第10話 特定非営利活動法人のくたーん(後編)
表彰が終わって、四人は本部アパートへ戻った。
黒木は感謝状をちゃぶ台の上へ放り投げた。
「処分しろ」
「却下します」
三枝は即答した。
「なぜだ」
「活動実績を証明する資料として有用です」
「そんなもんいらねえ! 何になるってんだ!」
「後ほど説明します。それより、こちらを」
三枝が、手に持っていた紙袋から額縁を取り出した。
「何だ、それは」
「先ほど、田辺会長からいただきました。怒られるから代表には内密に、と」
黒木は舌打ちした。
三枝は感謝状を丁寧に額縁に収めて、棚の上に置いた。
「最悪だ」
「住民からの降伏文書だと思えばよいのでは?」
「そうっすよ! いつもの黒木さんらしくないっす!」
三枝とユズルが言った。
黒木は腕を組んで考え込んだ。
「……なるほど。我々の支配に屈した住民どもが差し出した服従の証というわけか」
「町内統一も間近っすね!」
「くっくっ……俺としたことが、精神攻撃でおかしくなっちまっていたようだ」
黒木は座布団に腰を下ろす。
「だが、問題は残っている。我々の支配は、あまりにも脆弱だ」
三枝が眼鏡を押し上げた。
ユズルと大門も黒木を見る。
「田辺が引退すればどうなる。住民が代替わりすればどうなる。アーバンリンクが方針を変えればどうなる」
黒木はちゃぶ台を叩いた。
「このままでは、いずれ我々の支配には終わりが来る!」
三枝がうなずいた。
黒木の声が熱を帯びる。
「町内を制圧した今、我々は次の段階を目指す。住民だけでなく、企業や行政まで我々の支配に組み込んでいく」
ユズルの目が輝いた。
「すげえっす……! 支配領域が拡張してるっす!」
「だろう」
黒木がふんぞり返って、鼻を鳴らす。
三枝が静かに立ち上がった。
「代表、ご提案があります」
「何だ」
三枝はカーテンを閉めて、いつものようにプロジェクターを設置した。
壁に資料が映し出された。
『特定非営利活動法人のくたーん 設立基本計画書』
黒木は口をぽかんと開けて、画面を見つめた。
次にギギギと音が鳴りそうな動きで三枝を見て、もう一度画面を見た。
「なんだこれは」
「代表が必要性を熱弁された構想の草案です」
「何でひらがななんだ」
「感謝状の表記に揃えました。同じ名前でないと、実績として認められない可能性があります」
黒木は頭を抱えた。
三枝は次の資料を映した。
活動目的や今後の進め方など、各種情報が並んでいる。
「実は戸田さんから資料をいただき、以前から検討を進めていました。現在の活動を続けるには、将来的に法人化を視野に入れたいです」
「法人化だと?」
「特定非営利活動法人、いわゆるNPO法人です」
「非力な部活動って何だ?」
大門が首をかしげる。
「あとで説明してやるから、ちょっと黙ってろ」
黒木が言う。
三枝は淡々と説明を続けた。
「そのために、まずは活動を拡張し、実績を積みます。その後、団体としての規約や事業計画を整備し、最後に法人化を申請します」
続いて、資金や人手を集めるための案が表示された。
「法人化すれば、代表者や町内会の体制が変わっても、組織として活動を継続できます」
黒木は片肘をちゃぶ台につき、顎を手に預けた。
しばらく資料を睨んだあと、ゆっくりと口角を上げる。
「つまり、田辺が引退しようが住民が代替わりしようが、我々の支配は揺るがない」
「しかも、表から見るとクリーンな組織っす! 堂々と世界征服を進められるっす!」
黒木はパンと手を叩いた。
「決まりだ。我々は、長期的な支配領域の拡張を目的に、特定非営利活動法人の設立を目指す!」
黒木は宣言した。
同時に、天井を見上げた。
何も起きない。
いつもなら、とうに天井板が浮いているころだった。
「……出ねえな」
ユズルも天井を見る。
「神さま、また留守なんっすかね」
ユズルが言ったそのとき、ピンポンと呼び鈴が鳴った。
四人が同時に振り返る。
