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学園に入学してひと月が経った。
あれから私たちは、昼食を一緒にすることで親密さを増した――ように見せかけてきた。リュシアン殿下も、私のことを表向きでは「ミリアーナ嬢」から「ミリィ」の愛称呼びに変えた。また、少しずつではあるが、イリオス様の指導の元、殿下が私の容姿を大きな声で褒めることも繰り返し行った。
その努力のかいもあり、今では「リュシアン王太子殿下は、婚約者の公爵令嬢ではなく、田舎者の男爵令嬢に好意を抱いてるらしい」という噂がそこかしこで聞こえるようになった。
ちなみに、オーレリア様だが、昼食はあの日以来、殿下とは別々に食べることになった。殿下が目の前にいると、どうしてもあの『ポンコツ劇場』が思い出されてしまい、食事をするどころではなくなってしまうそうだ。
それはそれで、オーレリア様自身も色々と拗らせすぎだとは思ったが――私たちの昼食の様子を少し離れたところから見物するのが、今ではとても楽しみらしいので、とりあえずこのままでもいいのかもしれない。それに、周りの生徒たちのオーレリア様への同情心も煽ることになり、私たちのお遊戯みたいな『恋人ごっこ』に、少し真実味を増す形になっていた。
もちろん、この一ヶ月で、私の懐もどんどん温かくなってきている。この前は父から手紙が届いた。資金のほとんどを領地回復と領民の生活向上に使ってしまったそうだが、それでも、屋根の雨漏りだけはちゃんと修理できたそうだ。
これからも恋人役を頑張って、ガンガン稼ごう。
そう思っていた矢先のこと――
「あら、ごめん遊ばせ」
中休みにトイレに向かおうとしていた私は、窓際に立っていた一人の女子生徒に、思いっきり肩をぶつかられた。倒れ込みはしなかったが、思いっきりよろめいて後ろに三歩ほど下がった。
「い、いたたたたた」
わざと勢いを込めたのだろう。同じ女性同士とはいえ、地味に痛い。
こういう嫌がらせが来るのは覚悟していたので構わなかったけど……足首の捻挫が完治していて、本当に良かった。
「ふんっ。ちゃんと前を向いて歩くことね」
うん、ちゃんと前を向いて、あなたのことも避けようとしたよ。それを追いかけてきたのは、あなたの方だよね。
「田舎者は、廊下の隅を歩いたらいいのよ」
「ああ、田舎者臭い土の臭いがするわ。臭いったらありゃしない」
彼女の周りに立っていた女子生徒二人からも、悪口を浴びせられる。田舎の豊かな土で野菜を作るから、今日の食事が守られているのを、この人たちは理解してるのかな?
「あ、ミリィ、いたいたー!」
後ろからナタリーが声をかけてきた。
「あれ、ナタリー?」
「私も一緒にトイレに行こうと思って! ほら、早く行かないと、次の授業間に合わないよ!」
私の背中をぐいぐい押してトイレに向かおうとするナタリー。そして、今気付いたかのように、私の前にいる三人を私の背中から覗き見る。
「あれぇ? 何かご用ですか?」
きょとん、とナタリーは顔を横に倒す。すると、最初に話しかけてきた女子生徒が、扇で顔を隠しながら背を向けた。
「…………ふんっ。お友だちに感謝することね」
すれ違い様に、チッという舌打ちが聞こえた。あらあら、淑女としてそれはいかがなものかしら――とは、私も人のこと言えないから、別にいいけどね。
「ほらほら、早く行こうよ! 私、そろそろ我慢の限界だよぅー!」
「わぁ、ごめんごめんっ」
ナタリーは私の腕を強引に組んで引っ張っていく。
「最初に話しかけてきた赤髪の子は、ヴィオレット・ハーゲン伯爵令嬢。その後ろにいた二人の内、銀髪の子は、クラリッサ・ブラッドリー子爵令嬢。そばかすの子は、フランシーヌ・アシュビー子爵令嬢だよ」
そっと顔を近づけ、ナタリーは私にしか聞こえない声で耳元で囁いた。
「―――えっ?」
「いつも、お嬢様のご学友の後ろを勝手について歩いたり、そばに立っていたりする三人組だよ。たぶん、自分たちもお嬢様のご学友の一人だと勘違いしているんだと思う」
