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1.任務開始

 惑星アルマ、アルマ王国首都、カルマル。

 雲の高さまであるビルが所狭しと建ち並ぶ街である。

 ビルの隙間の空間には、隙間が無い程の自家用エアーカーが飛び交い、地面上には蟻の大群の様な人々が蠢いている。地面上には勿論直接の太陽光は当たらないが、ビルに埋め込まれた人工の日照装置で、明るく暖かな環境を作り出していた。

 ここに暮らしている人々に暗い表情は無く、皆活き活きと生活している。それは戦争が一時休戦になっているおかげでもあるが、元々惑星上に住む者達は戦争中でも変わらぬ生活をしていた。それは長い長い戦争に慣らされている側面もあるが、実際戦場は宇宙であるため、惑星上に住む者達はそれほどそれを意識せずに生活しているのである。

 ビルが建ち並ぶこの街の郊外に、広い敷地を金属の壁で囲まれた大きな城が建っていた。それは地球で言うピラミッドの様な形をした建物で、しかし、太陽を中に入れる為か、窓が沢山ついていた。これが王族の住む王城である。

 その王城の広い王の間に、二人の男女が立っていた。軍服を着た兵士達が立ち並ぶ中、二人は堂々とした態度でそこに立つ。それは変装をしているヒロとスーツ姿のリンザであった。

「 アルマ王、シドレン陛下の御成り…。」

 何処からともなく声が響く。すると横に並んでいた兵士達が一斉に片膝を付いて頭を下げた。二人はそれを全く無視して正面を向き、その横の扉からゾロゾロと侍女や侍従を引連れて入ってきた男を見ていた。

「あれが、シドレン八世=アルマ=ロドルドだわね。」

 リンザがヒロに言う。

 シドレン王は四十歳前後の、怖いほどの鋭い目付きを持った男で、長いストレートの銀髪を小さな数個の金の筒で束ねていた。

「その様ですね。でも、資料にも彼の姿は無かったから…。偽者の可能性も…。」

「影武者…。でもその必要は無いでしょう?私達から隠れても意味は無い。」

「そうなんですけどね…。」

 二人が小声で話していると、王座に着いたシドレン王がギロッと二人を睨んだ。

「お主らは控えんのか?」

 それは足を付いて礼を尽くせと言っているのである。しかし、二人は堂々とした態度のまま動かず、リンザが口を開いた。

「何か勘違いされてますね…。私達はあなたの部下でも無ければ民衆でも無い。あくまでも連盟の命でここに来ているわけで、あなたに礼を尽くすいわれは無い。」

 その無礼な言動に、兵士達が一斉に立ち上がり、リンザとヒロに駆寄ろうとした。しかし、王が手を上げてそれを止める。それで兵士達はまた元の場所に戻って膝をついた。

「うむ…、そうであったな。これはわしの間違えであった。無礼を許されよ。」

 王は笑顔を見せる。が、すぐに険しい表情に戻る。

「そちらの名前を知っておきたいのだが、それは許されるのであろうな。」

「…私はリンザ。そしてこちらはヒロです。それ以上の詮索はご遠慮下さい。」

 王は渋い表情を浮かべたが、ヒロをジッと見て小さく溜息を吐いた。

「それにしても良く似ておる。その者は余の第二王子である、ケリッシュによう似ておる。さすがは連盟の組織と言ったところかの…。」

「これはあくまでも変装です。しかし、技術は完璧ですので、絶対にバレる心配はございません。早速ですが、そちらから出して頂く兵を紹介していただきたいですね。」

 その言葉で王の横に立っていた白髪の男が聞く。

「勿論此方から警護の兵は出すが…。連盟はどれくらいの兵を出してくれておるのじゃ?」

「……私達二人のみですが…。」

 リンザが首を傾げながら言った。何の為に連盟からの兵を欲しがるか分らない…。

「二人のみじゃと?それで暗殺計画からその者を守れるのか?この縁談はどんな妨害があっても成功させねばならぬのだぞ!」

 リンザはなるほどと頷いた。だが、それは心配無用というもの。

「落ち着いて下さい。これでも私は特殊処理員です。あなた方の様なヒューマンタイプの人間が、いかなる人数で、そしていかなる武器を用いて攻撃してきても、引けを取る事はありません。」

