石巻(九)
芭蕉は確信した。身体に白い斑点を持つ巨大な魚影。これが『沖合の海中に光る石』の正体なのだと。
巨大な魚影は、海面付近を漂う芭蕉の元へと、ゆっくりと浮上して向かってくる。
単純な体格差だけを考えても、戦うべき相手ではない。
芭蕉は六の尾・渦巻を真横に向け、巨大な魚から逃げることに選んだ。
「これなら、拙者の身体でも、何とか岸までたどり着けそうですね!」
尾が作り出す水流は、泳ぎがあまり得意ではない芭蕉の身体を素早く陸の方へと押し出してくれた。
直後、先ほどまで芭蕉がいた位置の海面が大きく盛り上がる。
白い斑点を持つ巨大魚の頭が、少しだけ海面から出て、芭蕉を見送っていた。
「効くかどうか、分かりませんが……!」
二の尾・魅了。
少しでも逃げられる可能性を上げるため、伸ばした尾で巨大魚の頭を撫でておく。
――ありがとうございます。舟幽霊たちを助けてくれて。
芭蕉の脳裏に、思いがけず巨大魚の気持ちが流れ込んできた気がした。
振り返ってみると、巨大魚は身を翻して、沖へ向かって泳いでいく。
「それを伝えるためだけに、わざわざ海上へ……?」驚く芭蕉を残して、巨大な魚影は水底へと消えていった。
宮城県金華山沖には、とある海の妖怪の伝説が現在まで伝わっている。
その妖怪は、人に危害を加えることはなく、船の下に入り込むと身体で船を支えられるほどの巨体であるという。
出現した時には大漁になるとも伝えられる、その妖怪の名は――。
ジンベイサマ。
その特徴や呼び名から、その正体はジンベエザメではないかという説もある妖怪だ。
狐娘芭蕉が金華山沖で目撃したのはジンベイサマだったのか、という点については、専門家の間でも意見が分かれるところである。
ただ、少なくともジンベエザメが日本近海を訪れる季節は、初夏から秋であるということは事実だ。
その季節は奇しくも、狐娘芭蕉が石巻を訪れていた時期と被っている。
「芭蕉先生! 本当に良かったです。ご無事で……!」ほどなくして金華山に到着すると、波打ち際では曾良が出迎えてくれた。
「はっはっは、今回ばかりはもう曾良君と今生の別れになってしまうかと思いましたよ」珍しく冗談を言う芭蕉。
「縁起でもないことを言わないでください!」曾良は少しだけ怒りつつ、ずぶ濡れの狐娘を強く強く抱きしめるのであった。




