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物語の始まり

 そこは固い平らな大地が広がる他は何も無い場所だった。

 空には大きいがどんよりとした赤い太陽があり、そこから出る光がその大地を赤く照らしている。

 凄まじい風が轟々と音を立てて、赤い大地の細かい砂塵を舞い上げ、まるでやすりの様にそこにいる者達を削ろうとしていた。

 そこにいる者…。この生物の存在を全く感じられないこの赤茶けた大地に、二つの陰が飛び交っていた。それはおよそ普通の人間とは思えぬ程の速さで、重なっては離れ重なっては離れ、という行為を続けていた。風の音しか聞こえないこの大地に、その回りにだけギンガンと、固い金属が打ち合う音が響いている。その二つの者は自らの意志で戦い合っているのだ。

 者と言ってもその形は異形である。片方は大きな岩が人を象った様な体の化け物で、その重そうな巨体がまるで重さを感じさせない速さで動き回っている。

 頭はあるが顔は無く、体のあちこちに無数の目が有り、それが敵を捕捉するためギョロギョロと動いてはその堅い拳をその敵に打ち付けていた。

 そしてそれに対する者はもっと異形である。

 大きさはその岩人間の膝程しか無く、半透明の液体が凄まじい表面張力で固まったような球体をしていた。

 それがボールの様に固い大地の上を撥ねて、撥ねる度にその表面に細かい波が立っている。

 そしてこの砂塵が混じった強い風にもまた波立ち、しかし、そんな事には全く気にならないような速い動きで、敵の岩人間に向って飛び跳ね、それにぶつかっていった。しかし、岩人間にぶつかる瞬間は、その液体的な表面が硬化して金属の様に赤い太陽の光りを反射させ、金属音を立てて岩人間の体を削っていった。

 しばらくそうやって一進一退の攻防が続いていたが、岩人間の体は限界に近付いていた。彼の体のあちこちが削られて、最初の姿はすでに無くなり掛けていた。対して、液体玉の方は全く戦いが始まった時と変わらずに、その岩人間を攻撃し続ける。

 更に時間が経つと、その岩人間の体は両腕がもがれ頭は無くなり、そして全身に開いていた無数の目がユックリと閉じると、その大きな体はズシンッと振動を立てて地面に倒れた。液体玉の勝利である。岩人間はその生命を失うと、その瞬間から風化が始まり、体がやすりの様な風に削られて、そしてわずかな時間で砂となって消えていった。液体玉はそれの前でジッとしていて、ただ表面が相変わらず風に波立っていた。

 ギューン…。と音が響く。その液体玉の真上に白いボディーの表面が太陽に赤く照らされた飛行物体が現われた。それは羽の生えたひらめの様な形で、しかし全面がツルツルとしていて角が無い流線型の美しい宇宙船だった。

「リンザさん、終ったようですね。此方も終りましたから、乗って下さい。」

外部スピーカーから男の声が響く。そして地上十メートル程に浮いているツルツルの機体の側面に切れ目が入り、そこに長方形の入り口が現われた。それに対してその液体玉はプルプルと全面を震わせ、その瞬間ビヨーンと伸びてその入り口に到達すると、そこで縮まり入り口の所で球体に戻って中に入っていく。その後、入り口はまた消えてツルツルの表面に戻ると、その機体はギューンという音を大きくさせて上空へと上っていった。

 船の中の細い廊下で、液体玉は変形しはじめる。それは粘土の様にグニグニと形を変え、色を変え、人の形に変わっていった。そして瞬く間に見事なプロポーションの女性裸体に変形し、最後に頭部から艶やかな長い黒髪が生えてきて完全な人間に変わった。

 女は腕を軽く回してから体に異常が無いか軽く見渡して、そして廊下に並べて掛かっていた服を着込む。

「この体は本当に不便ね。弱いし汚れるし…。でも、仕方ないか。ヒロが嫌がるから…。」

 彼女は呟きながら染み一つ無い美しい体に下着を付け、そして足から胸まで一体の、体にピッタリと張り付いた水色の服を着て、最後にノースリーブの黒いジャケットを羽織るとコックピットへと歩き出した。

