第6話 侵略者を排除せよ(後編)
戸田は一通り説明を終えると、全員を見渡した。
「ここまでで、ご質問や気になるサービスはありますでしょうか?」
田辺は、パンフレットをめくりながら答える。
「便利そうではあるのだけど、やっぱり委託しちゃうと、この町らしいお祭りができないんじゃないかしらって」
「そんなことはありません! 昨年どおりのお祭りを楽しんでいただけるよう、細かくヒアリングします!」
「そうねえ……」
田辺が困ったように言う。
三枝は、その様子を見て目を細める。
戸田は『夏祭り運営案』と書かれた書類を見せる。
「弊社のおすすめは、業者への完全委託です! 町内会の皆様には、開催方針の決定と告知だけお願いする形です!」
「これなら、今年もできそうねえ」
田辺は感心したように資料をのぞき込んだ。
「屋台も、全部やってもらえるの?」
「もちろんです! 調理、販売、会計まで対応可能です!」
「受付も、設営も、片付けも?」
「すべて対応できます!」
田辺は、しばらく資料を眺めていた。
声が、少しだけ小さくなる。
「じゃあ、私たちはお客さんになるのねえ」
「はい!」
戸田はまぶしい笑顔を浮かべた。
だが、田辺は資料から目を上げなかった。
黒木はその様子を黙って見ていた。
「何か気になる点がおありですか?」
戸田がすぐに尋ねる。
「とても便利だと思うのよ。でもねえ……できれば、今年も町のみんなでやりたいのよねえ」
田辺は、どこか寂しげに言った。
「なるほど! 町内会主体での開催をご希望なんですね!」
「見ているだけっていうのは……何だか、少し違う気がしてねえ」
「町内会の皆様にも、運営へ関わっている実感を残したいということですね!」
「実感……なのかしらねえ」
田辺はまだ、しっくりこない様子だった。
「うまく言えなくて、ごめんなさいねえ」
「とんでもありません! まだ言葉になっていないご要望ほど、提案の可能性が広がります!」
戸田は、ペンを手に取った。
「では、町内会主体で従来の規模を維持できるか、条件を整理してみましょう!」
戸田は明るい表情のまま、必要な人員を挙げていく。
「まず設営に十名。屋台に十五名。受付、救護などの運営に十名程度。交代要員も必要です!」
戸田は、資料の端に人数をメモしていく。
三枝がそれをのぞき込んで言う。
「概算で四十人は必要ですね」
「はい。現在確保できている人員は、何人ぐらいでしょうか?」
田辺が指を折った。
「私と、副会長さんと、役員の山本さんと……多く見積もって、十人くらいかしら」
「なるほど! 加えて、食品衛生上の責任者なども必要です。現在の人数で、昨年と同じ規模を町内会だけで運営するのは――」
戸田は、一度言葉を切った。
そして、笑顔を崩さないまま言う。
「非常に挑戦的です!」
田辺は、ふうと息をついた。
視線を落とし、いつもの笑顔が消えている。
「やっぱり、難しいのかしらねえ」
黒木は、目の端で田辺の表情を見て言った。
「難しいだけで、不可能ではないんだな」
「必要な条件を満たせば実現可能です!」
「なら、満たせばいい」
黒木は即答する。
戸田の目が、みるみる輝いていく。
「……素晴らしいです!」
戸田の声が震え、目がうるむ。
三枝がユズルに目配せし、手元のティッシュ箱を示す。
ユズルは何かを察し、ティッシュ箱を長机の上へスパーンと送り出した。
勢いよく滑り込んできた箱を、三枝が片手でぴたりと止める。
「困難な状況で、それでも町内主体の開催へ挑戦する……その姿勢に感動しました!」
「……どうぞ」
泣き出した戸田に、三枝はティッシュ箱を差し出した。
戸田はティッシュで鼻をかむ。
「お前は、町の人間で祭りをやりたいんだな」
