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天井の神さま ~世界征服を目指して、俺たちは今日、町内会に入った~  作者: 上園 千紗


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第9話 民衆を熱狂させよ(前編)

 夏祭り当日。

 朝から雲ひとつない快晴だった。

 午後四時を回り、日は傾き始めている。

 それでも気温は高く、蝉の声とまとわりつくような熱気が町内会館を覆っていた。


「暑すぎる」


 黒木は町内会館前の駐車場に立ち、まぶしそうに空を睨んだ。


「最高気温は三十五度です。夕方以降も熱中症への警戒が必要です」


 三枝はクリップボードに挟んだ進行表を確認していた。


「現時点では、すべて予定どおりです。我々も担当箇所の準備を進めましょう」


 駐車場の端では、アーバンリンクが手配した業者がテントを組み立てていた。


 大門はそれを無言で見ていた。

 腕を組み、眉間に深いしわを寄せている。


「どうした、大門」

「大殿筋の使い方がうまい」

「プロだからな」


 そのとき、町内会館のほうから威勢のいい掛け声が聞こえてきた。


「一、二、三、四! 広背筋!」

「二、二、三、四! 腹直筋!」


 黒木たちが振り返った。

 平原道場の門下生たちが、長机や飲料ケースを担いで行進してきた。

 それを見て、大門はその場で屈伸すると、全速力で駆け出した。


「俺も負けん!」


 資材の山が、猛烈な勢いで消えていく。

 黒木は眉間を押さえながら、その光景を眺めた。


「……全員バカなのか?」


 三枝が腕時計を見た。


「前倒しで設営が終わりそうですね」

「使えるバカどもだな」


*    *    *


 午後五時前。

 会場の設営は、ほぼ完成していた。


 受付と食券販売所は、町内会館の玄関脇に設けられていた。

 その横の駐車場には、焼きそば、飲料、くじ引きなどの屋台が並んでいた。


 駐車場の一角には、黒木たちノクターンの屋台――キッチンカーが停まっていた。

 ショッキングピンクに塗られた派手な車体の側面には、白い文字で「ポッピンジャンピン★りんご飴」と書かれている。

 その左右には、よくわからない翼の絵まで描かれていた。


 黒木はぽかんと口を開けたまま、三枝へ視線を向けた。


「悪の威厳はどこにある」

「業者には伝えました」

「百人規模の伝言ゲームでもしたのか?」


 三枝は答えず、進行表に目を落とした。

 黒木の魂が抜けていることを除けば、準備は順調だった。


 やがて住民たちが集まり始めると、黒木の魂も戻ってきた。

 会場を見回すと、見知った顔がいくつもあった。


 受付では、塚本が来場者を迎える準備を進めていた。

 斎藤は孫と一緒に、最後の飾り付けを手伝っていた。


 さらにそこへ、ゲートボール会の老人たちがやってきた。

 帽子をかぶり、水筒を提げている。


「ユズルくん、今日はよろしくね。私たちは中の準備を進めるよ」


 ユズルが説明する前に、老人たちはそれぞれの担当へ散っていく。


「ちょ、待ってください。点呼だけ取らせてくださーい!」


 ユズルが追いかけていった。


「やっぱりあいつが掌握されてないか?」


 ユズルの後ろ姿を見ながら、黒木はつぶやいた。


 その背中へ、突然小さな体がぶつかってきた。


「魔王だー!」


 振り返ると、子どもを連れた親たちが続々と集まっていた。

 子どもたちが黒木の周りへ駆け寄った。


「魔王軍子ども部隊、容赦なくこき使うから覚悟しておけ」

「働くー!」

「妙な大人に声をかけられたら、すぐ魔王の城に戻れ」

「はーい!」


 子どもたちは元気よく持ち場へ散っていった。


「次世代の洗脳も順調っすね!」


 点呼を終えたユズルが戻ってきた。

 三枝は名簿にチェックを入れた。


 これで、予定戦力が勢ぞろいした。


*    *    *


 午後六時前。

 会場は、祭りの開始を待つ住民たちでにぎわっていた。

 町内会館の軒先から駐車場にかけて、赤い提灯が何本も渡されていた。

 窓にはすだれが掛けられ、館内の壁には子どもたちが描いた花火が並んでいた。


 田辺が、駐車場に設営された簡易ステージへ上がった。


「皆さん、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」


 会場のざわめきが、少しずつ静まっていった。


「皆さんのおかげで、今年も無事に夏祭りを開催できました。今日は存分に楽しんでいってください。それでは、夏祭り実行委員会代表の黒木さんからも一言いただきましょうか」

「は?」


 黒木の顔が固まった。

 会場から拍手が起こった。


「聞いてねえぞ」

「黒木さん、お願いしますねえ」

「おい、三枝」


 三枝は俊敏な動きで、どこかからスケッチブックを用意した。


「お任せください。想定済みです。カンペを用意してあります」

「有能通り越して怖いっす、三枝さん……」


 ユズルが震えた。

 黒木は拍手に押されるように壇上へ上がり、田辺からマイクを受け取った。


 黒木はゆっくりと口を開いた。


「よく来たな、住民ども」


 会場が一瞬静かになった。

 しかし、次の瞬間。


「魔王ー!」

「不審者の人ー!」

「支配してー!」


 各所から子どもの黄色い声が上がった。

 三枝が最初のカンペを掲げた。


『群衆掌握=地域結束』


 黒木はそれを見て、マイクを握り直した。


「今日の夏祭りは、群衆掌握(地域結束)への第一歩となる催しだ」


 三枝が次のカンペを掲げた。


「会場内での取引には、町内通貨(食券)を使用しろ。受付横の販売所で購入できる」


 ユズルが壇下から目を輝かせた。


「すげえ。三枝さん、代表の言葉を完璧に予測してる……!」

「会場内には、監視員(見守り係)を各所に配置している。異常があれば近くの者へ申告しろ」


 見守り係のワッペンを付けた数名が、大きく手を振った。


「親の保護下から外れた者は、捕虜収容所(青い旗のところ)へ来い。勝手に会場外へ逃げるな」


 住民たちはうなずき、子どもたちは元気よく返事をした。

 完璧な悪の演説に、黒木は鼻を鳴らした。


「以上だ。存分に楽しめ。焼きそばの行列には油断するな」


 会場の笑いとともに、夏祭りが始まった。

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