石巻(四)
旅籠屋『四兵へ』の主・四兵衛は、妖怪変化の類を見慣れているらしい。
六尾になった芭蕉が旅籠屋に戻って寛いでいると、部屋に四兵衛が尋ねてきた。迂闊にも六尾を広げたまま出迎えた狐娘の姿に、四兵衛は驚く素振りも見せず用件を話し始めたので、芭蕉の方が驚かされてしまった。
「お客様。沖合の海底に光る石があるか調べたいとのことでしたが、明朝、金華山に向かう船がございますので、それを使っていただくのがよろしいかと」
四兵衛はまだ年若い青年であったが、その立ち居振る舞いは丁寧で寸分の狂いもなかった。
「調べてくださったのですか。ありがとうございます」曾良は頭を下げた。「港でも聞き込みをしてきたのですが、舟の当てがなく困っておりました」
「旅人の幸せが旅籠屋の幸せでございます。明日は、四兵衛も同行いたしますので」四兵衛はそう言って去っていった。
「親切な主人で助かりましたね。それにしても、拙者の六尾を見ても全く動じませんでしたが……、目が悪いのでしょうか」慌てて六尾をしまった芭蕉が呟いた。
どうも見えていないわけではないらしい、ということは、まもなく判明した。
夕飯に、小ぶりの稲荷寿司が六つ出てきたのである。
元禄二年(一六八九年)五月十一日
翌朝、最初の舟に乗り込んだ。早朝であるため、乗客は疎らである。
金華山へ向かう舟は、ちょうど巻石の傍にある『袖の渡り』から出ていた。
対岸に渡るだけの船とは異なり、金華山へ向かう舟は日に数隻しか出ていない。
「あまり身を乗り出さないようにお願いしますね。結構、海に落ちる人がいますので。――と船頭さんが言っています」
四兵衛が一緒に舟に乗り込んできた時は、流石に曾良も驚いた。
確かに同行するとは言っていたが、『袖の渡り』までだとばかり思っていた。
「旅籠屋を放置して大丈夫なのですか」曾良が心配して確認する。
「ええ、常日頃から、四兵衛が居なくても数日は問題なく回せるように指導していますので」四兵衛は表情一つ崩さずに答えた。
この四兵衛という男、感情が全く読めない。しかし、頼りになりそうな人物であることは間違いなかった。
「船頭や他の乗客には、俳諧師であることを伝えてしまってよろしいですか? 訊かれておりますが」四兵衛は船頭や他の乗客との通訳になってくれた。
船頭は、舟から見える北上川沿いの景色について解説してくれていたが、訛りが強く、よく聞き取れなかった。
「我々が旅の俳諧師であることは、お伝えいただいて構いません」曾良は答えた。
石巻湾から海に出ると、急に波が出てきた。
「しっかり捕まっていてください。――と船頭さんが言っています」
「え、えぇ、大丈夫です。しっかり捕まっています」芭蕉は舟の縁にしがみ付くようにして、水しぶきで顔を湿らせていた。
「大きな舟なのに、思ったよりも揺れますね」曾良は、いざという時にすぐ芭蕉を守れる位置に腰かけていた。
「今日は特別、波が激しいようです。普通はここまで酷くはありません。まるで、海が怒っているようだ――と船頭さんが言っています」




