第10話 特定非営利活動法人のくたーん(前編)
夏祭りから一週間後。
黒木たち四人は、町内会館の和室に並んで座らされていた。
正面には田辺。
その両脇には、町内会の役員たちがずらりと並んでいる。
黒木は腕を組み、低く言った。
「囲まれた」
「敵意は感じませんが」
「この居心地の悪い空間で、俺たちのメンタルを極限状態に追い込むことが狙いだろう」
田辺がニコニコと四人を眺めていた。
「皆さん、今日は来てくれてありがとうねえ」
黒木は警戒を緩めない。
「何の用だ。夏祭りの件なら、苦情は受け付けねえぞ」
「苦情なんてとんでもないわ。今日はね、皆さんにお礼をしたくて集まってもらったの」
田辺が、脇に置かれていた細長い筒を手に取った。
黒木の目が細くなる。
「なんだ、それは」
「感謝状よ」
黒木は固まった。
「……何状だと?」
「感謝状よ」
「誰に対する」
「もちろん、皆さんに」
田辺は筒から一枚の紙を取り出した。
金色の縁取りに、薄黄色の紙。
小学生以来、縁のないものだった。
『感謝状
のくたーん様』
黒木は額を押さえた。
「何でひらがななんだ!」
「あら、漢字だったかしら?」
「カタカナだ!」
田辺は気にせず、感謝状を読み上げ始めた。
「あなた方は、町内会活動に積極的に参加し、回覧板の配布経路改善、高齢者世帯の困りごと対応、子どもたちへの防犯教室、町内清掃、そして夏祭りの運営に多大なる貢献をされました。よって――」
田辺は顔を上げ、にこやかに言った。
「ここにその功績をたたえ、深く感謝の意を表します」
拍手が起こった。
「おい、三枝。何とかしろ。このままじゃ表彰されちまう」
「手遅れです。公式な活動実績として利用価値がありますので、あきらめてその方向にシフトしましょう」
田辺が感謝状を差し出した。
「これからも、よろしくお願いしますねえ」
黒木は受け取らなかった。
和室に沈黙が流れる。
「黒木さん、会長の腕がプルプルしてるっす。早く受け取るっす」
「くっ……」
黒木は汚いものでも触るように、感謝状の端をつまんで受け取った。
田辺が手を離すと、重力に従ってベロンと片側が落ちた。
和室にひときわ大きな拍手が響いた。
「さあ皆さん、記念に写真でも撮りましょう」
田辺がスマホを構えた。
「私、山下さんに撮り方と送り方を教わったの」
「はあ!?」
「はい、皆さん、笑ってー!」
逃げ出そうとした黒木の肩を大門が押さえつけて座らせる。
「やめろ、大門!」
「黒木さん、笑顔っすよ! ちゃんと持ってください!」
言いながら、お辞儀している感謝状を、ユズルが直す。
「誰が笑うか!」
「ハイ、チーズ!」
このあと、写真は町内会LINEを通じて地域中に拡散された。
大門は胸を張り、三枝はいつもどおり無表情。ユズルは笑顔。
黒木だけが、今にも何者かを呪い殺しそうな顔をしていた。
しかし、感謝状の端はしっかりと握っていた。




