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第二章「また始まる破滅」

最初の三日間、私はひたすら調べた。

舞踏会まで残り一週間。

その間に自分にできることを、頭の中で箇条書きにする。

まず、婚約破棄の「証拠」とやらを潰す。

次に、リリィという少女の素性を探る。

そして可能であれば、エドガー殿下に直接話を通す。

冷静に考えれば、やるべきことは山ほどある。

やるべきことが山ほどあるのだと、自分に言い聞かせながら、私は動き始めた。

侯爵家には顔の広い家令がいる。

父の代から仕えているクロード老人は、王都中の噂話をどこからか拾ってくる人物で、私は幼い頃から彼を「生きた情報庫」と密かに呼んでいた。

まずそこへ向かった。

 

「クロード、少し聞きたいことがあるの」

 

老家令は白い眉を上げたが、訝しむ様子もなく私を書斎へ通してくれた。

王太子の周辺で最近変わったことはないか。

見慣れない人物の出入りはないか。

そういった話を遠回しに聞いていくと、クロード老人はしばらく思案してから口を開いた。

 

「……殿下のご学友に、平民の娘が加わったという話は耳にしております。ただ、その娘について詳しいことを知る者がおらず、私も出所の掴めぬ噂には少々困惑しておりまして」

 

「どういうこと?」

 

「誰もが彼女を『以前から知っていた』と言うのです。しかしいつどこで知り合ったのか、具体的に尋ねると、皆が揃って曖昧な顔をする。まるで記憶の縫い目に滑り込んでいるような、妙な娘でして」

 

老人の言葉が、胸の奥で小さく引っかかった。

記憶の縫い目に滑り込む。

その言葉の意味を今すぐ掘り下げる余裕はなかったが、手帳の隅にそっと書き留めておく。

次に、私は婚約破棄の「証拠」を探した。

殿下が言っていた「嫌がらせの証拠」とは何なのか。

私に身に覚えがない以上、何者かが証拠を捏造したはずだ。

侯爵家の使用人を一人ひとり個別に呼んで、最近不審な出来事がなかったか確認した。

書類の改ざん、偽の証言書、見知らぬ使者の訪問。

そういったものをひたすら追いかけた。

しかし、三日経っても四日経っても、核心には届かなかった。

証拠の痕跡はあった。

確かにあった。

だが糸を手繰るたびに途中で切れる。

関係者に話を聞きに行くと、肝心の部分だけ記憶が曖昧になる。

まるで誰かが意図的に、証拠の周囲に霧を張り巡らせているかのようだった。

五日目の夜、私は自室の机に向かって紙に書き出した記録を眺めながら、初めて焦りを覚えた。

残り二日。

婚約破棄を阻止するどころか、陰謀の輪郭すらまだ掴めていない。

もっと直接的な手を打つべきか。

殿下に直接会いに行くか。

しかしそれは、令嬢が婚約者の元へ押しかけるという、礼儀上ありえない行動だ。

父に相談するか。

しかし父は先月から隣国との外交に忙しく、ほとんど屋敷に戻っていない。

それに、「一週間後に婚約破棄されます、なぜならそれを経験したからです」などと話せるはずがない。

六日目の朝。

私は意を決して王宮へ向かうことにした。

表向きは「舞踏会のドレスについて相談したいことがある」という口実で、殿下の学友である侯爵家子息に連絡を取り、間接的に殿下へ伝言を頼んだ。

直接の謁見は叶わなかったが、夕刻に庭園での短い面会を取り付けることができた。

王宮の東庭園には、秋の薔薇が咲いていた。

夕暮れの光を受けて深い赤に染まる花々の間で、エドガー殿下は私を待っていた。

その顔は、いつも通りに整っていた。

穏やかで、礼儀正しく、どこか遠い。

 

「セレナ。急な呼び出しを許してくれ。何か話があると聞いたが」

 

「はい、殿下。少々込み入ったお話がございまして」

 

言葉を選んだ。

慎重に、丁寧に、感情を挟まずに言葉を選んだ。

私の周辺で不審な動きがあること。

何者かが証拠を捏造しようとしている可能性があること。

それを婚約者である殿下にも知っておいていただきたいこと。

殿下は、最後まで穏やかな顔で聞いていた。

うなずいていた。

柔らかく微笑んでいた。

 