 コックピットは暗く、三百六十度全てがスクリーンになっていて、そこはすでに宇宙空間であった。床に、赤い惑星が段々と小さくなっていくのが見えていて、それが今離れた惑星であり、それはすぐに満面に輝く星々の一つとなった。

 部屋の中央にはまるで宇宙空間に浮いているかの様に男が一人、空中に座っている。彼はサングラスをしていて、その手は何も無い空間を、タイピングしているかの如く動いていた。

 ウィーンと音がして、そのスクリーンの一部の後方に入り口が開き、女が入ってきた。と、同時にパっと部屋が明るくなり、全面のスクリーンが前面だけになった。そして宙に浮いている様であった男の姿が、計器に囲まれて、その前に座る姿になり、何も無い空間を叩いていた指は、彼の前面にある光るキーボードを叩いている姿に変わった。

「どう?帰路の航路インプットは終わった?」

 女が腰に手を当てて聞く。彼女はそのまま彼の隣まで歩くと、何も無い場所でいきなり腰を下ろす。すると、その瞬間、その場所が光って彼女が腰を下ろすのと同じタイミングでソファーが出来上がり、彼女はそこにゆったりと座る。

「リンザさんの言う通りにインプットしましたよ。でも、確めて下さい。」

 男はサングラスを外し、それを女に渡した。女はそのサングラスを掛けて、頷く。サングラスの表面に数字が上から下にザーッと流れていた。

「大丈夫ね。やっとインプットまで覚えたわね。」

 男は少し照れくさそうに笑った。その顔は十八・九歳の若者である。短く切り揃えた黒髪の男で、少し痩せ型の男であった。

「まあ、やっとですけどね。っと、一応報告しておきます。あの岩人間が乗っていた宇宙船は、跡形も無く爆破しました。最後に破片も塵にしましたので、二度と復元される事は無いと思えます。」

「ご苦労さん。で?その報告は本部にしたの?」

「リンザさんがあの岩人間を倒した所で報告を送りました。もう本部の方で確認が始っていると思いますよ。」

「賞金稼ぎの様で嫌だったのだけど、ま、私の前に現れたのが不運だったわね。犯罪者を見逃すほど聖人では無いからね。私は。」

 男は苦笑いをして、立ち上がった。

「お茶を入れますね。もう、少ししか無いですけど…。」

「…お茶か…。やはり地球にいかなければ無いかな…。もっと買ってくれば良かったわ。」

「まあまあ、次のステーションで似たのを探してみましょう。もしかしたらあるかも…。」

  女は肩を上下に軽く揺らして軽く鼻で笑った。

「どうかね…。ま、無ければ無いで、諦めも付くか…。しかし、地球人って奴は、そんな意味の無い物を作り出すのは天才的だわね。もっともこの体にならなきゃ、飲みたいとも思わないけど。」

「そうは言いますけど、体に良いんですよ。っと、地球人の体には、ですがね。」

「はいはい。まあ、私もこの体でいる時は地球人と同じだからね。好みも同じになってしまうって事かな。所で、本部ステーションまで五百六十八ディール…五日程かかるけど、その間に体力を二十パーセント上げておくわよ。」

 男は扉の前で渋い顔をして黙りこくる。それで女は振り返って男を見るともう一度言う。

「上げるわよ?いいわね?」

「へーい…。」

 男は渋々そう返事すると、扉から外に出ていった。

「全く…。地球から出て、約二百五十パーセント体力と反射神経をあげたけど、それでもまだ足りないんだ。もうちょっと危機感を持って訓練をしてもらいたいわね。」

 女は溜息を吐いて、呆れた表情を浮かべた。そして、軽く指を鳴らし、それを合図に床からスッと彼女の目の前に現われた計器のキーボードを軽く叩く。するとキーボードの横のモニターに、今出ていった男の全身画像と、その四肢部に数字が現われた。それで女はまた溜息を吐く。

