石巻(七)
「くっ、離れなさい!」狐娘芭蕉は舟幽霊たちから逃れようと六尾を振り回す。尾で打たれた舟幽霊たちは、一瞬動きが止まるが、全く効いていないらしく、逆に尻尾を掴もうと手を伸ばしてくる。
『芭蕉よ。これは特訓の機会と思うが良い。我はお主の命が尽きる直前まで助けはせぬ』芭蕉の脳裏に九尾の狐の声が響く。『昨日、曾良に我が力を説明してやったのを、お主も聞いておったじゃろう。それらを上手く使いこなし、見事この場を脱して見せよ!』
どうやら今回は、ただちに命の危機が迫っているという状況ではないらしい。
であるならば、まずは落ち着くことからだ。
身体が満足に動かない状態で無闇に動けば余計な怪我のもとである。
芭蕉は、恐怖で震えが止まらない身体から無駄な力を抜いてしまう。
とっさに目を閉じ、芭蕉はその場で腰を下ろし、座禅を組む。
一秒、二秒、三秒。
姿勢を整え、呼吸を整え、心を研ぎ澄ます。
思考が冴えわたる。しばし恐怖が薄らいだ。
「今!」
目を見開いた芭蕉は、尾を器用に使い、困惑していた舟幽霊たちを、六本の尾で巻き取るように捕縛する。
そして間髪入れず、二の尾・魅了を使った。
すると、尾を通じて、魅了された舟幽霊たちの心の声が伝わってくる。
亡者たちは、ずっと謝っていた。
生者を引き込むことは、彼らにとっても本意ではなかったのだと芭蕉は理解する。
しかし、それでも荒れる波間の寒さに震え、温かさを求めて、光り輝く魂の方へと手を伸ばしてしまう。
やがて泡となって消えるまで、舟幽霊たちは溺れる者が藁にすがるような思いで、生者を追い求めては沈め続ける定めなのだ。
芭蕉は、思わず涙を流していた。
そして、つい先ほどまで彼らを拒否しようとしていた自分を恥じた。
彼らに求めているものを与えてあげたい。そう思った時、尾による捕縛は抱擁となっていた。
「長い間、辛かったでしょう。せめて今は温かくお休みください」
まるで泣いた赤子をあやすように、尾を揺らしつつ、芭蕉は大伴家持の詠んだ歌を引用する。
『天皇の 御代栄えむと 東なる 陸奥山に 金花咲く』
見る見るうちに海霧が晴れ、芭蕉の眼前、海の向こうに金華山が現れた。
黄金の花が咲くと言う伝説の山であった。