私は初対面だったので、制服のクラスカラーバッジから、Bクラスの生徒だということは分かったが、ナタリーはそこまで把握していたとは。流石は公爵家ゆかりの者、といったところだろうか。
「どうする? お嬢様に報告する?」
心配そうに尋ねるナタリー。私は少し考えた後、静かに顔を横に振った。
「ううん、いいよ。たぶん、こんなのは序の口だと思うから。もう少し、手に負えなくなりそうになったら、お願いしようかな」
「うん、分かった。ミリィの意思を尊重する。その代わり、これからはなるべく一緒に行動しよう。ミリィ単独ならまだしも、誰かしら一緒なら、悪意ある人たちも手を出しにくいだろうからね」
「………ありがとう、ナタリー」
彼女の優しい気遣いが素直に嬉しい。目に少しだけ浮かんだ涙を拭って、私たちは急いでトイレに向かったのだった。
*****
その後も、廊下で足を引っ掛けられる、私物がなくなる――大事なものは身につけていたり預けたりしたので、大したことはなかったが――といった小さな嫌がらせが、少しずつ出て来るようになった。その度にナタリーが慰めてくれたが、私も定番の嫌がらせメニューとは何かを予め色々考えた上、「ああ、今日はこれが来たのね」と確認するようにしたら、だんだん嫌がらせに慣れて来てしまった。まぁ、物がなくなるのは、少し困りものではあるが。
そして、今日は一つの計画を立てていた。
早朝の校舎の影。約束していた場所にイリオス様が来た。
「おはようございます、イリオス様」
「ああ。おはよう、ミリアーナ嬢」
辺りを見回し、誰にも見られていないことを確認しながら、こっそりと手招きする。
「朝早くからすみません」
「いや、それはこちらの台詞だ。準備するために、もっと早く起きたのだろう?」
「まぁ、その分昨日は早く寝ましたから、大丈夫ですよ」
私はカバンにしまっていた袋を取り出した。中には私の手作りクッキーが入っている。
今日は『恋人役』として、リュシアン殿下のクラスに行って手作りクッキーを渡す日だった。そのため、早朝、寮の厨房の片隅を借りて作ってきたのだ。
「味は大丈夫だと思います。ただ、やはり王族の方に召し上がって頂くので、毒味は必要かと思いまして」
「そうだな。君のことだから大丈夫だろうと分かっているが、殿下への食べ物は全て毒味するのが決まりでな。気遣いに感謝する」
本来なら、殿下が口にする直前に毒味しなければ意味はないだろう。しかし、既に『恋人関係』になっている以上、目の前でイリオス様に毒味させるのは少し不自然に見えるかもしれない。それを踏まえ、人目のつかない朝のうちに、イリオス様に確認してもらうことにしたのだった。
イリオス様は、私が差し出した袋からクッキーを一枚取り出して口にした。さくっと軽い音が聞こえる。
「――ほぅ、美味いな」
イリオス様が一瞬だけ目を見開いた。
「ありがとうございます。皆様のお屋敷のシェフの味には及ばないと思いますが……これでも領地にいた頃は、家族の食事を担当していた時期もあったんです」
「そうだったのか。素朴な味だが、それがまた癖になる。毒味だけで終わらせるには惜しいくらいだ」
「ふふっ。まだ沢山ありますから、もう一枚召し上がりますか?」
「いいのか? ――あ、いや。これは殿下のために作られた物だったな。これ以上は遠慮しておこう」
残念そうに呟くイリオス様。ふむ。
「もしよろしければ、今度また何かお菓子作戦をする時は、イリオス様の分も作りましょうか?」
「本当か!? ―――あ、ああ……いや。ありがとう。そうしてくれると、俺も嬉しい」
嬉しそうに顔を輝かせた後、イリオス様は少し恥ずかしそうに口元を隠して横を向いた。
何だか、少し可愛らしい一面があるんだな、イリオス様って。
私はクスクス笑いながら、クッキーをカバンにしまった。
後もう少ししたら、リュシアン殿下が登校なさる。そうしたら、いよいよクッキーを持って、Aクラスに突入だ。