「各筋力と反射神経を後八十パーセント上げなくては、テストを受ける為の条件さえクリア出来ないか…。さて…、あの子の体がそれに耐えられるか…。」

 彼女は呟きながら、キーボードを叩く。すると、画面が赤くなり、危険マークが現われた。それで彼女は表示を一つ前に戻してまた何やらインプットする。と、また画面が赤くなり危険マークが現れる。それを何度か繰り返してから、大きく深呼吸をしてドサッとソファーにもたれ掛かる。

「どうやっても無理だわね。どんな訓練でも、後五十パーセントが限度…。ま、仕方ないわね。このヒューマンタイプの知的生命体は、宇宙で一番ポピュラーである生命体だけど、一番弱いタイプの生命体でもあるからね。今までヒューマンタイプの戦闘員なんて銀河連盟特殊処理組織の歴史でも、一人たりともいないからね…。って言うか、処理組織全体でも、ヒューマンタイプの生命体なんかほとんどいなかったわよ。」

 女は頭を抑えて渋い表情をした。そこに男が湯気の出たティーカップをトレイに乗せて入ってきた。

「どうしました?」

 彼はカップを女に手渡しながら聞く。その時、モニターをチラッと見て頷いた。

「あーあ、またこれですか?だから、僕は戦闘員じゃ無く、もっと簡単な奴で良いって…。それに、僕、本部って嫌いなんですよね。なんか化け物みたいな人ばかりで…。」

「化け物で悪かったわね…。」

 女はかなりムッとした。それで男は慌てる。

「す、すみません。そんなつもりじゃ…。それにリンザさんはさすがに見慣れましたから…。」

「それじゃ、本来の姿でいていい?私はこの体が嫌いじゃ無いけど、やはり本当の姿の方が行動しやすいのよ。」

 男は慌てて手を顔の正面で振る。

「そ、それは勘弁して下さい。見るのは慣れたけど、一緒にいるのは怖いんですから…。大体、どこに話し掛けていいのか分らない上、リンザさんもあの姿だと僕の言葉を話せないじゃないですか。」

「フンッ。」

 女はまたムッとした。正面切って怖いと言われたのだから、その態度ももっともである。しかし、彼女はそのままズズッと湯飲に入ったお茶をすすると、笑顔が戻った。

「やっぱ、お茶は良いな…。しかし、同じヒューマンタイプの他の星の連中は、こんな物飲んでいなかったわよ。何で地球にだけあるのかしら?…あ、そうか。文明にしても生命体としても、発展途上の星だからかな?こういう意味の無い物が未だに残っているっているわけね。」

 男は、彼女の機嫌が直ったので、少しホッとした。そしてわざとムッとした表情を作って拗ねて見せる。

「どうせ発展途上の星ですよ。なんせ、未だ連盟に加盟出来ないどころか、他の星に生命体がいるかの確認さえ出来ないのですからね。でも、いずれ加盟する事になるのでしょう?」

 女はお茶をすすりながら頷く。

「うん…。今の文明レベルでは無理だけど、後数百年も発展し続ければそうなるだろうね。ま、そうなった所で、辺境の一惑星には変わりないのだけど…。それよりヒロは、宇宙に出てかなりなるけど…地球の時間で約一年くらいか…。地球に戻らなくても良いの?」

「そうは言っても、発展途上星に入るには特殊な許可が必要なのでしょう?」

「だから、あんたが特殊処理組織に入るのを諦めれば、帰星を理由に許可が出る。どう?」

「どう、と言われても困りますよ。そんな帰り方をしたら、二度と宇宙には出れないのでしょう?だったら、リンザさんには迷惑でしょうが、組織のテストに合格して、自分の故郷には自由に帰星出来る許可を貰った方がいいですよ。僕は今の生活が好きなんですからね。」

