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58 エネストラ

「――――カズ、嬢ちゃん、ちょっと来いよ」


 ハッチからずっと外を眺めていたガルシアが、車内の僕らに手招きをした。


「何かあったのか?」


「それ以外にあるか? 良いから早く」


 随分と急かす様子で、笑顔に全く悪意は無かった。

 何か僕らに見せたいものがあるのだろう、イリアに手を貸し、先に昇って、彼女を引き上げるまで、ずっと早く早くと言って聞かなかった。



「んしょ、よいしょ……わっ、とと」


 風圧に身体を持って行かれそうになったが、すぐさまガルシアの支えが入り……僕の腕の中へと収められた。イリアは姿勢の維持に手一杯で、彼のにやけ顔に気付いていない様子だった。


「……わぁ、うわあああっ!!」


 外れそうなフードを押さえたイリアが、目の前の景色にそんな声を上げた。

 先程までの沈んだ顔――――僕の傷や、先程の戦いに不安の色が濃かった表情に、ぱっと陽の光が当たっているようだった。口の形が驚きから喜びに移るさまは、きっと彼女の心情をありのままに表現してくれていることだろう。


「うおぉあ……」


 何がイリアをそこまでさせるのか、僕も前方に広がる光景へと目をやった。



 広く緩やかな平原、大橋の架けられた大河、地平線を鋭く刻む山脈。絵に描いたような、というありきたりな比喩がこれほど似合う自然はそうそうないだろう。


 だが、その絵の主題はそれではなかった。 



「聖都エネストラ――――大陸最大の都市であり、ミクサマルの首都であり、教団の総本部であり――――先駆文明とやらの残滓がそのまま残っている場所だ」


 風に煽られ、心地よさそうにガルシアが説明してくれた。


 雄大な自然をも飲み込みそうな規模の建造物群は、燦々と降る日光を白く反射していた。その外郭はこれまでに見慣れた古風さが見られるが、中心部に近づくにつれ――――文明が進歩していく相関図を見ているかのように、外見が未知のものへと変貌していて、比例するように白く輝いているのだ。



 きっと中枢にあるのであろう、低い雲になら届いてしまいそうな尖った三つの人工物。周囲に白い軌道を纏うそれは、巨大なモニュメントと言われても納得してしまいそうな芸術性を持ち合わせていた。


 その構造体を護るような、幾重に、複雑に囲う厚壁。合間に伸びる家々。エネストラという一つの都市を構成するそれらは、この場所からは未だミニチュアのように見える。

 にもかかわらず、末端まで含めれば、両腕を広げてもなお余るほどの巨大さを誇っていた。これを見せられて反応しない人物などいるはずがない。



「あと三十分もすれば、街の端っこに着くはずだ」


 そう言いながら、僕らの反応を見て満足そうなガルシア。彼にとってはあの街よりも、眼前にある二人組の方が価値があるようだった。


 僕は、一つの芸術のような光景からそんな彼に、そしてイリアへと目を移した。


 縁に座って、身体を僕に完全に預けて、目を見開き、口を大きく開いて笑顔を作っている。風に吹かれた今の彼女は、これまでのどの時間よりも純粋で、まっさらな自分自身でいられているように見えた。



 僕にとっては――――ガルシアのように、彼女に価値があるように思えていた。



「……コホン、カズ、おい」


 見とれていると、ガルシアに声を掛けられる。

 僕に用件があるのは明白なのだが、その視線は妙に上向いていた。


「抑えてやれ……お前はともかく、俺には勿体なさすぎる」


 下の方に指を差してそう言ったが、それだけでは何を言っているのかさっぱりだった。


 彼の指先、その延長線上へと視線が動く…………ガルシアの言葉の意味を察するにはそうするしか無かった。


「……!!」


 無かったのだが、見てからでは遅すぎるものだった。


「きゃっ」


 すぐさま腕が動き、風に好き勝手されているそれを抑えこむ。ガルシアからも僕からも見えなくはなったが……僕の脳は、見てしまったその光景、その色を忘れさせてくれそうにない。


