第7話 領土を死守せよ(前編)
夏祭り。
それは、町内最大の群衆掌握装置である。
黒木は六畳一間の中央に立ち、壁に貼られた古い夏祭りのチラシを睨んでいた。
赤い提灯、焼きそば、輪投げ、浴衣姿の住民たち。
ありふれた地域の祭りの風景に、黒木は低く笑った。
「見ろ。これほど大規模に住民どもを一か所へ集める装置は、そうそうない」
「秋の焼き芋祭りもありますが、あれは芋の供給量に限界があるため小規模です」
三枝がノートパソコンを開きながら言った。
プロジェクターをつなぎ、いつものように壁へ画面を映す。
『夏祭り防衛戦 第一版』
ユズルが目を輝かせた。
「ついに戦争っぽくなってきたっす!」
「ぽいんじゃねえ、戦争だ」
三枝がスライドを切り替えた。
『課題:人員不足』と太字で書かれていた。
「資金は何とかできます。しかし、人手がまったく足りていません」
三枝は淡々と言った。
「田辺会長からの要望は、一つ。この町らしさを残すことです」
「この町らしさって何なんすかね」
ユズルが首をかしげる。
「田辺会長は、運営を外部に任せてしまうと、ただのイベント誘致になってしまうのではないかと懸念されています」
三枝は続けた。
「そのため、外部委託はしません。昨年の構成を維持しつつ、住民主体で運営します。会場は例年どおり東公園。当日の設営、運営、片付けも町内会で分担します」
「いいぞ、敵を一歩たりとも入れるな」
ユズルがスマホを取り出す。
「町内会LINEでも募集をかけてみたっす」
「状況はどうですか?」
ユズルは黒木に画面を見せて、首を横に振った。
「ほぼ反応ないっす」
画面には、いくつかの返信が並んでいた。
『暑いので厳しいです』
『子ども連れでも大丈夫ですか?』
『まだ予定がわかりません』
既読の数は多いが、前向きな返信は少ない。
「このまま人が集まらなければ、我々のプランは通らないでしょう」
「なら、直接行く。現地制圧は地域支配の基本だ」
黒木が立ち上がると、ユズルも続いて立ち上がる。
「さすが黒木さんっす! 代表直々に勧誘に動くんすね!」
「では、まずは過去に困りごと対応をした方々を回りましょう。面識がある分、話を聞いてもらいやすいでしょう」
「ふっ、この程度すぐに集まるだろう。恩を返してもらうときがきた」
黒木は、下ろしていた髪を乱雑に結い上げた。
「各自、氷嚢と水分を携帯しろ。住民どもを引きずり出すぞ」
冷えピタを貼り付けて、四人は町へ出た。
* * *
最初に向かったのは、塚本の家だった。
以前、大門が電球を交換した家である。
玄関先に出てきた塚本は、黒木たちを見るなり、にこにこ笑った。
「おう、お前らか。この前は電球、助かった」
「今日はお前への指令を直々に伝えに来た」
「指令?」
すかさず三枝が横から口を出す。
「協力依頼です」
「なんだい?」
「夏祭りの労働力を集めている」
「ああ、夏祭りねえ」
三枝が資料を取り出す。
「受付や見守り対応など、役割はいろいろあります。何か一つでもお手伝いいただけないでしょうか」
塚本は少し困ったように笑った。
「手伝いたいのはやまやまだが、膝が痛くてなあ。去年までは毎年受付やってたんだよ。でも東公園って丘の上にあるだろう? 情けないが、行くだけでもつらくてねえ」
「確かに、階段も多いっすもんね」
黒木は目を細めた。
三枝はすぐにメモを取った。
『東公園までの移動が困難』
* * *
二軒目は、斎藤の家だった。
以前、大門が米袋を運んだ家である。
斎藤は、庭で洗濯物を取り込んでいるところだった。
「あら、皆さん。どうしたの」
「労働力の徴収だ」
「代表」
「協力依頼だ」
三枝が一歩前へ出る。
「夏祭りのお手伝いについて伺っています。ご協力いただける方を探していまして」
「ああ、夏祭りねえ」
斎藤は申し訳なさそうに笑った。
「行けたら行きたいんだけど、その日は孫が来るのよ。一緒にお祭りを回るから、お手伝いは難しくて」
「そうですか……」
三枝はそう言って、またメモを取る。
『孫の付き添いのため運営参加は困難』
* * *
三軒目は、山下の家だった。
以前、ユズルがスマホの設定を手伝った。
山下は、スマホを片手に出てきた。
「おお、ユズルくん。この前はありがとうねえ。LINE、ちゃんと見られるようになったよ」
「よかったっす」
ユズルが少し照れたように笑う。
三枝はすかさず言った。
「夏祭り当日、運営テントでの連絡補助をお願いできないでしょうか?」
山下はスマホを見ながら言った。
「参加したいんだけど、年のせいか暑さがダメでねえ。長時間外にいるのが厳しいんだ」
「夜でも暑いっすもんね……」
ユズルが眉尻を下げる。
三枝は、メモに書き加える。
『長時間の屋外作業は困難』
* * *
その後も何軒か回ったが、結果は芳しくなかった。
七月の太陽に、四人の気力と体力が削られた。
数日後、町内会館で実行委員会が開かれた。
田辺と町内会の役員たちは、ノクターンの資料と、アーバンリンクの資料を見比べていた。
結局、ほかにも数名の住民が手を貸してくれることになったが、役割表は空欄だらけだった。
「無理して町内だけでやらなくてもいいんじゃないかしら」
「アーバンリンクさんなら事故や悪天候時の保証もある。すべて任せてしまったほうが安心だ」
「寂しいけど、そういう時代なのかしらねえ」
町内会の空気が、アーバンリンク案へ傾いていく。
黒木は奥歯を噛んだ。
田辺は、三枝の資料を見ながら、困ったように笑った。
「三枝さん、ここまで考えてくれてありがとうねえ。うちの夏祭りらしさは残したいのだけど、みんなに無理をさせるわけにもいかないし」
「はい」
三枝は表情を変えずに答えた。
だが、その拳は強く握りしめられていた。
黒木は机を叩いて立ち上がる。
「町内最大の群衆……イベントを外部勢力に明け渡すなど、愚の骨頂だ!」
「そうだ。テントは俺が全部張る。重いものも運ぶ」
しかし、役員たちは納得しなかった。
「でも、君たちの案じゃそもそも運営が成り立たないだろう。現役世代もほとんどいないじゃないか」
「そうよ、アーバンリンクさんに丸ごとお願いしちゃいましょうよ」
田辺は役員たちを手で制し、黒木たちに優しく笑いかけた。
「大門さんが力持ちなのは知っているけれど、全部は大変よ」
「ぼ、僕も手伝います! 町の人だって……」
ユズルは町内会LINEを見たが、言葉が尻すぼみになる。
既読は増えているが、相変わらず返信はなかった。
黒木たちは黙り込んだ。
「皆さん、ありがとうねえ。まだ時間はあるから、もう少し考えさせてちょうだい」
田辺は、そう言って寂しそうに笑った。