 女はそれで少し考え込んだ。

「それは分かるけどアシスタントとして勤務出来る期間が、残り一ヶ月を切っているからね…。次の試験に受からなくては組織の一員になれず、記憶を消されて強制的に故郷に戻されてしまうのよ。どうするの。」

「だから、戦闘員で無く、パイロットの試験で良いって言っているじゃないですか。あれなら僕でもテストを受けられるのでしょう?しかも、受かる確率も多い…。」

「そりゃ受かる確率は多いよ。だって、組織の最下層ランクで報酬も待遇も悪く、しかも仕事は酷だから、誰も試験を受けない。それに受かったら受かったで、私の下で働ける確率は低い。下手したら、ヒロの嫌いな化け物の下でこき使われるかも知れないのよ。」

 男は渋い表情を浮かべた。

「こき使われるのは、まあ良いんですが…、リンザさんと組めないのはきついですね…。何とかならないんですか?」

「だから、パイロットより上のランクの下級戦闘員になれと言っているのよ。下級戦闘員なら、私の指名権を使えるから、ヒロを指名出来る。そうすれば今まで通りにやって行けるというわけよ。」

 男は俯いた。彼女とこの話しをしたのは初めてでは無く、それが一番良い方法だと彼も分かっていたのだ。しかし、どんな生体改造と訓練を重ねても元が悪すぎるので、下級戦闘員になる為のテストを受けるボーダーラインを越える事が出来ないのであった。

「そう、暗い顔をしないでよ。大丈夫、何とかなるわよ。」

 女は少し苦笑いして、横に立っている男の尻を軽く叩く。パンッと軽い音がして、男は叩かれた尻を軽く撫で、そして暗い表情ながら少し笑顔が浮かんだ。

「そうですね。ま、まだ一ヶ月程有りますから限界まではがんばってみます…。」

 男がそう言うのを、女は笑顔で頷いた。

 ピーッピーッピーッ。いきなり音が響く。それで男と女はハッとしてその音の出所を見た。それは彼らの前にある計器の一画からで、光りが点滅していた。

「通信だわね。」

 女はそう言うと、スッと手を伸ばして計器のスイッチを押した。それで音は止まったが、代わりにガチガチという音が流れる。それは男には理解出来ない音で、しかし女はハッとして立ち上がった。

「リンザさん?」

「ボスからの通信よ。気を付けをしていなさい。」

 彼女がそう言った瞬間に、二人の前にスッと黒い陰が現われた。それはモヤモヤとした黒い雲の様な物で、しかし半分透けていて、それがホログラフィーだという事が分かる。

 女はそれに敬礼をして、男も慌ててそれに習う。

「途上国の様な挨拶は不用である。」

「はっ!失礼しました!」

 女は気を付けをしたまま手を下げて、男もやはり手を下げた。

「この通信は、君のアシスタントに合わせた言葉を使用するが、それで発音出来ない話しだけは標準語でさせてもらう。」

 その雲はそう前置きをして、話しを続ける。

「最上ランク特殊処理員、ザザザ…リンザ…ザザザ…、及びそのアシスタントのヤシマヒロに次なる指令を与える。」

 ザザザ…と聞えたのは、この女の本名のほとんどが、地球人の耳では聞き取れ無い音の為である。

「ちょ、ちょっと待って下さい。私達は任務を終了させ本部への帰還報告の途中で、その後は休暇のはずです。もっとも、犯罪者を途中で見付け、それの消去の為に寄り道もしましたが…。」

「本部への帰還の義務はこの際無視する。そして君達の休暇は見送りになった。」

 リンザはそれで渋い表情をした。休暇の間に、ヒロの生体改造と訓練を終らせようとしていたのだ。それでなくては、次のテストまでに間に合わない。…もっともそうしてもテストを受けれるランクまで上がるかは疑問ではあるが…。

「リンザの考えは理解している。それで提案だが…。次の任務は君のアシスタントのヒロが重要になっている。この任務が成功したら君のアシスタントのヒロを正式に下級戦闘員待遇で君の下に付けようではないか。」