 王の間がザワザワとする。兵や侍女侍従達が驚きの表情でコソコソと話し出したのだ。その驚きは王の表情にも出ていた。

「お主が…、お主があの悪名高い連盟の特殊処理員で有るというのか?し、しかし、ヒューマンタイプの者があの組織にいるとは…、しかも処理員と言えばその中でも高い位にあると…。」

「勿論私のこの体は本当の姿ではありませんよ。しかし、私の話しはこれくらいにして、兵を出して下さい。もうここを出なくてはならない時間のはずでしょう?」

「そ、それはそうだが…。もう一つ質問させてくれ。その息子に似た者も本当の姿はヒューマンタイプではないのか?」

「彼はヒューマンタイプですよ。私のアシスタントをしてくれている者で、立場的には見習いと言う事になります。」

 ヒロは軽くお辞儀をした。それで王や横に立つ白髪の老人がホッとした表情で頷いた。

「そうか…。ならば良い…。では早速特選した精鋭達を紹介しよう。大臣、その様に…。」

 王がそう言うと横の立っていた白髪の老人が王に頭を下げた。そして一段あがった場所から下りてきて、リンザとヒロの前に寄ると頭を下げる。

「此方へどうぞ。すでに用意した船に待たせてあります…。」

 老人はそう言うと二人に背を向けて歩き出す。それでリンザとヒロもそれに付いていく。

 三人は王の間の横の扉から、王達を残して出て行き、広く明るい廊下に出ていった。

「リンザさん…。」

 横に歩くリンザにヒロが小声で話し掛ける。リンザは顔だけヒロの方を向いた。

「なんか嫌な予感がしますよ…。あの王様は信用しない方が…。」

「それは同感だわね。私の一番嫌な匂いのするタイプだわ。けど、任務は任務よ。警戒しつつ実行するしか無いわね。」

 ヒロは渋い表情のまま頷いた。

 三人は長い廊下を歩いて、エレベーターに乗り込んだ。そして地下へ地下へと…。やがて下に着き扉が開くと、そこは宇宙船のエンジン音が響く宇宙船ドックであった。天井が高く向こうが見えない程のだだっ広い部屋に、中クラスの巡航艦が数隻横に並んでいる。そして多数の整備の者達が忙しそうに働いているのと、奥の方で推進エンジンのテストでもしているのか、大きなエンジンだけの機体が火を吐いているのも見える。

「うわ…。これって高速巡航艦ですよね…。」

 ヒロが驚きの声を上げる。リンザは溜め息交じりに言い返した。

「お金ってのは、ある所にはあるのね。連盟に登録されている船の中でも一番高い奴じゃない。最近、連盟の息のかかる造船会社で造られたばかりの…。」

 二人が足を止めて驚いていると、少し先に進んでいた老人が振り返って声を掛ける。

「此方ですよ。」

 二人は慌ててそちらに走っていった。

 案内された船は、数隻ならぶ船の最奥である。中でも一番金が掛かっているような装飾のついた船であった。

「趣味わりー…。」

 リンザとヒロが一斉に呟いた。それほどこの船はゴチャゴチャと余計な物が付いている船であったのだ。尖った船首から船腹にそして船尾まで、彫り物がされ、キラキラと宝石が埋め込まれている。全体の表面は金で、見ているだけで目が悪くなりそうだ。

 リンザとヒロは呆れた表情をして船を見上げていると、その船腹が大きく開いて、そこから軍服を着た二十人前後の男女が下りてきた。そして三人の前に来ると、並んで敬礼をする。

「王子の護衛を拝命致しました、アルマ特殊部隊のククライ少佐であります。」

 真ん中の精悍な男が敬礼したままの恰好で声を張り上げた。老人はリンザとヒロに小さな声で言う。

「彼らは王子が偽者であるとは知りません。元々、王族に近づける立場の者でも有りませんので、バレる心配も無いでしょう。」

 リンザとヒロが頷く。そして老人は兵士達の方を向いて、真剣な表情で言った。

「この縁談は必ず成功させねばならない。必ず無事に王子をセトスの皇女の所に御送りしてくれ。」

「ハッ!」

 少佐は気合の入った返事をすると、敬礼していた手をビシッと元に戻して、そしてヒロに向かい、またビシッと敬礼をした。

「よろしくお願いします!」

「あ…ああ、よろしく…ククライ少佐。此方は私の元々のボディーガード兼侍女のリンザだ。仲良くやってくれ。」

「ハッ!」

 ククライはまた気合の入った返事をした。それでリンザは笑顔を彼に向ける。

「よろしく。リンザです。」

「よ、よろしくお願いします…。それでは早速乗船していただけますか?」

 ヒロとリンザは頷いて、そして老人にお辞儀をすると彼らに混じって乗船していった。そして扉が閉まり、エンジン音が凄まじく高くなり、それで老人は耳を押さえてそこから離れニヤリと笑う。