「カ、カズ……あっ!!」


 本人もこうして気づき、スカートに伸びる腕は彼女だけになった。


「…………」


「…………エネストラ周辺でこうやって高くなってる場所、『賢人の物見台』なんて呼ばれたりもするんだが、良い景色、だよな」


 気まずい沈黙をどうにか突破せんと、ガルシアが勇気を出した。


「確かに、良い景色だ……」


 僕もそれに乗るが――――浮かぶのは一瞬の光景ばかりだ。

 ずっと前にイリアの下着姿そのものも見たし、近い服装の彼女も幾度か見ている。だと言うのに、僕も彼女も気恥ずかしさで黙り込んでいる。


 僕はなんとも言えない罪悪感から黙っているのだが、イリアは離れることもせず、僕を問いただすこともせず……だから、弁明することも出来ない。


 彼女がどうして欲しいのかも分からないし、変に動いて傷つけるのも怖い。



 何も分からないこんな状況が、青春というものなのだろうか?



〈……青春だな〉


 耳元でガルシアの囁く声が聞こえたかと思うと、車内へと引っ込んでしまった。

 顔は見れなかったが、絶対に僕らのことを見て楽しんでいるに違いない。口がつり上がっているに間違いない。


「…………どうする、降りる?」


 スカートに回ったせいで外れたフードを被せ直し、上から抑えつつ尋ねてみる。


「ううん。もうちょっと、一緒に……見ていたい」


 先程の件に触れるつもりがないのか、それだけ言って口を閉じ、僅かに空いた隙間を埋めてくる。

 離れるどころかより密着してきた彼女に、余計に訳が分からなくなった。



 何を言えば良いのか、僕は空を見上げる。あの鳥は僕らの前を飛んでいた。


 大きく羽をしならせると、小さな影をはらはらと落として、エネストラへと速度を増していった。


「カズ、本当に大丈夫なの?」


 イリアが僕の身体に触れながら尋ねてくる。その手つきは――――僕にあるであろう傷跡を探っているかのようだった。


「あぁ、大丈夫だよ。大した傷にならなくて運が良かった」


 その手を取って、僕はそんな嘘を付いた。本来だったら即死がいいところだ。

 だとして、イリアが知らなくても良いこと。これ以上負担をかけたくない。


「…………ありがとう」


 何でそんなことを口走ったのかは、言った後でも分からなかった。







「しっかし、災難だったなぁ」


 騎士団の駐屯地らしい場所に着き、馬車を下りて一番、ガルシアが二人組とこちらにやってきた。

 その姿は元の――――当初借りていた騎士に戻っていた。肩に深く刺さった矢はまだ抜かれておらず、そこを中心に赤黒い染みが広がりつつあった。


 さっきまでガルシアだった人物は、ミリアスに連れられて施設の中へと消えていた。


「初めての仕事で人死にが出たし、労いたいところさんだが……お嬢さん、こっちも頼めるかな?」


 サキの前までやってくると、姫に忠誠を誓うような振る舞いで屈んだ。何時でも遊び心というか、ふざけることを止めない男である。


「あっ、はい。今看ますね……」


「あぁ待て、矢を抜いちまうから。直ぐ頼むぞ……ぬうっ!」


 傷が広がることなど知ったことか、と言わんばかりの勢いで鏃を引き抜き、空いた穴から湧き水のような緩やかな勢いで血が布地を濡らしていく。


 その血生臭さに一瞬怯んだが、義務感が彼女の手を赤く湿らせた。


「……ほんと、便利な能力だよな。触れただけで止血から傷の縫合まで、痕も残らないのも良いな」


 サキが触れて五秒ほどだろうか、刺さっていた方の腕をぐるぐると回しながらガルシアが立ち上がった。体毛のせいで傷がどうなっているのかは見えないものの、見たところは健康そのものだ。


 馬車の中でもこんな光景は見ていたが、ただただ驚かされるばかりだ。

 彼女が触れればどんな種類の傷であろうと塞がるし、治る。僕はその恩恵に与る必要も無かったが、ガルシアの幾多もの傷が次々になかったものにされる様は感嘆することしか出来なかった。