 リンザと男…ヒロの表情がパっと明るくなって同時に叫んだ。

「本当ですか!」

「本当である。上の許可はすでに取った。もっとも、下級戦闘員としての待遇は、給料面と自由航行の面だけであるが…。しかし、それでも君達の要望とは一致するのではないか?」

 リンザとヒロは顔を見合わせて、そして笑顔で頷いた。

「はい!その条件で十分です。それで任務は…。」

 リンザが聞くと、その雲が少し激しく揺らいで、その後ろに銀河地図が現われた。それは銀河全面を表すと、すぐに一画をアップさせていき、やがて恒星の回りに周る、二つの青い星を映し出した。

「ザザザ…星域の双子惑星、アルマとセトスですね。ここ数百年と戦争をしている…。」

 リンザが首を傾げながら言う。

「その通りだ。しかし、最近平和的な会談が行なわれ、一年程前には停戦協定が結ばれた。その裏で、我ら銀河連盟特殊処理組織員達の命懸けの努力が有った訳だが…。」

「はあ…。」

 リンザはあまり興味が無く、その事は知らなかった。

「そして数ヶ月前に、アルマ王国の第二王子とセトス公国の第一皇女の平和条約の一環である結婚が決まった。」

「は、はあ…。」

 リンザは首を傾げた。自分達の任務が何処に必要なのか分らなかったからだ。

「しかし、両国の平和条約と結婚を望まない者達も多数いる。その代表が、両国に武器を売りつけていた武器商人達だが…。」

 リンザはパっと閃いた表情をした。

「分かりました!その武器商人達を退治すれば良いのですね?」

「違う。君は短絡的に答えを出そうとするが、それは改めなさい。」

 リンザが肩を竦めて渋い表情をした。それでヒロはクスッと笑って、リンザがそれを睨み、ヒロはすぐに真剣な表情に戻して彼女から目を背けた。

「武器商人の方は此方ですでに抑えてある。しかし、アルマの第二王子の暗殺計画があると情報が入り、それで王子はセトスへ行くのを嫌がってしまったのだ。」

「はあ…。それで?」

「最初は此方からボディーガードを出そうとしたのだが、王子はそれさへも嫌がり、しかし、結婚の事実は作っておかねばならん。なにせヒューマンタイプは血の繋がりを重んじる傾向が有るからな。そこでヒロ出番となったのだ。」

 リンザとヒロは首を傾げた。

「全く話しが分かりませんが…。」

「アルマもセトスもヒューマンタイプの生命体の星である。それで、同じヒューマンタイプのヒロがその王子に成りすまして、結婚の儀式を済ませてしまおうというのだ。儀式さえ終らせてしまえば、この二惑星の王族は血族となり、いや、そう民衆に思わせられれば長かった戦争に終止符が打たれる。」

「それじゃ、偽装結婚をさせると?そんなんで良いんですか?」

「構わん。儀式など私達にとって意味の無い物だ。民衆に今の平和が保たれればそれで良い。ヒロは適当に皇女をあしらって、良い時期に本物の王子と入れ替わればそれで任務は終了だ。」

 リンザは少し考えて、ムッとした表情で聞く。

「しかし、暗殺計画が有るなら、ヒロが危険では…。特殊員の中には暇な輩がいるでしょうに。」

「勿論、ヒロの危険は承知である。だからこそ任務が成功したら、彼には特別な待遇を用意したのだ。それに、君がヒロのボディーガードとしてずっと側にいるのだから、心配は無用の事だと考えている。」

「それにしても、危険過ぎますよ。ヒロはひ弱なヒューマンタイプの生命体なのですよ?相手もヒューマンタイプだと言っても、少しの怪我で死んでしまう生命体にこんな任務を任せるなんて…。他に変身出来る者も、もしくは変身システムを使えば強靭な特殊員が任務を遂行出来ますでしょうに。」