「計画は順調である…。」


 ヒロは広い部屋で待っていた数人の侍女達とそこにいた。侍女達はヒロが本物の王子と思っていて、それがバレないようにするため、ヒロはほとんど喋るのをやめていた。それを少し離れた場所で苦笑いをするリンザであったが、彼女自身、侍女に阻まれていてヒロと喋る事が出来ないでいた。

“それにしても、ヒロが偽者だと知っている者が誰一人としていない状況は…。一体あの王は何を考えている。相手側にバレる可能性を薄くする為か、もしくはこの中に暗殺を企んでいる者がいて、偽者であるとばれるのが困るのか…。”

 リンザはヒロと少し離れた場所にはいるが、決してヒロから目を離さずにいた。この船の中で信用出来る者は誰もいないのだ。

 アルマ星からセトス星まで、この船で六時間程である。近すぎて、次元航行やワープ航行などが出来ず、逆に時間がかかるのである。

 その六時間でヒロは完全に王子になりきっていた。元々圧縮データーを記憶していたので、王子になりきるのは簡単であったが、傅かれる事に慣れていない彼がそれに慣れるのに少々時間が掛かったのである。しかし、それに慣れてからは、彼は実に王子らしく偉そうな態度をするようになった。セトスに船が降りた時には、リンザさえも部下の様に扱い、それでますます皆は彼が王子だと信用していた。

 惑星セトスは惑星アルマと違い、森林が多い星である。ビルの代わりに高さ何百メートルという大木が立ち並ぶ星で、その隙間に近代的な住居がある、植物と人間が共存している様な星であった。

 宙港も木々の隙間にあり、そこは船が降りるのに少々狭い様な感じではある。が、オートパイロットが木々を折る事無くその隙間を下りていく。

 セトスに降りると皆は船のタラップから下りていく。そこにはかなり多くのセトス人の群衆が歓迎のムードで待っていて、アルマの王子とセトスの皇女の結婚を心より歓迎している様であった。

 ヒロは兵士と侍女達に囲まれてそこに降りると、セトス代表者と対峙する。それはセトスの大臣達の様で、ユッタリとした白いローブを着た老人達であった。一見地味のようであるローブだが、光の反射加減で金色の刺繍が浮かんで見えるのでかなり上品な雰囲気である。

「ようこそセトスへ…。我々セトス人民はあなたのおこしを心よりお待ちしておりました。」

 老人の代表者がヒロの手をとって笑顔で言う。それでヒロは王子らしく堂々とした態度で軽くお辞儀をする。

「ありがとう。私もこの日が来るのを楽しみにしておりました。二つの兄弟星が、これからは本当の兄弟の様にお互いに発展する事を心より信じております。」

「これはこれは…。」

 大臣は少し驚いた様な表情で、そしてさらなる笑顔を浮かべた。

「…立派な王子でいらっしゃる。我が姫もきっとあなたの様な方を迎えられて、幸せになられるでしょう…。さあ、車を待たして有ります。此方へどうぞ…。」

 大臣がそう言うと、待機していた楽隊が演奏を始める。そしてかなりの人数の人民に囲まれて、一行は宙港を歩いていった。

 ヒロは歩きながら、侍女の一人に聞く。

「この国の姫君はどんな方か知っているか?」

 ヒロは相手の姫の事を何一つ知らなかった。本部から来たデーターにもそれらしき物が全く無く、宗教的な理由で結婚前の乙女は映像などに映ってはならないという理由だけは知っていた。ただ、その他にも姫に関するデーターが一切無く、ヒューマンタイプの中ではかなりの美貌であるという事だけが書かれていた。

「分かりません…。噂では頭脳明晰容姿端麗とだけ…。申し訳ありません…。」

「いや、誤まる必要は無い。ちょっと気になっただけだから…。」

 ヒロはそう言うと、後は何も言わずに警護する兵達の後を歩いていった。その後をリンザが警戒しながら歩く。彼女はこれだけいるヒューマンタイプの人間の区別がつかず、しかし危険に対してだけ、目をキョロキョロとさせて警戒をしていた。何故、船の近くに車を待機させずに歩かせるか、それを考えて、この場での暗殺計画の可能性を考えていたのだ。しかし、一行は無事に宙港の端に停めてあった、かなりの数の車まで来る。そこでヒロは歓声を上げている民衆達に笑顔で手を振ってから車に乗り込む。どうやら、民衆に王子の姿を見せる為の距離であったらしい。しかし、それ自体が非常識だとリンザは考えていた。

