石巻(三)
少し遅めの昼食を終えてから、狐娘芭蕉と曾良は日和山という小さな山に登った。
石巻の町が一望できるという噂は真実であった。
眼前には、北上川が右手に見える石巻湾へと流れ込んでいた。
奥の海、遠島、尾駮の牧、真野の萱原などの歌枕は、恐らくあの辺りだろう。いや、こちらではないか。
遠景を見ながら話しあうのも楽しい時間だったが、あまり長居はしていられない。
港の方へと足を運び、沖合の海底に光る石があるという噂について聞いて回った。
しかし、夕方までかけても特に成果は出なかった。
「五郎八姫も、数十年前の噂だと言っていましたし、今では廃れてしまった伝説なのかもしれませんねぇ」芭蕉は肩を落とした。
「夜は舟を出せないとのことですし、明日の早朝に改めて交渉ですね……」曾良も不安そうであった。「まぁ、今日のところは暗くなる前に宿に戻ることにしましょう」
江戸時代は、漁は日中に行うことが一般的であった。例外として、上方で篝火を焚いて漁をしていた記録が残っているが、一般的ではなかったという。
ふたりは、北上川沿いを歩いて宿に帰る道中、河畔にある住吉の神社に参拝した。
「この辺りに『袖の渡り』があると聞いたのですが」曾良は、境内にいた初老の男性に尋ねる。
「えぇ、すぐ正面だよ。ご案内しよう」
『袖の渡り』というのは、源義経が奥州へと下る際に使ったと言われている渡し場だ。
船賃が払えなかった義経が、船頭に自分の袖を千切って舟賃の代わりに渡したことからこの名が付いたとも言われている。
袖を渡された船頭は、さぞ困惑したことだろう。
しかし、実際のところは、『袖の渡り』という歌枕は、更に古くから存在していた。
平安時代のこと。
藤原実方が陸奥守として奥州へ下るに際して、清少納言が詠んだ歌に次のようなものがある。
『とこもふち 淵も瀬ならぬ 涙川 袖の渡りは あらじとぞ思ふ』
寝床が淵になるほどに悲しく、浅瀬もないような涙の川となっている。清少納言は藤原実方に恋をしていたのである。
「ちなみに、この辺りにある有名な石の伝説などはご存じないでしょうか」曾良は、神主だと言う初老の男性に改めて尋ねる。
「ええと、石といえば……」男性は曾良の背後に隠れていた狐娘芭蕉を二度見してから答えた。「川の水面さ浮がぶ石はご覧になったが?」
「そう言えば、すぐそこに見えますね」曾良は、鳥居の目の前を流れる北上川に目をやった。岸から程近く、川の中に大きな石の頭と思われるものが付き出している。
「あの石の周りは、やだらど水が渦巻ぐのだ。巻石ど呼ばれでいる。一説には、石巻の地名の由来ども」
「そうなんですね。ちなみに、不吉な話などはありますか?」曾良は、さりげなく実害が無いか聞いてみる。
「いやぁ、聞いたことはないですね。袖の渡りを使う人で、わざわざあの石の傍に近づこうとする人は少ないですし」
確かに、渦巻くような場所に舟で近づこうという人は少ないだろう。かと言って、岸から手を伸ばして届く距離でもない。
仮にこの石が殺生石の欠片だったとしても、実害は少ないのかもしれない。曾良はそう思った。
「ご案内いただき、ありがとうございました」芭蕉が礼を言う。
いよいよ神主は我慢ができなくなった様子で、
「先ほどがら気になってだのだが、なすて僧の格好した狐などを連れでる?」と曾良に尋ねた。
「実は我々は旅の俳諧師でして。僧ではないのです。わけあって、狐娘の姿に変えられてしまった師匠を元の人間に戻すために、各地の伝承を調べておりまして」曾良は言った。
あっけに取られた神主は、「まさがほいな事情があったどは……。あまり力になれねで申し訳ねぁー」と言って頭を下げて境内へと戻っていった。
「いえいえ、お世話になりました」曾良は、神主の後ろ姿を見送った後、芭蕉に目で合図を送る。
小さくしていた尾を細長く変化させると、芭蕉は岸から巻石に向かって尻尾を伸ばした。
「神主さんは、あまり力になれないと謙遜されていましたが、とんでもないですね」尾で巻石に触れることに成功した芭蕉は、微笑んだ。
「えぇ、まったくそのとおりです」曾良は元の大きさに戻してもらった芭蕉の尻尾を丁寧に数える。
確かに、六尾になっていた。