「…こう言っては何だが、皆ヒューマンタイプに変身するのが嫌なのだそうだ。現実に、ヒューマンタイプに変身している特殊員は君くらいなものだ。」

 リンザは呆れた表情をした。

「嫌だって理由で、ヒロを使うんですか?」

「勿論それだけでは無い。我々もそうだが、ヒューマンタイプの精神構造で無ければ、任務の途中で失敗してしまう可能性があるのだ。それに…。」

「それに?」

「私もそうだが、ヒューマンタイプの固体の区別がつかない…。皆同じに見えてしまうのだよ。」

 リンザがそれで頷いた。彼女は、さすがに一年もヒロといて多少はヒューマンタイプの区別が付くようになっていたが、それでも大量に同じ種族がいたら、区別がつかなくなるだろう。ただ、ヒロ個人に関しては、精神的な同調があって、お互いを離れていても確認出来るようにはなっていた。

「フーッ…。」

 リンザが溜息を吐いて、ヒロを見る。

「リンザさん、僕やりますよ。だって、こんな良い条件を出してくれているのに、これで逃げたらいずれ強制送還されるのが目に見えてますからね。」

「……そうね。やりましょう。」

 リンザはヒロに仕方無さそうな表情でそう言うと、黒い雲に向かう。

「任務を引き受けます。詳しい資料データーの転送と、それに必要な語学圧縮データーを送って下さい。ヒロは他の国の言葉が把握出来ませんので…。」

「分かっている。それらは用意してあるから、すぐに転送する。それでは後は任せた。」

 黒い雲はそう言うと、スッと消えた。それでリンザはドスンとソファーに腰を落し、ヒロは隣のパイロット席に座った。と、ウィー…と音がして、データーが転送され始め、それが前方の立体スクリーンに映し出される。

「あーあ、休暇がパーか…。ヒロ、任務が上手く行って正式に組織に入れたら、その初任給で私に食事でもおごってよね。」

「はい。勿論そうさせてもらいます。ただ、食事の時もその姿でいて下さいよ。僕はリンザさんの本当の姿と食事は出来ませんから…。」

「分ってるわよ。誰もあんたに私の種族の食事を付き合わせたりはしないわよ。あ、これがヒロの変装する王子さんね。……毛並みが少し違うだけで、後はあまり変わらないわね。」

 リンザがスクリーンに映った金髪の巻き毛の青年を見てそう言った。しかし、それはヒロとは似ても似つかない、弱々しいが美しい青年で、ヒロはどうやってこれに変装するのか頭を悩ませた。

「…本当に区別があまりつかないんですね…。全く違うじゃないですか。」

「そう?…確かに私は多少の区別が付くけど、全く違うって言うほど違くは無いと思うけどね…。ま、でも、種族が違うんだからそんなもんでしょう?あなただって、前に寄ったブライサン星の獣人達の区別がつかなかったでしょう?それと同じよ。」

 ヒロは少し考えてなるほどと頷いた。獣人の星でもそうだったが、地球でも、蟻の大軍などの一匹一匹を識別は出来なかった事を思い出したのだ。

「そうか…。まあ、それはそれで良いけど、でも、やはり細かい所まで変装しなくては、同じヒューマンタイプだから、分かっちゃいますよ。」

「ま、それはこのデーターから割り出して、この船の変身装置を使いましょう。あなたの今の細胞レベルなら支障が無いしね。ただのヒューマンタイプに使ったらちょっと拙いけど…。」

 ヒロは顔を顰めた。

「あれを使うんですか?…嫌だな…あれって気持ち悪い感覚が有るんでしょう?」

「知らないわ。私、使った事無いもの。でも、DNA操作で細胞から変化させるから、それくらいの症状は当然ね。まあ、それくらいは我慢してもらわないとね。任務なんだから。」

「へーい…。」

 ヒロは渋々返事をした。それでリンザがクスッと笑い、しかし、もう言葉を出さずに送られてくる膨大な資料データーを読み始めた。

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