 ヒロの車には兵士達が数人乗り、侍女が一人乗り込んだ。そして二人目の侍女がその横に乗ろうした時に、リンザがそれを押しのけてヒロの横に乗り込み扉が閉まる。

「リンザ、どうした?」

 それを見ていたヒロが聞く。それでリンザは王子に仕える者の態度で言う。

「いえ、別に…。ただ警戒に越した事は無いと…。」

 他の兵士達も皆警戒の色を弱めていない。それでヒロは頷いた。その時車が動き出す。ユックリと、そして窓を開けたまま…。

「何故窓が閉まらないのです?」

 リンザが窓で区切られた運転席の窓を開けて聞く。運転手は笑顔で答える。

「パレードですから…。民衆が王子様の姿を一目みたいと、路上に群れなしているので…。」

「非常識な…。」

 リンザは呟いたが、外の民衆の歓声は凄まじく、ヒロはそれに手を振って応えた。外ではセトス側のボディーガードが数人走って警戒を強めている。一応は考えている様である。

 道は大木の間に通る舗装路で、大木の隙間に立ち並ぶ低いビル街である。路上に集まっている者の数も多いが、そのビルの窓から屋上から、そして木の上まで人がいて歓声を上げている。

「これだけの民衆が平和を望んでいるんだ…。」

 ヒロは呟いた。それはまるで本当の王子の様な言葉である。彼が偽者だと知らない兵や侍女達が感慨深く頷いた。それでリンザは少し呆れぎみに溜息を吐き、しかし窓の外に警戒だけは緩めずに視線をキョロキョロとさせていた。

 やがて車は木々に囲まれた大きな城に着く。

 その城は四つの巨大な大木に囲まれた、白い美しい城で、地球の西洋の古城に似ていた。しかしその大きさは地球の城の五・六倍は有り、車はそこの地下ゲートへと入っていく。

 ゲート内は明るく、一行はそこの先の行き止まりで車を降りた。そしてそこに城の内部への閉ざされた大きな扉があり、その横にセトスの侍女達が並びヒロ達を待っていた。と、侍女達が並ぶ最奥に一際美しい、ドレスを来た美し女性が立っていた。

 セトスの大臣がヒロに近付き、小さな声で囁く。

「ケリッシュ王子。あの方がセトス皇后のアイリーナ様です。王子の義母となられる方…。」

 ヒロは軽く頷く。そしてそのアイリーナ皇后の前まで来ると、礼儀正しく一礼した。

「アルマのケリッシュです。お初にお目にかかります。」

 ヒロの態度にアイリーナは笑顔を浮かべた。その笑顔は聖母の様に優しく、そして神聖に感じられるものである。

「アイリーナです。王子の到着を心よりお待ちしておりました。」

「これは有り難いお言葉です。わが父、アルマ王もこの度の結婚に両星の未来があると言っておりました。勿論私もその通りだと思います。」

 ヒロがそう言ってニコリと笑った。それでアイリーナもつられるようにして笑い、頷いた。

「皇もあなたの事をずっと待っていました。どうぞ、中へ…。」

 アイリーナがそう言うと、彼女の後ろに閉ざされた大きな扉が開かれた。そして今度は皇后自ら彼らを率いて、中へと案内する。その時、ヒロは分かった。これらはみな、自分をテストしているのだ。本物の王子かどうか、というだけでは無く、この王子が皇女の夫になるに相応しい男か。アルマの意図が本当に平和であるか…。そんな所であろう。

 一行は皇の間に通される。そこはアルマの王の間よりさらに広い間で、植物の良い匂いがしていた。やはりかなりの兵がそこに並んでいて、正面の一段上がった皇座には、白い清潔感のあるユッタリとした服に身をまとい、長い黒髪を後ろで束ねている威厳のある男が座っていた。それがこの国の皇である事は皆の目にも明らかである。それで一行はその前まで来ると片膝を付いて、礼を尽くした。

