第6話 侵略者を排除せよ(前編)
アーバンリンク。
六畳一間の壁には、そのホームページが映し出されていた。
洗練された無駄のないデザインで、どこからどう見てもまっとうな企業のものだった。
「いけすかねえな。町中でこいつらの気配を感じる」
ユズルが真剣な顔でうなずいた。
「しかも、なんか全部がちゃんとしてるっす」
「そこが一番危険だ。ジジババどもはこういうのにめっぽう弱い。コロッと騙されるぞ」
三枝がウィンドウを閉じる。
無機質なデフォルトのデスクトップに切り替わった。
「田辺会長から連絡がありました。明日、アーバンリンクの担当者と夏祭りの運営について相談するそうです」
「動きが早いな」
「そして、会長が最近町内会を手伝っている若い人がいると話したところ、先方から、ぜひ同席してほしいと依頼されたそうです」
黒木はにやりと笑った。
「敵のほうから会談を申し込んできたわけか」
「倒すのか」
大門がスクワットしながら聞いた。
「まだだ。敵の人間が、わざわざこちらに接触してきたんだ。まずは狙いを探る」
「首脳会談っすね!」
そのとき、ポンという音とともに画面の右下に小さな通知が現れた。
《悪事を監視しています》
四人の動きが止まった。
「……何だ、今の」
三枝がカーソルを動かす。
「不明なアプリケーションが起動しています」
《ハワイ旅行中の神に代わり、24時間体制で悪事を監視しています》
「ふざけんな!」
「神様、優勝したんっすね」
黒木が叫ぶ横で、ユズルが呑気に言った。
三枝がアプリを終了し、アンインストールを試みる。
《神権限が必要です》
三枝の指が止まった。
「神権限が必要なようです」
「お前のパソコンだろ! おいジジイ、ふざけんな!」
《不適切な発言を検知しました》
「うるせえ! 本物よりよっぽどうるせえな!」
《追加で不適切な発言を検知しました》
黒木は忌々しげに、壁に映った画面を睨む。
「いいか、神がいようがいまいが関係ない。明日は敵情視察だ。余計なことは言うな」
《敵情視察:要注意ワードです》
「大門! かち割れ!」
「任せろ!」
大門は壁に向かって勢いよく拳を振り上げた。
* * *
翌日の土曜日。
町内会館の長机には、一人の男が座っていた。
その向かいに、田辺、黒木、三枝、ユズル、大門の順に座っていた。
男は、三十前後に見える。
しわのない清潔感のあるスーツがよく似合う。
背筋はまっすぐ伸び、笑顔はまぶしい。
圧倒的な正のオーラを放つ好青年だ。
「アーバンリンク営業担当の戸田です! 本日はお時間をいただき、ありがとうございます!」
声がよく通る。
初対面の相手を一瞬で信頼させる、訓練された声だった。
戸田は立ち上がり、全員へ名刺を渡していく。
「田辺会長から、最近こちらの町内会活動に熱心に参加されている若い皆様がいると伺いまして! ぜひ一度、お話ししたいと思っていました!」
「熱心に参加しているわけではない。地域支配の足場を固めている」
黒木は名刺を机に置いた。
戸田は嬉々としてペンを走らせる。
「なるほど! 地域へ深く入り込み、良好な関係を構築されているんですね……素晴らしいです!」
戸田の声が、わずかに震えた。
黒木が眉をひそめる。
「何だ」
「若い方々が、自ら……! 私、こういうお話に弱くて……!」
戸田は目頭を押さえた。
一筋の涙が頬を伝った。
「あらあら」
田辺は、孫を慰めるようなトーンだった。
ユズルは三枝のほうに身を寄せて、小声で言う。
「泣いてるっす……」
三枝は冷静にその様子を見ていた。
黒木は唖然とした表情でつぶやいた。
「なんだこいつ……」
戸田はハンカチで目元を拭った。
「失礼しました! それでは、夏祭りのお話を始めましょう!」
次の瞬間には、満面の笑みに戻っている。
あっけに取られる黒木を尻目に、戸田は資料を広げた。
「現在、特に負担が大きいのは夏祭りの運営と伺っています!」
「そうなのよ」
田辺が困ったように笑う。
「毎年、人が足りなくてねえ。今年は屋台を減らすか、お祭りそのものを小さくするかって話も出てるの」
「なるほど! 弊社は、さまざまな夏祭り業務の外部委託をご提案しています!」
戸田が力強く答え、夏祭り運営の資料を示した。
「外部兵力を投入し、町内の実働部隊を排除する気か」
「町内の皆様が主体となる運営を維持したい、という強いご希望ですね!」
「俺たちの支配領域に、外部勢力を入れたくねえと言ってる」
「地域の自主性を大切にされている!」
「なぜそうなる……」
顔を歪める黒木に、三枝は静かに言った。
「代表、張り合ってはいけません。敵はポジティブ・サイコパスです」
戸田は楽しそうに次のページを開いた。
「もちろん、すべてを委託する必要はありません! ご予算やご希望に応じて、必要な範囲だけお選びいただけます!」
戸田は続ける。
「屋台も、食品衛生管理に対応した事業者をご紹介できます! 焼きそば、たこ焼き、フランクフルトなど――」
「焼きそば」
大門が険しい声で遮った。
「誰が焼く」
「提携事業者のスタッフです! 調理技術などを基準に選定しております!」
「ダメだ。俺は平原師匠から焼きそばを受け継ぐと約束した」
ユズルが大門を見る。
「いつの間にそんな重要イベントが発生してたんっすか?」
「インクライン・ダンベル・オーバーヘッド・トライセプス・エクステンションの個人指導を受けたときだ」
「お前、そんな長い単語言えたのか」
戸田は猛烈な勢いでメモを取った。
「つまり、町内に素晴らしい焼きそば担当者がいらっしゃるんですね!」
「そいつは強いのか。焼きそばに大切なのは筋力と強き心だ」
「鉄板運搬に必要な身体能力も、考慮すべきというご意見ですね! 持ち帰って検討します!」
大門の目が見開かれた。
「あの鉄板を……持ち帰るのか?」
「はい!」
戸田は迷いなくうなずく。
大門は戸田の体を上から下まで見た。
「お前、脱いだらすごいタイプか……」
「違うと思うぞ」
黒木は頭を抱えてため息をついた。




