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59 面会、対談、取引

「ガルシア・ギナサー殿で間違いありませんね?」


「あぁ。今は俺がガルシア・ギナサーだ」


 向かえに来た衛兵に、ガルシアが飄々と答えた。

 その姿は教団施設に居た騎士と似ているが、より洗練された、芸術にも近い容貌だった。服装は機能性が何よりと思ってはいるが、こうも華美だと羨ましくも感じる。


「ご案内します」と衛兵が計四名、ガルシアを半包囲するように立って進み始める。十分すぎる護衛にも見えるが――――ガルシアの性分を知っていると、護られているのは周囲の方だと思えてしまう。悪戯防止のための見張り役だ。


「……ダメだ、なんか緊張する」


 別のことを考えていようとしても、やはり場の空気に当てられてしまう。

 王と呼ばれる人物と相対すること、情報を持つ人物に会うことを楽しみにされていること。どんな立場であれ、格の違う人物とまみえるのは非常に恐ろしく思える。


「なんだ、そんな心配してるのか?」


「は?」


 ガルシアが僕を心配するが、先に反応したのは衛兵らの方だった。


「おっと、気にしなくて良いからな。先駆物万々歳ってことさ」


 耳元の無線機を見せびらかすと、わざとらしく手をかざした。


「で、何がそこまで不安なのさ」


「色々だよ……まず、何のために会うのかも分からないんだぞ?」


「俺は分かってる。大丈夫だって、信じてくれ」


「お前の何を信じろって言うんだ」


「口の巧さ……じゃなくて、言葉選びだ」


 直ぐ傍で話しているが、口ぶりは電話のそれだ。

 こんな演技を挟まなければ疑われることも分かっているが、それ以上に彼は楽しそうに喋る……こうやってふざけることが目的であるように。


「一人や二人で世界は変えられない。戦争にだって勝てないし……時間も掛かる。数万人、それ以上の『誰か』が一緒になってくれないとな」


「……僕たちの立場から頼むような言い草だ」


「当たり前だ。誰かに命令されるのは好きじゃないし、好きな『やり方』というものがある。やるなら楽しく、自分のやりたいようにだ」


 ガルシアが目の前の建造物を見上げる。僕もそれに倣う。


 距離感が可笑しくなる。すぐに辿り着いてしまいそうで、実際はまだ百メートルほど離れている。規模が二回り以上に大きすぎるのだ。


「向こうの流れに乗るつもりはない。俺達が動きやすいよう、ちゃんと『交渉』するつもりさ……可笑しいこと言ったか?」


 問いかけは僕でなく衛兵に向けたようで、どこか呆れられたような、馬鹿にされたような視線が彼に刺さっていた。


「ああいや、お前に言ったわけじゃないぞ。こっちの奴が……」


「面倒くさいな、回りくどい」


「それには同感。まぁなんだ、お前は俺の手助けをしてくれりゃあいいのさ」


 ようやく建物の中に入る。ファンタジーとは無縁の、無機質なエントランスだ。

 ここが王城と言われなければ、前衛的なIT企業のビルと言われても信じられる。


 生理的な嫌悪感は、教団施設よりもずっとマシだ。


「手助けって、何をしろと」


「言われたとおりにすれば良いのさ。お前ならどうすりゃいいか察せる」


「……裏目に出ても知らないからな」


「平気さ、互いに信じてるだろ?」


 衛兵が扉の前に立ち――――開いた先の空間の狭さから、エレベーターだと分かった。

 比較的見慣れたテクノロジーがこうして異世界にもあることに違和感を覚える。科学技術の進度が滅茶苦茶すぎるのが原因だろう。