 アイリーナはそのまま皇に一礼して、その横まで歩いていき、そこに立つ。そしてヒロがその場で挨拶を始めた。

「アルマのケリッシュです。お初にお目にかかります。」

「うむ…。わしがセトスの皇のエッゲンである。はるばるご苦労であった。立って顔を上げなさい。」

 エッゲンがそう言うと、ヒロは立ち上がり、堂々とした態度で皇を見る。皇はその姿をしばらく睨んでから、何度か頷いた。そこでヒロはニヤリと笑って口を開く。

「私のテストは御済になりましたか?気分の良い物では無いので、これ以上はご遠慮したいものですね。」

 その言い方は嫌味を含んでいて、それでその場が一瞬氷る。アイリーナが驚いた表情で彼を見詰め、エッゲンは鋭い眼光で彼を睨む。その無礼な言葉にセトスの兵士達が一斉に緊張して皇の指示を待ち、それに呼応するようにアルマの兵が腰に帯びている銃に手をそえた。停戦協定を結んだとはいえ、ここは敵地であるのだ。

 しかし、エッゲンはしばらくヒロを睨んだあと、口の端を上げてニヤリと笑う。

「いつから気付いておった?」

「宙港に着いて、あなたの大臣の様子を見て…。確信を持ったのは、アイリーナ皇后と御会いした時ですが。」

 アイリーナは少し驚いた表情をした。

「私、悟られる様な事を言いましたか?」

「いいえ…。でも、城の扉の前に迎えにいらっしゃるのは何も皇后自らで無くても良いし、城を閉めたまま迎えるというのもおかしいでしょう。それに何人かの狙撃兵も用意しておられた様ですし…。」

 アイリーナとエッゲンが渋い表情で頷いた。アルマの兵達は、それに全く気付いていなかった様で、顔を見合わせていて、しかし、リンザは当然気付いていた様だ。

「その様な状況の中で、平然と城に入ったのか…。謀殺されるとは考えなかったのか?」

「私は和平を強固にする縁談の為に、ここに参上したわけです。和平をエッゲン陛下が望まれないのなら、私を謀殺して戦争をまた始めるのでしょうが、エッゲン陛下は誰よりも和平を望んでいると情報に有りました。まさか、陛下がご自分で平和の道を断たれるとは思えません。」

 エッゲンが頷く。

「アルマの第二王子は虚け者との情報があったが、それは間違いであったようだな…。これほどの者とは思わなんだ。非礼をお詫びする。」

 エッゲンが頭を下げる。それでヒロは慌てて手を振る。

「気になさらないで下さい。大事な皇女の夫となるものがどの様な者か、気になるのは当然の事。私は全く気にしておりませんので。」

 エッゲンが満足気に頷く。アイリーナはそれを見て、横に並ぶ大臣達に合図をし、それで大臣達があわただしく動き出した。

「夜には宴会の用意をしておく。今宵は二つの星の平和な未来を祈りながら飲もうでは無いか。それまではゆるりと寛ぐが良い。」

 王がヒロにそう言って、立ち上がった。それを見てアイリーナが侍女達に指示する。

「客人を部屋にご案内して下さい。」

 それでヒロは王に一礼して侍女達に案内されて行く。エッゲンはそれを見ながら、自分も退席し、裏から追い駆けてきたアイリーナが横に並ぶと聞く。

「どうする。あの王子が相手では、此方の思惑通りに事は進まないぞ。計画を変更せねばなるまいか?」

「いえ…。とりあえずはこのまま進行しましょう。確かにあの王子は情報と違って鋭いし頭も良いようです。しかし、あの王子が本物かどうかはまだ分かりませんし、いえ、それが分かったとしても、彼の父であるアルマ王は信用出来ません。それに、王子の暗殺計画の噂は消えないのでしょう?」

「そうだな…。その噂の元をたどり、完全に反乱分子を制圧せねばならぬなら、このまま計画を進めた方が良さそうだ。」

 エッゲンは溜息を吐き、アイリーナは少し暗い表情で頷いた。


 広い客室で何時間かゆっくりとして、窓の外が暗くなってきた頃にヒロは自分の侍女達に傅かれて着替えを始めた。アルマの兵達はその部屋の隣の部屋で待機していて、部屋の外にも数人が警戒をしている。そこにリンザが中に入ってきた。

 彼女はこの部屋に案内されるとすぐに外に出ていって、この城の内部構造と警備体制を偵察しに行っていたのだ。彼女は最悪はこの城から逃げ出す為の準備をしておかなければならないのである。そして、本部からのデーターに無かった、詳しいこの国の情勢も知る必要があった。