「どんな傷も癒やせて、未来が見据えて、化け物みたいな身体能力を持ってて、魔法? も使えて……お前らの出身はゲームの中なんじゃねぇのか?」


 すっかり元通りになった彼は、からかうように後ろの二人組へと向き直った。

 彼等の顔は――――天候と真逆に、曇りきっていた。


「残念だったな、誰も守れやしなかった。あんなにご大層に言い触らしておいて、肝心の時には特技を活かせなかったんだからな……」


 ガルシアはその理由を理解していて――――それでいて、嗤っているのだ。

 それは単に見下しているのか、別の感情がそうさせるのか。昨晩出て行ったあの時、僕の居ないところで、何かがあったのだろうか。


「…………」


 ガルシアの嘲笑に、同乗していた二人は反論する言葉を持たないようだった。

 それは僕と一緒だった二人も同じで……なんとか庇護したそうにしているばかりだ。


「ま、今回は極端なケースだ。守るために奪う、そうしなきゃならんこともあるってことだよ。この道で行くんだったら、覚悟を持っておいた方がチヤホヤされやすいぞ?」


 何も言わない。彼等の表情からは無力感と――――殺人か死かの選択に怯えているような、行動のリスクを鑑みていなかったことへの恐ろしさが感じられる。


 可哀想に思うのは、僕が事情を知らないからだろうか。この場に限ってはこの四人組が被害者側だ。



「…………貴方も、ギフテッドなんですよね?」


 口を開いたのは、ハヤトだった。


「あぁ、馬車の中で話したとおり」


「えっ?」


 タクミとレイコがここで驚く。やはり伝えていなかったようだ。


「なら、元の世界に戻りたいとか……思わないんですか?」


「んー……そうだな、考えたこともなかった」


「何でですか? この世界に攫われた身・・・・・・・・・・でしょう?」


「……あ?」


 突くように出たその言葉に、ガルシアは反応した。


「お前それ、何処で知った?」


 彼の問いに、ハヤトがしまったというような顔になる――――知られてはいけなかったということが、その行為に裏付けられる。


「……それは…………聞いたんです。教団? とかいう所から」


「んな訳……っと、待て待て。そうか、教団で聞いたか。なら可笑しくないな」


 納得したような素振りに四人が一斉に安堵したようだった。何かを隠していることは間違いない。


 ガルシアの言い淀み……それが意味するところは、アドリブに近い口裏合わせだ。



「……もう迎えが来ている。手続きは済ませてきた」


 ミリアスが一人で戻ってきた。


「おっ、んじゃここでさよならだな。強く生きろよ」


 しめたとばかりにガルシアが会話を打ち切った。向こうも追求が避けられたことにほっとしたのか、これ以上何かをしてくる様子も無かった。


「行こうか」


「うん」


 ベンチから腰を上げると、隣に座っていたイリアとクラムも立ち上がった。



















「……モヤモヤする」


「らしくないことを言うな」


 別の馬車に乗りこんだ僕らは、悠々と流れる街並みを眺めていた。

 街並みはこれまでのものより整い、清潔で、行く人々も心なしか上流階級のそれのような印象を受ける。国の首都、大陸最大の都市と言うだけあるのだろう。


「さっきの襲撃の事なんだがな……報われねぇというか、なんなら知らん方が幸せでいられるっつうか……」


「ますますらしくないぞ、ガルシア。何があった?」


 僕の右隣に居るガルシアが、左隣に居るイリアへ心配そうに目をやる。


「……先遣隊が襲ってきたのは、言いくるめられてたからだった。俺達が皇国と内通していて、ミクサマルを中枢から脅かすためだってな」


「…………」


 対するように座るミリアスは何も答えない。隣に座るクラムは……入る隙間もないと見て、申し訳なさげに外を眺めていた。


「向こうに随分と口の上手い奴が居たんだろうな。あの中に協力者も混じっていた可能性もあるだろうが、俺がさっき借りてた奴は……本当に国のこと、平和のことを考えてたよ」