 弓矢に銃、熱線に永久機関が同居する世界だ。まともに考えたら頭が可笑しくなる。



 今はガルシアのことに集中しよう。何をするつもりかは――――大方分かってしまうのが悲しいところだが、少なくとも僕のためにやっていることに変わりはない。


 そうだ、僕はこの男を半分無償で信じることにしたのだ。

 破天荒だが、悪いようにはしない――――僕自身、彼を信じられるようになるとは思っていなかった。


「そろそろ切るぞ、流石に王様の前で雑談するわけにも行かない」


「なら、最後に一つだけ」


 僕の問いに答えない、という宣言の前に、駄目元で確かめてみる。


「何が目的で、こんなところに僕たちを呼んだんだと思う?」


「そりゃお前、『お話』するために決まってる」


「…………」


 にっと笑ってガルシアは答えた。元から期待はしていなかったが。

 何をどう訊いたものか、僕の余裕ではもう考えられなかった。


 どうとでもなれだ、今の僕は多少なれど自由に動ける。対応できるだろう。


 ――――――――いや、もう自由でもないか。いやいや、違う。


 元から自由とは違う気がした。今の僕は、完全な自由ではない。










 慣性が消えた後、開いた扉の向こう側。

 フラクタルが装飾として起用され、窓の向こう側は空ばかりが広がっていた。




 王政区とやらが元から静かだったのはあるが、もう足音しか聞こえない。

 風が窓を振るわせることもなく、誰かの話し声が響くこともなかった。


 静けさが威厳を手に振る舞おうと決めたように、空気が重苦しかった。



 足音も止まった。数秒、本当に世界は静かだった。


「……ここでお待ちを」


 衛兵が静かに言うと、一人が眼前に佇む扉――――凝った装飾も、用途を示すプレートもない、本当に真っ白な扉の向こうへ消えていった。

 一瞬だが部屋の中が見えた――――歴史も何も感じられない、プラスチックのような雰囲気だった。過去など必要ない、ここはどこでもないと静かに、確かに伝えてきた。



 待っている間、今一度周囲を見渡した。

 どこにも埃が積もっているように見えない。壁、天井、僕の足下にすら、何かがあったような痕跡は付いていなかった。白色の平面は、形を得た瞬間から何一つ変わるつもりがないように思えて――――もしそうだとしたら、一体何年前からこのままなのだろう?



 考える間もなく、扉が開かれた。

 改めて内装を一望することが出来るが、印象は変わらなかった。



 壁面や天井は言わずもがな、椅子、長机、この建築物に属するもの全てに使用感は見られなかった。今この場で歴史があると思えるのは――――広げられている資料に、外壁一杯に取られた窓の向こうの景色に――――着席して僕とガルシアを出迎えた、九人の身なりと目付きだけだった。


 僅かなその歴史が、僕には重く、強くのし掛かってきた。



「代表諸侯方、そして聡明なる国王陛下」


 同じように感じているはずの男は、すっと通る声を出した。


「指摘される前に申しておきますと、『我々』は正式な場というものに慣れておりません。些か無礼な振る舞い、言動をしてしまうことでしょう。どうかご容赦を」


 一歩進み、正しいのか分からない一礼をする。投げかけられる視線は冷ややかなものだったが、いつも通りだと言いたげに、全く気にしていない。


 代表諸侯、ガルシアがそう言ったのは、左右に連なる八人のことだろう。


 狼、狐、蛇、猿、鷹、猫、熊、雄牛。この場に人間らしい人型生命は僕だけだった。誰もが獣の皮を被ったようにヒトらしさは無く、種に特有の瞳はどれもが鋭い。代表の諸侯、その名に相応しい人相が漏れなくガルシアを睨んでいる。