「王子…。外の様子は大丈夫です。しかし、気付かれていると思いますが、変ですよ。」

 着替えているヒロの横でリンザが言う。それであらかた着替えおわったヒロは、侍女と下がらせた。そこにはリンザとヒロしかいなくなる。そこで、リンザはスーツの内ポケットから小さなペン状の機械を取り出し、それを作動させる。

「はい。あの皇さんと会った時に、一緒に皇女との対面が有ると僕も思っていたのですが、皇女は現れませんでしたし。それに、僕がここにいる所為かもしれませんが、外の警戒がどうも物々しすぎる。しかも、その警備は外に向けられず内部に向けられているのも…。」

 リンザは腕を組む。

「さあて…。何を考えているのやら。ただ、あのエッゲンにしろ皇后にしろ、何やら腹に隠しているような気がするわ。あの警備は私達に対しての物と考えた方が賢明だわね。それにこの部屋にかなり有る盗聴盗撮装置は、私達の行動を完全に掌握しようとしている物と考えられる…。」

 ヒロが頷く。リンザが手にしているペン状の機械は盗聴盗撮に対しての防御装置であった。

「全く信用をしていないみたいですね…。それも僕が偽者であるかどうかというより、アルマの王子その者が信用出来ないと言うような…。」

「それについてもおかしい事ばかりね…。本部から届いた資料データーでは、ケリッシュ王子はかなりの切れ者の様に書かれていたのに、アルマにいた時に調べた情報でも、ここでの噂でも、ケリッシュはかなりの虚けと思われている。」

「はい…。敵に対するブラフとして、ケリッシュの悪い噂を流したのかと考えたのですが、この国の皇女と結婚するにそんな噂は意味がありません。ブラフだとしたら、アルマはまだ戦争をするつもりかも…。でも、僕としては本当に虚けだと考えてます。」

 リンザが首を傾げる。

「何故?」

「ここの侍女達は勿論ケリッシュと会った事など無い者達なのですが、彼女達の友人は王族の侍女になっている者もいて、ケリッシュの話しを色々と知っているんですよ。スケベで馬鹿でどうしようもないらしいですよ。血統と容姿だけは良いので、女には良くもてるのだそうだけど、嫌がる女も強引に抱くそうです。だから、侍女達は私のことを噂と違うってしきりに言っていました。」

「……分からないわね。本部の情報は絶対だと思っていたのだけど…。」

「しかし、どうします?本物が馬鹿だとしたら僕も馬鹿で行かないと、後で交代する時にばれちゃうかもしれませんよ。」

 ヒロが渋い表情で聞く。それでリンザは肩を揺らして軽く言った。

「仕方ないんじゃない?今更そうやってもおかしく感じられるだけで、逆に偽者だとばれてしまう可能性が出てきちゃうもの。ま、なるようになるわよ。それより、ここに入ってくる時に、よく外の狙撃兵まで気付いたわね。私は勿論気付いていたけど、ヒロが気付いていたなんて思いも寄らなかったわ。凄いじゃない。」

 リンザが笑顔で言った。それでヒロは少し照れた笑い顔を浮かべる。

「からかわないで下さいよ。僕だって、生体改造とあの厳しい訓練で、感覚が鋭くなっているんですから…。と、言ってもヒューマンタイプにしては鋭いという程度ですが。」

「はは…。でも、あんたの王子の演技は堂々としていて上手かったわよ。ヒューマンタイプの中では中々鋭い眼光を持つ、あのエッゲン陛下にも全く怯まなかったしね。」

「当然です。だって、いくら怖い人でもヒューマンタイプじゃ無いですか。リンザさんや他の怖い人を結構見てきた僕には何とも無いですよ。」

 ヒロは胸を張ってそう答えたが、リンザがムッとする。

「怖い人?こんなにヒロの事を可愛がってやっているのに、私は怖がられているのか?」

「あ…、その…。っていうか、怖い姉っていう感じですか?ほら、身近で頼りになるんだけど、何故か頭が上がらないって奴。」

「私は兄弟がいないから、その感覚は分らない。もっともそれはヒューマンタイプ特有の感情だと思うけどね。ま、でも、お姉さんって見られるのは悪くないわ。…そうか、弟ってこんな感じか…。出来の悪い弟って感じかな…。」