「……そうか」


「そうだ」


 会話が終わった。もう誰も喋らない。


 ガルシアが渋った理由はよく分かる。こんな話題を聞かされて良い気分で居られるはずが無いのだ。それでも話したのは、彼等を悪にしておきたくなかったからか――――単に、見知った誰かに伝えておきたかったからか。



「……そういや、メイドさんよ。お嬢ちゃんを庇ってたよな?」


 自分が作った空気を変えようとしているのはよく分かった。


「えっ、いやいや、庇ったなんて。そんな大層なことじゃ」


「なくても、しない奴よりうんと立派だ。ずっとおてんばでおっちょこちょいなレディだと思ってたのを謝らにゃならんな」


「いやぁ、そんなこと……」


 褒められ慣れてないのか、みるみるうちに頬が緩んでいる。

 彼女の素直さは見ていて心地が良い。裏表の無い人物は信用しやすいのもあるだろう。


 無論、彼女にだって二面性はあるだろうし、言わない不安や悩みもあるに違いない。それでも無垢で純粋だと思わせられるのは、クラムという人物の一つの強みだ。


「……そう言えば、なんでエネストラに来たんですかね? あたしたち」


 嬉し恥ずかし、という顔のまま、クラムが疑問を呈した。

 それで気付いたのだが、確かにこの移動の目的を教えられていない。僕自身もイリアが安全なところに行けることばかりを思っていて、そのことに考えを巡らせもしていなかった。


「まぁ、用件は色々と。だな、ミリィ?」


 ガルシアが代弁を頼むと、相手は面倒そうな顔をした。


「……王からの勅令、とだけだ。俺にも詳しくは伝えられなかったが……」


 面倒そうと言うよりも、不確定さによる怪訝さの方が近いか。


「俺達は知ってる。な?」


「なって、何の話だ」


 脇から小突かれるが、僕に思い当たる節は無い。

 もし一昨日のあの書き置きを言っているのだとしても、僕はその当人を知らない。同意を求められてもさっぱりだ。


 僕に宛てられたものであることに違いは無いが、その意図は掴めない。

 見えない僕にアクションを取れる時点で、どんな存在かは検討が付くが……。


「なに、ちょいと『お話』するだけさ。王とも、もう片方とも」


「……もう聞かないが、礼を欠くことだけはするな」


「向こうにそのつもりが無い限り、な」


 再び沈黙がやってくる。話題の切っ掛けであるクラムは出てきた言葉に硬直しているようで、イリアもイリアでぼうっとして、僕に重心を掛けてるばかりだ。


 この国の代表と、恐らくは――――僕を連れてきた存在と会う。

 その事実は、僕を緊張させるに飽き足らず、得も言えぬ興奮か、焦燥の意を覚えさせた。




 外の景色が変わった。


 時代を一気に下ったかのように、建築様式が一変する。近代から現代を超え、人工物のみを見れば、はるか遠未来――――地球のものとは全く違う、まるで異星の都市のような異質さ、荘厳さが反射していた。


