を張って宣言した。


「今日からこの町内会が、我々ノクターンの傘下に入るんだ」

「まあ、頼りにしてるわねえ」


 田辺は胸の前で手を合わせた。


 そのとき、部屋の隅からバサバサと大きな音がした。

 四人は一斉に音の出所を見た。


 積み上げられた古い書類が、雪崩(なだれ)を起こしていた。

 その中には、「回覧板」と書かれた古びたバインダーが何冊も混じっていた。


「あら、また崩れちゃったわあ。これ、整理しないといけないのよねえ」


 田辺が困ったように言った。


「早速で悪いのだけど、よかったら皆さん、手伝ってもらえないかしら?」


 黒木は、散らばった回覧板を見つめた。


 これを押さえれば、この組織と住民の動向は筒抜けになる。

 侵略の足がかりとしては申し分ない。


 黒木は不敵に笑った。


「いいだろう。まずは情報網から掌握する」


 次なる作戦に、三人も深くうなずいた。

 田辺だけが、何も知らずにニコニコと笑っていた。


 世界征服を目指して、暗黒結社ノクターンは今日、町内会に入った。


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