 リンザはしみじみと頷く。それでヒロは苦笑いをした。その時扉がノックされる。それで二人は慌てて王子とそのボディーガードに戻り、リンザは機械のスイッチを切った。

「入ってよい。」

 ヒロが言うと扉が開かれて、エッゲンの侍女がが入ってきた。

「準備が出来ましたら、大広間にいらっしゃって下さい。皇も皇后もすでにお待ちしております…。」

「分かりました。すぐに参りましょう。」

 正装したヒロはリンザに目で合図して、二人並んで扉から出ていった。そしてエッゲンの侍女に連れられて、兵士達に囲まれたヒロは大広間へと足を踏み入れた。

「これは盛大だな…。」

 立食パーティーであるその場には、美しく着飾った女や、この星の重要人物達がすでにグラスを片手に談笑していた。所々にあるテーブルには料理が並んでいて立食の形式が取られ、幾人もの侍女達が、トレイに酒やソフトドリンクの入ったグラスを持って歩いていた。

 その最奥にエッゲンとアイリーナがいて、何人かの男達と会話をしている。

「お前達は場違いだな。目立たぬように端の方に散らばっていなさい。」

 彼の兵達の軍服は正装のものでは無く、戦闘服に近いものである。この場では無粋であるとヒロは判断した。ただ、リンザはスーツ姿なので、そのままヒロの横にいる。

 ヒロはリンザと二人でそのまま皇の側に行き一礼し、皇はヒロの姿を見付けると彼の肩に手を置いて大声を張り上げた。

「皆の者!この者がわしの義理の息子となるケリッシュ王子だ!」

 その声は落ち着いた雰囲気の静かなこの会場に隅々まで響き、会場にいる人間達が一斉にどよめき、ヒロを見る。しかしヒロは動じずに軽く皆に頭を下げると、少し大きな声で言う。

「お初にお目にかかります。ケリッシュです。」

 それで周りの者達がわらわらと彼に寄っていき、一人ずつ丁寧に挨拶をしていく。その大体はこの国の政治家や皇族、経済界の者達であったが、中にはこの国が取り引きしている他の星の会社の者達などがいた。

 ヒロは王子らしく堂々とした態度で彼らと挨拶を交わし、笑顔で会話をしている。

 リンザはヒロから少し離れて、その様子を見ていた。そして、近くを通った、トレイにグラスを乗せている侍女に、そのグラスの中身が酒で無いと確認してからグラスを取って口を付けた。

「お…。」

 リンザは驚きの表情をする。それは良い香りのする冷茶であった。

「この星にも茶があるんだ…。これはいいや。」

 彼女は呟いてそのグラスの茶を飲み干すと、次に近付いて来た侍女に聞く。

「このソフトドリンクは美味しいわね。」

 侍女は笑顔で頷いた。しかし、彼女が持っているトレイは酒のグラスしか無く、彼女は一礼して奥に引っ込むと、しばらくしてお茶のグラスをトレイに乗せ変えて持ってきた。

「どうぞ…。このドリンクはこの星の特産なんですよ。テテトスという植物の葉から作っている物で、コンという物です。」

「へえ…。」

 リンザは感心してそのグラスの中身をまた飲み干し、空になったのを返すともう一つ手に取った。

 やがて皆から解放されたヒロがリンザの元に戻ってくると、少し疲れた表情で言う。

「疲れた…。やはりこの中にも皇女はいなかったよ。でも、結婚の儀式は四日後だし、明日には会わせてもらえる様だよ。」

「そうですか…。ならばこのパーティーはさっさと切り上げて、明日に備えた方が良さそうですわね。王子もお疲れでしょうから…。」

「うむ…。そう思って、陛下には退出の許可を戴いてきたよ。もう部屋に戻ろう。」

ヒロはそう言うと、リンザと肩を並べ、兵達を引連れて大広間を後にした。


 その日の夜中、ヒロがベットで熟睡していると小さな物音がした。それは人の耳には聞えない程の小さな音で、外で待機している兵士や他の部屋で寝ている侍女達に聞える訳は無い。

 その音の主は闇の中に動く小さな人影で、それはヒロのベットへと音を立てずに近付いた。ヒロは規則正しい寝息をたてていて、それには全く気づいていないようだ。そしてその影は寝ているヒロの横に立つと、その懐から何か出してゆっくりとヒロの顔に持って行こうとした。が、その瞬間、ヒロの目が見開かれて、何かを持っているその賊の手を掴んだ。影はビクッとして固まる。

