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天井の神さま ~世界征服を目指して、俺たちは今日、町内会に入った~  作者: 上園 千紗


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第7話 領土を死守せよ(後編)

 夕方、四人は本部に戻った。

 誰も口を開かず、これまでにないほど重い空気が沈んでいた。


 ちゃぶ台の上には、空欄だらけの担当表と、塚本からもらったみかんが並んでいる。

 黒木は畳に片膝をつき、拳を震わせていた。


「クソッ……! 情けねえ住民どもめ!」


 黒木は畳を叩いた。

 大門は塚本にもらったみかんを握りしめ、頭を垂れている。

 大きな背中が、明らかに落ち込んでいた。


「俺の筋肉でも、老化と暑さには勝てない……」

「大門さん……」


 ユズルが心配そうに声をかける。

 大門の拳が震え、ぐっと力がこもった。

 みかんが、メリッと嫌な音を立てた。


「なぜ勝てない……!」


 次の瞬間。

 ぶしゃっ、とみかんが潰れて、汁が大門の顔に飛んだ。


「ぐっ」


 大門が目を押さえた。

 潰れたみかんを握りしめたまま、大粒の涙を流している。


「何が足りない……!」

「みかん汁で泣いてんじゃねえ。つか汚ねえ、拭け」


 黒木が即座に言った。

 ユズルはみかんを剥きながらつぶやく。


「ノクターン結成以来、最大の危機っすね……」

「みかん剥きながら言うセリフじゃねえぞ」


 大門は涙を流しながら、潰れたみかんを見た。


「俺は……みかんすら守れないのか」


 黒木が呆れ顔で大門を見た直後、バターンとすさまじい音がした。


 横を見ると、三枝が気絶したように頭からノートパソコンの上へ突っ伏していた。

 プロジェクターが映し出す壁一面に、ものすごい勢いで文字が走る。


『dddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddd』


 三枝は顔を伏せたまま、低く、かすれた声で言った。


「打つ手が……ありません……」

「しっかりしてください、三枝さん!」


 ユズルが飛びつき、三枝の肩を激しく揺さぶる。


「三枝さんがいないノクターンのIQは3っす! チンパンジー以下っす! 目を開けてくださぁああい!」

『dagusfsasghajみかngjjkakbebc』

「三枝さーん!」


 ユズルが揺することで、d一色だった文字列に別の文字が混じる。

 黒木は、壁を埋め尽くす文字列を腕を組んで睨みつけた。


「見ろ。三枝が暗号で何かを伝えようとしている……」

「ほらぁ! いいんですか、これで! 三枝さんがいないとこうですよ!」


 大門は涙を流しながら、潰れたみかんを三枝の口元へ差し出した。


「食え、ビタミンCだ」

「甘い……」


 三枝の暗号を読解し始める黒木。

 泣きながら三枝を介護する大門。

 言われるがまま、潰れたみかんを食べている三枝。

 かつてないほどの混乱に、ユズルが天井を見上げる。


「神さまぁ、僕にはもう手に負えません」


 そのときだった。

 カタン、と天井から音がした。

 黒木が即座に反応して、天井を見上げる。


「……何の用だ」


 天井板が一枚、静かにずれた。

 神が、いつものように逆さまに現れた。

 アロハシャツを着ていた。


「負けそうじゃのう」

「見てんじゃねえ。てか、なんだそのふざけたシャツは」


 黒木が即座に噛みついた。


「ハワイで買ったシャツじゃ。キュートじゃろ」

「帰れ。俺は今、忙しい」

「ふぉっふぉっ。まあ、そうカリカリするな。土産を持ってきたのじゃから」


 神はそう言うと、天井の隙間から、何かをずるずると引っ張り出した。

