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「それで。一体、どういうことなんだ?」
「え……えっとぉ……」
放課後、いつものサロン室。腕と足を組みながら質問してくるのは、イリオス様。私は体を縮こませながら、彼を見上げた。
今日に限って、リュシアン殿下は不在だった。どうやら、イリオス様が内々で確認したいことがあるとのことで、殿下は先にお戻りになったとのことだった。
「あの……今朝の、クッキー受け渡し作戦でのこと――ですよね?」
「そうだ。殿下と君がクッキーを通してやり取りするまでは良かった。問題はその後だ。なぜかランツベルグ公爵令嬢は、君と親しそうに接していた」
「えーと……そう、見えましたかね?」
できるだけ平静を装って笑ってみせる。小さな囁きだったから、さすがに内容までは聞こえていないと思うんだけど――
「『今度はわたくしの分も作って』と。はっきりと聞こえたぞ」
はい、その通りでございます……
イリオス様は容赦なく断言した。やはり、あの囁きは聞かれていたようだ。
「あ――、あはははは。や、やっぱり聞こえましたよねー」
「君とランツベルグ公爵令嬢は、直接の面識はなかったはずだ。なのに、なぜ公爵令嬢はそのようにおっしゃった? もしや、君は俺たちが知らない内に、彼女と接点を持っていたのか?」
びくびくしながら視線を逸らすが、イリオス様の鋭い視線が刺さりまくって痛い。
もはやここまでか。
観念した私は、深く一呼吸して覚悟を決める。そして、入学式の日、リュシアン殿下とのお話の後にあった出来事を包み隠さず話した。
「――なるほど。ランツベルグ公爵令嬢が、ね」
「はい。リュシアン殿下のことを大変好いておられまして、私に、仲を深めるための協力をして欲しいとのことでした」
色々表現は変えさせてもらったが、オーレリア様からの依頼内容を報告した。イリオス様は意外そうに、顎に手を当てながら小さく唸る。
「だから最近、君のそばにナタリー・ブラウンがずっと張り付いていたのか」
「ナタリーをご存知なのですか?」
「ああ。知る人は多くないが、ブラウン男爵家は、ランツベルグ公爵家の縁戚の者だ。確か、公爵家の影も、かの家の出身者が多かったはずだ」
納得したように、イリオス様が頷いた。
「あの――……怒らないのでしょうか?」
「何がだ?」
ずっと前から気に掛かっていたことを口にした。ぎゅっと膝に乗せた手に力がこもる。
「だって私は……リュシアン殿下の依頼を受けながら、その情報をそのままオーレリア様に横流ししていたんです。報酬を二重取りまでして……最低な女だと思われても、仕方ないかなって」
それは、ずっと心の奥に重くのしかかっていた罪悪感だった。
上の方から言われたから。実家の困窮のためお金が入り用だから。どんなに正当な理由を作ろうとしても、やはり私は殿下やイリオス様を騙すようなことをし続けていたのだ。心が痛まないわけがなかった。
不快に思われるようなら、申し訳ないけれど、お二人からの依頼はここで辞退させてもらおう。最悪は、学園を辞めて領地に戻ってもいい。そう、覚悟をしての発言だった。
イリオス様はどんな表情をされているのか。それを確認するのが怖くて、ずっと自分の足元ばかりを見つめていた。
「―――いや」
イリオス様の優しい声が聞こえてきた。
「俺には、君を怒る理由がない。むしろ君は、巻き込まれた側の人間なのだから」
「―――えっ?」
思わず驚きの声が漏れた。
思いもよらない言葉に顔を上げると、私を見つめるイリオス様の緑色の瞳は、労るように細められていた。
「男爵令嬢の君が、王族と公爵令嬢からの依頼を断ることなど、不可能に近かったろう。しかも、周囲から見れば、君は婚約者のいる殿下に横恋慕するという難しい立場に立たされた」
「………………」
「それでも君は、その依頼をこなそうと誠実なまでに対応し、努力を重ねてきてくれた。感謝はすれど、君を責めるいわれは、一つもない」
イリオス様の言葉が、一つ一つ、心に染みるように入ってくる。
「……ありがとう、ございます」
震える声で礼を告げると、イリオス様は、ただ静かに頷いた。
良かった。私はまだ、ここにいられるんだ。
安堵感から少しだけ涙腺が緩み、さっと指で目を擦った。
「それに。俺としては、ランツベルグ公爵令嬢と接点を持てたのは、むしろ良かったとすら思っている」
「え? そうなんですか?」
意外な声に、思わず聞き返した。
「ああ。彼女は気配りや根回しがとても上手だ。実際、同じクラスメイトの女子生徒たちにも、それとなく事情は伝えているだろう」
「あ、それ、ナタリーも言っていました。半数以上はオーレリア様の味方だ、とも――」
私の言葉を聞いて、イリオス様は納得したように小さく頷いた。
「やはりそうか。だから、今朝のクッキー受け渡しの後、女子生徒たちがやけに楽しそうに会話をしていた訳か」
「ええっ? あの後、そんな風になってたんですか?」
確かに、Aクラスに入った時も、何か空気が違っていたとは気付いたけれど。まさか、殿下と私の恋人ごっこの後に、そんな和やかな雰囲気になっていたとは。
「ちなみに、Aクラスの男子生徒たちも、既に俺の方で根回しは済んでいる」
イリオス様は、さらりととんでもないことを口にした。
「え、ええ――っ!?」
と、いうことは。
Aクラス全員、イリオス様とオーレリア様の根回し済みだったということ!?
「殿下が召し上がっていたクッキーだが、他の男子生徒たちも物欲しそうに見ていたぞ。『次はいつ作ってくるんだ?』と俺に聞いてくる奴までいたくらいだ」
その現場を思い出したのか、イリオス様がクスクスと笑い出した。
私としては、頑張って声のトーンを上げてまで、かわい子ぶりっこしながら殿下と話して……慣れない『てへぺろ』まで披露したのに、それが全て演技だとバレていたなんて!
「う、うう……は、恥ずかしい」
あの時のシーンが色々と思い出されて、両手で顔を隠す私。たぶん今、羞恥心で顔面真っ赤になっているはず。
「まぁ、そういう訳だ。だから君も、報酬の二重取りなど気にせず、これからも我々に協力してもらえないだろうか」
そう言って、イリオス様は手を差し出した。私はその手を、わずかに躊躇いつつも、きゅっと握り返した。
彼の大きな手は、思っていたよりも固く、そして少し温かかった。
「ええ。もちろん、喜んで」