「何処の回し者だ?」

 ヒロは上半身を起こしながら小さな声でそれに聞く。が、ハッとした。

「子供か?」

 掴んでいる腕が異様に細く、そしてその影は小さかった。黒装束に身を纏って、顔すら見えないが、どう見ても子供の様である。ヒロは呆れた表情を浮かべて溜息を吐き、手に持っている物を見てクスッと笑う。

「悪戯か?こんな物を私の枕元に置いて…。」

 それは黒光りしたグロテスクな小さな昆虫で、しかし、それは作り物であった。その玩具の昆虫に小さな紙が貼って在って、そこに、“帰れ”と書かれていた。

「離せ!」

 その影が叫ぶ。それは確かに子供の声である。それでヒロはその手を離す前に子供の後ろに声を掛けた。

「大丈夫。相手は子供だから…。」

 それは子供の首筋にナイフの刃をつけていたリンザだった。彼女はヒロの言葉に軽く頷くと、そのまま闇に解けるように気配を消した。

「き、気付かなかった…。」

 後ろに人がいた事どころか、ナイフを付けられていた事さえも気付いていなかった事に、子供は驚き恐怖を感じた様にブルっと震えた。

「それで帰れとは?」

 ヒロがその子供の腕を放して聞いた。それで子供は警戒しながら言う。

「皇女はお前の様な、アルマの鬼と結婚などしない。悪魔と結婚なんかしない!」

「…なんだ…。その歳で狂信的な皇女のファンか?てっきり、私の暗殺の者の手先かと思ったよ。そんな事なら興味は無い。この事は忘れてやるから、早く帰りなさい。親が心配するぞ。」

 ヒロはまたベットに横になり、そのまま寝ようとした。

「皇女とて人の子。政治の為に人生を終りにしたくないはず!」

 ガバッとヒロは起上がった。

「おい…。あまり言葉が過ぎると、子供とて容赦はせぬぞ。誰が政治の為に結婚なぞするか。平和の為だと思うから私も結婚を承知したのだ。私の人生一つで、人民の大多数に平和が戻るなら喜んで私の人生を差し出そう。それくらいの覚悟が無くて、何のための王族ぞ。」

 と、王子なら考えるだろう。ヒロはそう思いながら言った。しかし、その口調は厳しいもので、子供は身を竦ませてしまう。それでヒロは顔を緩ませ笑顔をその子供に向けた。

「そういう風に私も考えている位だから、当然皇女もそう考えていると思うよ。それに私と皇女が結婚したからって、彼女が不幸になるとは限らない。私は出来るだけ彼女に幸せになってもらいたいと思っているのだよ。…まだ会った事も無いけどね。」

 子供はそれで呟く様に聞く。

「皇女を…苛めないか?幸せに出来るか?」

「勿論苛めないし、仲良くやっていこうと思っている。どんな女性かは分からないけど、私は精一杯、彼女を幸せにしようと思っているよ。」

 子供は少し躊躇ったあと、コクッと頷いた。

「さあ、早く行きなさい。兵士達が気付くと、色々と拙い事になるからね。」

「分かった…。」

 子供はもう一度頷いて、そして入ってきた窓から外に出ていった。それを見送ってから、ヒロは小さく溜息を吐く。と、リンザがヒロの横に立った。

「子供とて油断すると事だぞ。」

 彼女は例の盗聴や盗撮に対する防御装置を手に持っている。

「でも、あの子供は関係無いと思いますよ。殺意は感じられなかったし、持ってきたのもただの玩具ですからね。」

「ふん…。それにしても、皇女ってのは人気があるのかね。忍び込んだことが見つかったら殺されるような王宮にこんな悪戯をするために忍び込んでくるとは…。」

「さあ…。なにせ、皇女の情報はこれっぽっちも持っていないのですら…。それより、僕、いい加減な事を言ってしまいましたが、あれで良いのですかね?本物の王子は僕の様に考えているのですかね?」

「さて…。私達は本物の王子も見ずにこの星に来てしまった。情報を完全に信じてね。ま、あの子供にはああ言ってやらなくては納得しなかっただろうから、良いんじゃない?」

 ヒロは渋い顔をした。

「本物の王子が情報の通り、立派な人間だと言う事を祈りますよ。」

 リンザはクスッと笑って、機械のスイッチを切った。

「さあ、お休みなさいませ。明日、皇女と御合いになる時に寝不足では仕方有りませんよ。王子。」

「ああ。そうするよ。」

 ヒロはそう言うと、ベットの中に入っていった。それでリンザはスススッと後ろに下がり、部屋の端で、また気配を消した。

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