 分厚い紙束だった。


「なんっすか、それ?」


 ばさりと音を立てて、ちゃぶ台に紙束が置かれる。

 三枝もおもむろに顔を上げ、紙束を見る。


 細かく切られた紙片が、セロテープで無理やりつなぎ合わされていた。

 ずれ、よれ、曲がり、ところどころ字が読みにくい。


 だが、四人はそれに見覚えがあった。


「おい、これ……」

「お前たちが捨てたものじゃ」

「まさか」


 三枝の目が細くなる。

 ずれ落ちていた眼鏡を掛けなおし、紙束を手に取った。


 それは間違いなく、かつて処分したはずの犯罪記録(町内会活動記録)だった。


 困りごと対応の記録や、住民の情報などが、ご丁寧にすべて復元されている。


「てめえ! 俺たちが苦労して処分した犯罪記録を!」

「町内会活動記録じゃろ」

「ちげえよ!」


 黒木は紙束を睨みつけた。

 継ぎ目だらけの紙片たちは、それでも一枚の地図のようにつながっていた。


「くそ! 何が土産だ、こんな役に立たねえもの!」


 黒木は三枝から紙束を奪い、破ろうとした。

 しかし、その手が止まる。


『塚本 膝に不安あり。以前はウォーキング会を主催』

『斎藤 足腰に不安あり。息子による支援あり。孫あり』

『山下 暑さが苦手。ゲートボール会所属』


 黒木はボロボロの紙をじっと見つめた。


「おい、三枝。今日のメモを出せ」

「こちらです」


『塚本 東公園までの移動が困難』

『斎藤 孫の付き添いのため運営参加は困難』

『山下 長時間の屋外作業は困難』


 黒木はメモを見比べて、何かを考え込んでいる。


「……そうか」


 黒木はおもむろに顔を上げた。

 三人が黒木を見る。


「こいつらが使えないんじゃねえ。俺たちが、使い方を間違えてたんだ」


 黒木は二つの記録を並べ、住民の名前を指で叩いた。


「戦場と任務が、こいつらに合ってねえ。これじゃ戦力が集まるわけがねえ」


 黒木は続ける。


「塚本や山下みてえなジジババに、東公園までの移動と猛暑は致命的だ。会場変更を検討しろ。子連れはガキごと戦力に組み込め。ガキにも任務を用意しろ」

「しかし、そこまで大規模な変更をしては、去年と大きく変わってしまいます。田辺会長は、この町らしさを残すことを望んでいます」

「違う」


 黒木は、住民の名前が並ぶ紙を三枝のほうへ向けた。


「町らしさを残してえなら、残すべきはこいつらだ。会場も屋台の数も関係ねえ。住民どもが自ら動き、作り上げれば、それがこの町の祭りになる」


 三枝がハッとする。

 指先で眼鏡を押し上げると、背筋を伸ばした。


「理解しました。会場、役割、時間帯を一度解体し、住民ごとの事情と適性に合わせて組み直します」


 三枝は、空欄だらけの担当表を見る。

 黒木は、紙束を高く掲げると、かつてないほど凶悪な顔で笑った。


「目指すは自律型支配だ。命令せずとも住民どもが自ら動き、我々の支配下にくだる仕組みを作る」

「すげえ! めちゃくちゃ悪そうっす!」


 三枝は、新しいシートを開いた。


『夏祭り反撃作戦』


 三枝の指が、高速でキーボードを叩く。

 黒木は立ち上がった。

 目に光が戻っている。


「勝ち筋が見えてきたな」


 黒木の言葉に、三人は大きくうなずいた。


「見てろ、アーバンリンク。祭りの支配権は、俺たちが奪い返す!」

「悪さするでないぞ」


 神は天井へ戻りながら言う。


「うるせえ、アロハジジイ!」


 こうして、暗黒結社ノクターンは、一度敗れた。

 しかし、捨てたはずの証拠が、住民の攻略図となって戻ってきた。


 彼らは言う。

 これは夏祭りの準備ではない。

 地域支配を取り戻すための、反撃作戦である。

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