黒木が田辺に問う。
田辺は、少し考えてからうなずいた。
「できるなら、そうしたいわねえ」
「なら、それでやる」
「まあ! 黒木さんたちが実行委員をやってくれるのね!」
田辺の顔が明るくなる。
黒木は戸田へ向き直った。
「貴様らの手は借りねえ。町内の人間だけで、夏祭りをやり遂げる」
戸田の目を、まっすぐに見据える。
「今年の夏祭りは、我々ノクターンが完全に掌握する」
揺るぎない声が、和室に響く。
戸田の手が止まった。
目の端に残った涙を拭い、顔を上げる。
笑顔が、すっと消えた。
「……承知しました」
それまでの明るさが嘘のような、静かな声だった。
「それでは」
戸田は、ほんの少しだけ目を細める。
「お手並み拝見といきましょう」
黒木も視線を逸らさなかった。
「後悔するなよ」
次の瞬間、戸田の顔に笑顔が戻った。
「楽しみにしております! では、本日はこれにて失礼いたします!」
戸田はパンフレットと書類をまとめて、トントンと重ねる。
「次回までに、弊社側のご提案も再整理しておきます!」
戸田は深々と頭を下げ、和室を出ていった。
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがてユズルがつぶやく。
「……なんだったんすか、あの人」
「危険人物です」
三枝が即答した。
「すべてを商機に変え、こちらの情報を引き出し、課題を明確に突いてきました」
「鉄板も持ち帰る」
「アーバンリンク、思った以上の強敵だ」
黒木は腕を組み、戸田が出ていった扉を睨んだ。
「じゃあ、皆さん。今年の夏祭り、よろしくねえ」
田辺が嬉しそうに笑った。
黒木は田辺を見る。
「俺たちは町内会を助けるために引き受けたわけじゃねえ。敵対組織に、この町の中枢を奪わせないためだ」
「頼もしいわあ」
「聞け」
黒木はまだ何か言いたそうだったが、面倒になって口を閉じた。
田辺から去年の夏祭り資料を借りて、黒木たちも町内会館を後にする。
外に出ると、ちょうど曇天から雨粒がぽつぽつと落ち始めた。
「雨っすよ! 僕、傘持ってないっす!」
「走れ!」
大門がユズルの首根っこをつかんで駆け出す。
「ぎゃあ! 痛いっす!」
「うおおおおおお!」
三枝は遠ざかる二人を見ながら、カバンから折りたたみ傘を取り出す。
黒木は、町内会館の入り口に置かれた「善意の傘」を一本手に取った。
「ふっ、借りパクしてやらあ」
《盗難を検知しました》
三枝のパソコンから声がした。
「盗んでねえ!」
《企みを検知しました》
「借りたことをうっかり忘れて、パクられたと思われてもおかしくないぐらいの長期間のレンタルをするだけだ!」
適当なことを言いながら、黒木は傘を広げた。
雨が一気に勢いを増してきた。
遠くで、ゴロゴロと雷が鳴った。
* * *
その夜。
六畳一間のちゃぶ台には、アーバンリンクの提案書と、田辺に借りた資料が置かれていた。
三枝がパソコンで、新しいドキュメントを開く。
『夏祭り防衛戦 基本計画』
黒木は真剣な声で言う。
「町内最大の群衆掌握装置を、外部勢力に渡すわけにはいかねえ」
「まずは、昨年度の問題点を洗い出します」
「焼きそばは俺が焼く」
大門が厳かに宣言した。
三枝のパソコンが小さく鳴った。
《悪事レベル:低》
《神様から一言:ハワイは晴れじゃ》
黒木が画面を睨む。
「バージョン2.32への更新で、一言機能が追加されたようです」
「余計な機能つけてんじゃねえ」
《よいことじゃ》
「うるせえ、ハワイジジイ!」
こうして、暗黒結社ノクターンは、株式会社アーバンリンクを正式に敵対組織に指定した。
彼らは言う。
これは夏祭り運営ではない。
地域支配の中枢を巡る、防衛戦の始まりである。