 そして、上座、部屋の最も奥に鎮座する影。

 座っているはずなのだが、その背丈は僕を――――百七十センチを呆気なく超えているように見えた。深い黄金色の体毛に、底の見えない、光をたたえた碧眼。


 獅子の姿をした王は、決して僕なんかが相対して良い存在ではなかった。

 数メートルは離れている、その者は静かに座り、ただこちらを眺めている。だというのに、僕の背中は氷が伝い、直感が逃げる準備をすべきだと警鐘を鳴らしている。



 敵にしてはいけないと、ただ居るだけで伝わるものなのか。


「……貴官が、ガルシア・ギナサーで間違いないですね?」


 最初に口を開いたのは、蛇顔の人物だった。声が高いが、男性に思える。


「えぇ、その通りでございます」


「ふむ、アーラキアでの敵勢力の殲滅……ギフテッドであるとは耳に入れておりましたが」


「ハッ! こんな男が出来ると信じるのか!」


 発言を遮るように、雄牛が勢いに任せて叫んだ。


「こんな、冴えない、男が、たった、一人で! くだらん戯れ言を!」


「ユートレス候、落ち着き給え」


 猿顔が窘める。丸眼鏡を掛けた姿は最も人間に近いが、やはり動物である。


「事実として、アーラキアは無傷と報告があった。前線担当官が彼と取引したことも、契約通りに敵を殲滅し、街を守ったことも、全て事実であろうが」


「その報告で、敵勢力が数万と言っていたであろうが! そんな人数をどうして一人で、こうしてのうのうと、ここまでやってこれているのか! 有り得るわけが無かろう!」


「有り得るわけが無いとはねェ、ギフテッドにこの世界の常識が通用するとお思い?」


 ユートレス候の苛立ちを増長させるような口調で、狐顔が笑う。


「初めまして、私はナクモと申します。ガルシア殿、先日のけたたましい爆発、貴方の仕業でなくて?」


「そこまで伝わっておりましたか。噂というものは風より早い」


「ふふ、やっぱり。これで如何です、ユートレス候?」


「ぐぐ、ナクモめ、好き勝手言いおって……」


 愚痴をこぼしながら、それでも頭は冷えたのだろう。周囲の視線も後押しして、彼は腰を下ろした。


「……ガルシア、本題に入らせて貰おう」


 代表諸侯が落ち着いたのを見計らい、獅子王が切り出した。


「陛下、その本題ですが」


 それでもって、ガルシアが押し止めた。死ぬリスクを無視できるからとはいえ、本当に好き勝手やる男だ。


「差し詰め、ミクサマルのために働け、と申すのでしょう?」


 だとしたら、と口にしたときには、雄牛が直ぐにでも突っ込んできそうな様子だった。


「……お断り致します。無論、違うのならばどうでも良いことですが」


「貴様ァ!!」


 先程よりも強く、今度はガルシアに向かって歩み寄ってくる。


「戯れ言はまだしも、陛下への不敬は許せぬ! 衛兵!」


 この怒りは義憤なのか、単に気に入らないからなのか。

 社会における権力はどこまでも強いもので、僕たちを連れてきた騎士の一人が鞘から抜こうと――――する直前。



「待て」



 騒がしくなった空間に、本来なら掻き消されたであろう静かな制止。

 しかし、効果は直ぐに現れた。


「……宜しいのですか、陛下?」


 言ったのはガルシアだった。


「その方の申すとおり、私は不遜な態度を取りましたが」


「構わぬ、続けよ」


 含意があることを察したのか、それ以上何かを言う様子は無かった。


「ならば、続けさせて頂きましょう」


 一呼吸置き――――この間に内容を考えていても可笑しくない――――彼は話し出す。


「先程の言葉はつまり、『貴方がたに頭は垂れない』という意味しかありません。私が忠誠を誓うのはただ一人のみですし、その主も人に従う性分ではございませんから」


 ちらりとこちらに目をやる。何も言うな、という目付きだ。

 とんでもない結論に至ったときは覚悟しておけ、と睨み返してやった。


「我々は『取引』という形で引き受けたいと考えております。主従の関係で無く、対等な相手として」


「何を……!」


 ユートレス候が再び口を開くが、直ぐに押し黙った。

 彼だけでなく、他の諸侯も幾ばくか驚いて――――或いは嘲るように反応していた。とんでもないことを提案しているのは、ガルシア本人が一番理解していることだろうが……。


「……取引、か」


「その通り。我々は貴方がたの欲するものを提示し、こちらの求めるものを提供して頂く――――シンプルで、後腐れないように」


 一歩前に進み出る。僕からは表情が見えなくなった。


「我々が提供するのは――――暫くの平和。どのような形であれ、この戦争を終わらせて見せましょう」


「平和、か」


 口を開いたのは、狼顔の男だった。

 王をちらと見てから、彼は続ける。


「私はバルト。その言い方では、どの国に付こうと構わないように聞こえるが」


「ええ、お察しの通り」


 長机に両手を付いた。この重圧に怯む様子がないどころか、楽しんでいるようにも思える。


 バルト、どこかで耳にしたような気がするが……この世界に知り合いがいるはずがない。気のせいだろう。


「我々の望むように戦争が終わるのならば、皇国側に立っても良いのです」


 皇国、と言う言葉に反応するかと思ったが、代表になるだけある、目立った素振りは誰も起こさなかった。

