石巻(八)
狐娘芭蕉は、朽ち果てた木片にしがみついて、金華山沖を漂流していた。
海霧が消えると同時に、荒れていた海も落ち着きを取り戻す。
いつの間にか舟幽霊たちは消えており、彼らが乗っていた舟の残骸らしき木片だけが海上に残されていた。
「ひとまず、曾良君が連れ去られずに済んだのは良かったです。あとは拙者が無事に岸までたどり着くだけですが……」芭蕉は呟いた。
陸までの距離は、五町(約五百メートル)以上はあろうかと思われた。
「さすがに泳いでこの距離を行くのは、なかなか大変そうです」
直後、木片が二つに割れて、芭蕉の身体が海に沈む。
あぁ、ここまでか。芭蕉は一瞬、挫けそうになる。
泳ぐ気力も体力も残ってはいない。しかし、このまま流されては曾良に申し訳が立たない。
まだ、諦めるのは早いだろう。
海中で目を開けた芭蕉は、それを見つける。
海の水は透き通っており、海底が沖に向かって急に深くなっているのが見える。
深くなるにつれて、海面からの光は届かなくなり、海底は暗くなっていく。
ちょうど、海底に何があるか見えなくなる辺りに、白く輝く何かが沈んでいた。
芭蕉は、とっさに尻尾をひねり、細長く変化させると、輝くものに向かって精一杯伸ばしてみる。
海面付近からでは、全く届く距離では無かった。
しかし、次の瞬間、状況は大きく変わる。
輝く何かが、海底で身じろぎをしたのである。芭蕉は思わず息を全部吐き出してしまった。
身体が急に沈み、慌てて水を掻いて海面に向かう芭蕉。
あれは、巨大な石ではない。石が動くはずがない。
六の尾・渦巻。
芭蕉はとっさに、巻石から借りた六番目の尾の力を試すことにした。
芭蕉の尾を中心として、水中に大きな渦が発生する。
渦は水中に下降する流れを生み出し、芭蕉の身体は、逆に海面に向かって押し上げられた。
「ぷはっ!」
海面から顔を上げた一瞬で、大きく息を吸い込む。
もしやと思い、改めて顔を水につけて海底を覗き込んでみると、輝くもののはゆっくりと浮上しはじめていた。
その姿は、人間など一口で呑みこめてしまうような、巨大な魚影であった。