「……静かにしてろ。敵襲かもしれねえ」
黒木が静かに立ち上がる。
ちゃぶ台の上のリモコンを手に取って、玄関へにじり寄る。
ドアスコープをのぞき込もうとした瞬間、見慣れた禿げ頭が玄関をすり抜けてきた。
「「ぎゃあああああああ!」」
黒木とユズルが悲鳴を上げた。
神だった。
「ピンポンしといて勝手に入ってくんな、クソジジイ!」
「誰も出んかったから入ったんじゃ」
大門が座布団を出す。
「座れ」
「普通に招き入れんな!」
神は、いつものようにちゃぶ台の前に座る。
神が玄関から入ってくる姿には、妙な違和感があった。
神は部屋の中を見回して、目を細めた。
棚に飾られた感謝状。
プロジェクターに映ったままの『特定非営利活動法人のくたーん 設立基本計画書』。
「よいことじゃ」
黒木はすぐに言い返した。
「勘違いしているようだが、これは町を恒久的に支配するための組織改編だ」
「うむ」
「行政と企業をも利用し、資金と人材を集める」
「そうかそうか」
「住民どもを我々の支配から逃れられなくする」
「よいことじゃ」
「よくねえ! 我々は暗黒結社ノクターンだ!」
神は感謝状を見上げて、ほっほ、と笑った。
黒木は顔をしかめる。
「知っておるよ」
神はそれ以上、何も言わなかった。
いつものように説教をするでもなく、警察へ電話をかけようとするでもない。
ゆっくりと、四人の顔を順番に見て、優しくほほ笑んだ。
「もう、おぬしらに用はない」
神がふわりと浮き上がる。
「悪さするでないぞ」
「二度とくんな。あと、三枝のパソコンの権限返せ」
「うるさいのう、ちゃんと返したわい」
三枝がパソコンを確認する。
神アプリがきれいになくなっていた。
「神さま、行っちゃうんっすか」
ユズルが悲しそうに言った。
「なあに、おぬしらが悪さをすればすぐ飛んでくるわい」
「そのトーンで言うセリフじゃねえぞ、それ」
神は黒木たちに背を向け、玄関へ向かった。
「達者でのう」
そのままスーッと玄関の向こう側へ消えていった。
黒木は、ちゃぶ台の隅に重ねられたツギハギの犯罪記録をちらりと見た。
「最後まで勝手なジジイだ」
天井を見上げて、黒木は息を吐く。
「代表、今日はここまでにしますか」
三枝が言う。
黒木は、三人の顔をじっと見た。
「いや、やるぞ。支配の勢いを緩めるな!」
「「「おー!」」」
威勢のいい声が、六畳一間に響いた。
三枝が基本計画をプレゼンし、ユズルが付箋でアイデアを出す。
大門はもげそうなぐらいに首をかしげて話を聞いていたが、やがてそのまま横に倒れて、いびきをかき始めた。
やがて朝日が昇るころ、ユズルが大門に折り重なるように眠りに落ちた。
続いて三枝もキーボードを枕に寝落ちし、プロジェクターにはいつか見たような文字列が映し出されていた。
黒木はふっと笑い、一人でつぶやいた。
「……これは町内会活動ではない」
カーテンの隙間から朝日が差し込む。
「世界征服への第一歩だ」
* * *
夏の暑さが和らいだ、秋の夜。
町から遠く離れた、古びたアパートの一室。
三人の若者が、机を囲んでいた。
机の上には、商店街の福引券が数枚置かれている。
「この券をコピーして量産する」
「番号も適当に変えればバレないって」
「監視カメラもないし、完璧だな」
三人は顔を見合わせ、声を潜めて笑った。
「明日の朝、一番に行くぞ。一等を取るまで引き続ける!」
そのとき。
頭上で、カタン、と音がした。
三人の笑い声が止まる。
天井板が、一枚だけ不自然に浮き上がった。
隙間から、白い髪が垂れ下がる。
続いて、白い眉と穏やかな目が、逆さまにぬっと現れた。
「うーむ」
三人が凍りつく。
神は困ったように眉を下げた。
「それは犯罪じゃなあ」
「「「ぎゃあああああああああああああああ!」」」
若者たちの悲鳴が、六畳一間に響き渡った。
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