 ユートレス候のみは、いつ再燃しても可笑しくない様子だが。


「……あくまで、と言うことだろうな?」


「無論、これは取引です。提案によっては譲歩もします。逆に言ってしまえば……我々の条件さえ飲めば、後はご自由にと言うことです」


 二人で出来ることなどたかが知れていますから、と自嘲気味に笑った。


「一騎当千の兵も、万の敵を前に勝てますまい。質より量は戦の基本……不可能ではありませんが、時間が掛かる上に非効率ですから」


 先の戦闘で数万人を殲滅した男が何を言うか、本当に憎らしく、怖いものを知らない。

 そんな奴に巻き込まれてしまったのは不幸なのか、それとも幸運なのか。


 ここに居るアニマリアもそうだが、この男も敵にしたくない。


「……成る程、取引に固執する理由はそれか」


 王が身を僅かに前へ倒す。微かに生まれた空気の流れを感じ取れそうだった。


 一つ尋ねたい、と言う。


うぬの話すところでは、尽くすあるじが居るであろう。何故その者がこの取引に立ち会わぬのか?」


「えっ?」


 ガルシアが素っ頓狂な声を上げ、直ぐに慌てて見繕う。


「失礼、まさかとは思いますが……私をからかって遊んでいるわけではこざいませんよね?」


「何故にそう思うか」


「それは……その、お気づきかと思っておりまして」


 机から手を放し、姿勢を整えながら僕に半身を向ける。

 動揺した理由は知る由もないが、もう落ち着いているのは視線で分かる。



「もう一人、私の主は……この場にずっと居りましたから」


「……いいんだね?」


 僕は尋ね、彼がゆっくりと瞬きをするのを見た。


 どうするかは僕に一任されている。演技や表現は彼に敵うはずもないが――――ことが上手く運ぶようにしなければ。



「ッ!?」


 一歩、努めて音が響くように、僕は前に進んだ。


「――――本当にお気づきになられませんでしたか。まぁ確かに、私を含め六名の足音、入室するまでの数歩では紛れて分からなくても可笑しくありませんが」


 発言までに時間があった。今考えついた文面なのだろう。本当に良くやる。


「改めてご紹介させて頂きますが、私の主は――――姿を持ちません。それにどうか落ち着いて。我々は『取引』をしたいのですから」


 たった一歩の足音で、全員が警戒を示していた。ほぼ全員の腰が浮き、何が起きても直ぐ動けるように――――とはいえ、権威を失う程でもない。


 僕の正体を知ったら、何度死んでもお釣りが来そうだ。


「……貴官の主も、ギフテッドか?」


 バルト候が多少棘のある声色で尋ねてくる。まだ全員の名前を知ってすらもいないが、諸侯の中で最も落ち着きがあり、誠実であるように思えた。


「少々、特殊ではありますがね」とガルシアが僕の傍にやってくる。


「与えられたというより――――奪われた、と表現する方が近いと思いませんか? 姿もなく、声も直接聞こえることもないんです。こうして交渉することも、知り合うことすらも難しい――――私が代弁しなければ、こうして警戒されるのがオチなんですよ」


 そのまま僕を通り過ぎ、何も無い虚空を回り始めた。そこに僕がいると言いたげに。



 私が喋るのはここまで、と主導権を渡した。


「答えはこの場で出さずとも結構です。主はまだ別の用件がありますから……陛下の耳には入られているはずですが、如何でしょう?」


 その発言に、全員の目が王へと向けられた。

 暫くは視線を浴び続けるままだったが、ゆっくりとその体躯を持ち上げた。


「皆、彼の者らに付いては余に任せよ。本来の議題について、結論を出しておくように」


 思っていたとおり、とんでもない巨躯だ。たてがみの分もあるが、幅は僕が二人、身長も二人あっても可笑しくないと思えた。


「ガルシア、そして主とやら。余に付いて参れ」


 長机を回り、僕に最接近したとき、言いようのない覇気に恐ろしくなった。

 ただ歩み、話すだけで十分だった。納得できるだけの要素に溢れていた。



「それでは、諸侯方。ひとたび失礼」


 恭しく一礼をしてから、ガルシアは王の脇に付いた。

 足音を響かせて、僕はその隣を歩いた。














 白い廊下、真っ青な空。ここから見下ろす街は、ひどく細々としていた。


「良いのですか? 護衛すら付けず」


 会議室から暫く歩き、エレベーターでより上に向かった後、僕も抱いていた疑問をガルシアがぶつけた。


「取引をしに来たのだ。何を危惧することがある」


「それはまぁ、嬉しいことで」


 淡々と答えるその裏にあるのは自信か、信頼か、慢心か。

 どちらにせよ、三人きりの廊下は張り詰めた空気で一杯だった。


「貴公らの望む終わりとやら、訊かせて貰おう」


 王は前を見据えたまま始めた。僕もガルシアも、見上げなければ目すら合わない。


「簡単で、単純なことです」とガルシアも同じように前を見たまま答える。


「皇国と平和的に講話すること。どんな見た目だろうと、誰もが同じラインから、同じように前に進めるように終わらせたいのです」


「平和に……平和とは、脆く、儚いものだ」


「だからこそ、価値を見いだせるものでしょう。私だって大言壮語を吐いてることは自覚しています。だとしても――――やはり、同じ見た目の人々が苦しんで、辛い目に遭っているのは見たくないし、あって欲しくもありませんから」