 継ぎ目の見当たらない建材、効率性を求めた構造、道路。多種多様なフラクタル。

 その中央が目的地であることは間違いなかった。


「……王政区の中、こうなってんのか」


 ガルシアが驚嘆の声を出す。それは誰もが同じようだった。

 異世界の中の異世界、とでも言えば良いか。カロに連れられたあの施設を思い出す。


「教団と騎士団の本部もこの中にある。俺も入るのは十線の刻印式に出席したきりだ」


「権力者だけが入れる聖域、噂そのまんまだよな」


 馬車が停まった。地球を基準に、少なく見積もっても数十年以上先の構造群のただ中、百年以上前の車両がある光景は、僕らの場違いさを強調したいようだった。


「うし、ここ最近で一番の大勝負だ」


 到着した、という声にガルシアが伸びをした。


「ミリィ、二人を頼むぞ。戻るまでなんとか時間を潰しておいてくれ」


 そして懐に手を突っ込むと、金貨を一枚、ミリアスへはじき飛ばす。


「……合流はどうする」


 その問いには「これがあるだろ」と耳元の機器を指で弾いて答えた。


「俺から繋げるから、それまでは話しかけないでくれ。喋ってる最中だろうからな」


 扉が開けられる。緩やかな風が車内に入り、嗅ぎ慣れない異郷の匂いが頬を撫でる。


「よし、行くぞ……わっ!?」


 外に出たガルシアと入れ違いに、小さな黒い影が飛び込んでくる。

 体勢を崩した彼が盛大に転げる音が聞こえてくるが、僕も含めた誰もがもう一つ――――唐突に現れた方に意識が向いていた。



 小鳥だ。手の平に収まる、真っ黒な鳥。


「……カナデドリ? でも、黒い……」


 途切れない長い鳴き声に、イリアが呟いた。

 床に着地したその鳥は、一人一人を確かめるように見渡した後、彼女の膝元へ飛び乗った。怖がる様子も無く、伸びてきた手の平にひょいと飛び移るあたり、野生とは思えない。


「人慣れしているな。飼われていたのか……?」


「はぇ、ちまっこくて可愛いですねぇ。こんな近くに見るのは初めてです」


 ミリアスやクラムもその小鳥に目を奪われ、誰もあの男を気に掛けはしなかった。


「畜生、結局は可愛いが正義か。カズ、早く行こうぜ」


「……あぁ、今行く」


 鳥に触れてみたい、という欲求は僕にもある。その点では今、イリアのことが少し羨ましい。


 嬉しそうな、穏やかで優しい笑顔は、どこか僕を安心させた。

 これなら大丈夫だろう、きっと嫌なことも今は忘れられているだろう、と。



 小鳥は結局、扉が閉まろうと逃げることは無かった。







 わたしたちが店に入ろうとすると、カナデドリは店の看板に飛んでいった。ずっとわたしの手の平に居たから、まだ温かさが残っている気がする。


 王政区よりも見慣れていても、初めて見るような綺麗な街の一角。通りを歩いていた人達も、喫茶店の中で談笑する人達もみんな裕福そうで、ここまでの旅で見てきた誰よりも平和そうに見えた。


 席に着くと、ミリアスさんが代わりに注文をしてくれた。

 わたしとクラムさんに、リンゴジュースと軽い食べ物、自分は薄めに割ったリンゴ酒を。


「ガルシアさん達、王様に呼ばれるなんて、やっぱり凄い人達だったんですねぇ」


 クラムさんが感心するように言うと、ミリアスさんは複雑そうな顔をした。

 わたし達よりも二人のことを知っているみたいで、そう思うと少し寂しく感じた。


「……要領の良い男だ。面倒事は全部片付けてくるだろう。不安なのは、片方がしでかさないかだけだ」


 落ち着いた服装の女性が飲み物を持ってきた。

 砕いた水晶に、液体の琥珀を注いだように綺麗だった。少し口に含んだだけで、これまで飲んだどの林檎よりも甘いと分かった。


「ミリアスさん、あのお二人と長いんです?」


「……まぁ、そう言えるか」


「どんな人なんですか?」


 クラムさんの質問は、わたしが訊きたいと思っていたことでもあった。

 わたしは、カズのことを何も知らない。


 ずっと傍に居てくれたのに、カズが好きなものも、嫌いなものも知らない。どんな料理が好きなのか、本を読むのか、いつも聴いてる綺麗な音楽の中でどれがお気に入りなのか…………どんな女の子が好みなのかも。


 わたしは何も知らない。あんなに優しくしてくれる人のことを、何も分からない。



 なのに、わたしは。


 わたしは、黒いカナデドリに夢中になって、カズに何も言わずに来てしまった。


 あんなに、ずっと傍に居てくれたのに。あの時みたいに、わたしは子供じゃないのに。



 ……わたし、足手まといなのかな。守られてばっかりで、役立たずで。

 カズにとって、わたしは必要ない人間なのかな……。



「…………イリア?」


 ミリアスさんの声にはっとすると、二人が心配そうに見つめていることに気がついた。


「大丈夫です? イリアちゃん、なんか……辛いですか?」


「う、ううん、大丈夫です……ごめんなさい」


 居たたまれなくなって、もう一度グラスに口を付けた。


 なんだか、酸っぱかった。

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