「心配をかけてすまない。そういった話は、父上にも相談してみよう。セレナが不安に思うのも当然だ」

 

「ありがとうございます。では殿下、リリィという少女のことも――」

 

「リリィ?」

 

殿下の目が、わずかに変わった。

気のせいかと思うほど微妙な変化だったが、私はそれを見逃さなかった。

 

「彼女は私の大切な友人だ。セレナには関係のないことだよ」

 

穏やかな声のまま、殿下はそう告げた。

友人。

婚約者がいる身で、得体の知れない平民の少女を、友人と呼ぶ。

その言葉の重さを殿下は理解しているのだろうかと、私は唇の先まで出かかった問いを飲み込んだ。

その夜、庭園から帰る馬車の中で、私はずっと外の景色を見ていた。

王都の夜は明るい。

街灯が連なり、賑やかな人の声が車窓を流れていく。

あと二日で、この街が終わる。

そう知っているのは、この世界で私だけだ。

舞踏会当日、私は最後の賭けに出た。

侯爵家の顧問弁護士を呼んで証書を用意させ、自らが嫌がらせをした事実はないという宣誓書を公証した。

さらに、信頼できる令嬢仲間に頼み込んで、私の行動に関する証言書を集めた。

証人は五人いた。

完璧とは言えないが、「証拠がある」という殿下の言葉に反論できるだけの材料は、ある程度揃えた。

舞踏会の会場に入る前、私は深呼吸をひとつした。

ドレスは深い紫。

侯爵令嬢として恥ずかしくない仕立てで、胸元には家紋の入ったブローチを留めた。

今日は倒れない。

今日は声を失わない。

今日は、最後まで立っていてみせる。

しかし。

広間に入り、乾杯が終わり、ダンスが一段落した頃。

エドガー殿下が、声を上げた。

運命は、まるで水の流れのように、同じ場所へ戻ってくる。

 

「セレナ・フォン・アークライトとの婚約を、本日をもって破棄する」

 

聞こえてくる言葉が、前回と一言一句変わらない。

私は今度こそ声を出した。

震えを押し殺して、広間の全員に聞こえるよう、はっきりと言葉を紡いだ。

 

「殿下、その断罪には異議がございます。私の無実を示す証書と証言を、ここに用意してあります」

 

広間がざわめいた。

前回と違う反応だ。

少なくとも、ただ震えて立ち尽くしていた前回とは違う。

数人の貴族が、興味深そうに視線を向けてくる。

 

しかしエドガー殿下は、静かに首を横に振った。

 

「すでに十分な証拠がある。今さら異議を唱えることは、王家への侮辱と見なす」

 

それだけで、終わった。

広間の空気が一変した。

私が証書を持ち出そうとした瞬間、隣に立っていた王宮騎士が静かに腕をつかんだ。

穏やかな、しかし拒絶する動作だった。

もう一度、時間が止まるような感覚が来た。

前回とは違う言葉を言えた。

前回とは違う行動を取れた。

それでも結果は変わらなかった。

婚約破棄は告げられ、私は断罪された。

そして。

城が、また揺れた。

今度は前回より速かった。

振動が始まってから扉が破られるまで、ほんの数十秒しかなかった。

黒い靄が広間に溢れる。

貴族たちの悲鳴が重なる。

シャンデリアが落ちた。

轟音と衝撃と砂埃の中で、私はなぜか今回、目を閉じなかった。

黒い何かが迫ってくるのが見えた。

今度こそ避けようとした。

一歩、右へ踏み出した。

しかし。

それが私へ向かっていたのではなかったと気づいたのは、もう遅かった。

天井から落ちてきた石の柱が、私を押し潰した。

痛みは、やはりなかった。

ただ、暗くなった。

――またか。

そう思いながら、意識が消えた。

意識が消える寸前、視界の端に映ったものがあった。

リリィが、笑っていた。

広間が崩れ落ちる中で、彼女だけが揺れもせず、傷ひとつなく、ただ静かに立っていた。

その顔に浮かんでいたのは、恐怖でも悲しみでも、安堵でもなかった。

まるで、予定通りだと言わんばかりの、穏やかな微笑みだった。

その笑顔を、私は暗闇の中でしばらく思い出し続けた。

そして二度目の死が、静かに幕を下ろした。









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