 陛下もそうでしょう? と返すが、答えは戻って来なかった。


「……不可能ではない、と私は思っています。そちらに報告の行った戦闘の時、私は確信しました」


「何を」


「病魔の存在を。それは酷く重い、大変な病魔でございます。ミクサマルが――――いえ、アニマリアとヒューマリアが撒いた種であり、恨み辛みを糧に育った病……」


「……圧政か」


「国家という枠組みで犠牲となるのは、抵抗する術を持たない民でありますから。例え根底に恨みがあったとしても、果たして死を受け入れられるほどに根深く、命を投げうるほどに価値があるものでしょうか?」


「…………」


「強制された復讐など、その人への侮辱に他なりません」


 暫く沈黙が続いた。ガルシアはどうアプローチするかを、王はどう問いかけてくるかを思考し続けていることだろう。


「……陛下は、人類と共存できるとお考えですか」


「む……」


 王は口ごもったが、言い憚れることがある訳ではなさそうだった。


「…………迫害は先代の罪である。が、余の一存で決めることではない」


「決める必要はありません。単にどう思っているかを訊きたいのです」


 窓のある廊下から離れ、人工の照明が床を照らすようになった。

 ますます生命の存在が感じられなくなる。自分たちが異質なものであるように思えてくる。


「罪は、償わねばならぬ」


「つまり、協力して頂けると?」


「…………」


 廊下の奥、突き当たりが見える。壁面全体が扉のようで、中央に装置らしいものが見て取れた。


「……どちらにせよ、汝らの協力は不可欠だ。そうしたいのならば、否定はしまい」


 その装置の前まで来ると、王は毛深い右手をかざし――――半分ほどゲル状の中に沈めた。微かに幾何学模様が発光し、浮かんでは消えている。


 数秒すると、駆動音も無く壁が開いていった。中は王がどうにか入れるほどに狭く、ただひとつ、教団の施設で幾度か使った装置が鎮座しているだけだ。


「思い返せば、主の名を聞いておらぬな」


 廊下の脇に逸れた王が、僕の居る空間を漫然と見る。


「確かに、陛下も主も互いの名前すら知らない。これは失礼しました」


 思い出したように、ガルシアは無線機を外し、王に手渡した。

 これはと言う問いに、僕と言葉を交わすための先駆物だ、と言って。


「……ほら主、どうぞ」


「さっきから主、主って……いつから僕の侍従になった?」


「陛下はもう聞いてますよ」


 もう堪らないと言い返した言葉は、王にもしっかり聞こえているようだった。


「…………貴公も苦労しているようだ」


 感情の起伏が少ない人物ではあるが、確かに同情の念を感じた。


「いえ、へ、陛下ほどでは」


 使い慣れない単語に突っかかりながら、せめて誠実にと言葉を選ぶ。


「朝凪と言います。彼が勝手に言っているだけで、僕は大した人ではありません」


「オルギニス=バルニダリア・ミクサマル。謙遜は不要だ。己の価値を下げる」


 先程装置に突っ込んだ手を僕へ差し出してくる。いつも通りその方向に僕はいないのだが、もう慣れたものだ。


「……小さいのだな」


「陛下が大きすぎるだけでございます」


 ガルシアが茶化してくる。そろそろ殺されても良いんじゃないか。


「アサナギ、あの御方はその向こうにおらせられる。行き方は……」


「大丈夫です。似た装置を使ったことがありますから」


 大きく手を開いても、オルギニス王の手の平に満たなかった。

 まるで自分が子供扱いされているような――――原因の比重はガルシアに傾く――――気分になりつつ、転移装置の機構を作動させる。


「……陛下、先程は『皇国とも手を組む』と申しましたが、実際の所は違います」


 背中でガルシアが交渉の続きを始める。僕がいてもいなくても、この男は上手くやるだろう。


「我々には枷があります。自由である私と主とが縛られる、たった一つの枷のような存在が。それを陛下にお伝えしておきます。信頼に足るのは陛下のみと思いました……」


 枷という言葉に、何かが引っ掛かった。

 確かにそう言い換えられるかも知れない、けど、そんな言い方は――――例えそう思わせたくとも、してほしくない。


「何故、それを余に」


「我々を信用して貰うためでもありますが、無論――――――――」


 先の言葉を聴く前に、瞳の奥に閃光が走った。

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