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終業の鐘が鳴り響く。午前中の授業がこれで終わった。
「ふぅー。もぅ、頭がパンクしそうだぁ」
隣の席でそう悲鳴を上げるのは、赤茶色の長い髪を二つに三つ編みしたナタリー・ブラウン男爵令嬢。昨日、オーレリア様が話していた『公爵家の手の者』だ。
朝の登校時、彼女は私が教室に入ったらすぐに近くに来て、怪我の容態を気にかけてくれた。その後色々話をしたらすっかり意気投合し、今ではもう名前で呼び合う仲になっていた。
「ミリィはこれから、食堂でお昼でしょ?」
ナタリーが確認してきた。もちろん、彼女はオーレリア様から全ての情報を受け取っている。ちなみに、『ミリィ』は私の家族が使う愛称だ。
「うん。この後、ヴァンガード様が迎えに来てくれる予定だけど――」
その時、ガララっと扉が開き、イリオス様が姿を現した。ざわつく教室内を他所に、私の元に歩いてくる。
「グリーンウッド嬢、お迎えに上がりました」
「「「――――えっ?」」」
先程まで小さかったざわめきが、ここに来て大きな動揺となった。
「え? ヴァンガード伯爵令息って、リュシアン王太子殿下の最側近の方よね?」
「なんで、あの片田舎の男爵令嬢を迎えに来たんだ?」
「もしかして、この後殿下と会うの? 子爵家の私だって、殿下はもちろん、ヴァンガード伯爵令息に声かけられたことすらないのに」
「……………………」
周りから漏れてくる、私に聞こえる音量のひそひそ話の一つ一つが、地味に心に刺さるわね。
「ほら、ミリィ。気にせず行ってきなよ」
「ナタリー……」
私を勇気付けるかのように、彼女はおどけてウインクまでしてくれた。改めて、オーレリア様の優しい気遣いに感謝でしかなかった。
「うん、ちょっと行ってくるね、ナタリー」
机に立てかけておいた松葉杖を取り、立ち上がる。貴重品を入れた小さなカバンは、イリオス様が先に手にしていた。怪我をしている私の代わりに、荷物を持ってくれているだけなのだが――本人に自覚があるのか分からないが、それもまた、クラスメイトの誤解をどんどん招いていく結果となっている。
まぁ、恋人役を引き受けた以上、ヘイトを集めてしまうのは仕方ない。落ちぶれた評判は、依頼終了後にしっかり殿下たちに取り戻してもらおう。
座席で見送ってくれるナタリーに軽く手を振って、私はイリオス様と共に教室から退出した。
廊下を歩きながら食堂に向かう。すれ違う生徒たちが、王太子の最側近と男爵令嬢という組み合わせを訝しながら見つめてくるが、とりあえず今は全部スルーすることにした。
イリオス様も、周りの視線を全く気にしている様子はない。もともと、殿下と共に行動している分、注目を浴びるのは慣れているのかもしれない。
まだ不慣れな松葉杖で歩くため、どうしても速度はゆっくりになる。だが、彼は私に歩調を合わせて歩いてくれた。まだ出会って数日ではあるが、彼もまた細やかな気遣いのできる優秀さを備えているのだろう。
「――この度は、殿下の困った要望に巻き込んでしまって、申し訳ありません」
おもむろに、イリオス様が口を開いた。
まさか謝罪されるとは。予想だにしなかった言葉に、呆気に取られてしまう。
「あ――いや、その………ほ、ほら。私も、その分報酬もらってますから。ギブ・アンド・テイクというやつですよ、ね!」
あはは、と笑いながら答えると、イリオス様がくすりと笑った。
「この大役を務められる以上、これからも、お困りになることが増えるかもしれません。その際はぜひ、私にお申し付けください。可能な限り、サポート致しましょう」
柔らかい蜂蜜色の髪が、窓から差し込む光を浴びて輝いた。優しく細まる緑色の目に、思わずドキッとしてしまった。
「あ、ああ! そ、そうですね! その際はその――はい、お願いしようかと思います」
何だか暑くなってきた気がする。初夏はまだもう少し先のはずなのに、おかしいな。顔を手で仰ぐには、両手は松葉杖で塞がってしまっているので、顔を背けながらふぅふぅと小さく息を吐いた。
「さて、グリーンウッド嬢。申し訳ありませんが、もう少しだけ早く歩けるでしょうか? 殿下とランツベルグ公爵令嬢が、グリーンウッド嬢の到着をお待ちです」
「あっ。そ、そうでしたね。はい、大丈夫だと思います」
ついうっかりしてしまっていたが、この後、大事なイベントが待っているのだ。気を引き締めて歩幅を大きくしながら歩く。
「あ、そうだ。ヴァンガード様」
「はい、なんでしょう?」
私は歩きながら、先日から気に掛かっていたことを思い出した。
「あの。もしよければ、ぜひ敬語は無しにして頂けないでしょうか? 私の方が家格が低いですし、何よりも依頼主でいらっしゃいますから」
「敬語を――ですか?」
「はい。あと、差し支えなければ、私のことも家名ではなく、名前で呼んでもらえたら、と。殿下にも後ほどお願いするつもりですが、私の家名、長いですからね」
「名前で、ですか――ふむ、なるほど」
彼は顎に手をつけて少し考えた後、頷いてこちらを向いた。
「ああ、分かった、ミリアーナ嬢。俺のことも、ぜひ名前で呼んでくれ」
「は、はいっ。わ、分かりました、イリオス様っ」
ニッと相好を崩して私の名を呼ぶイリオス様。自分から要望したはずなのに、何だか落ち着かない気持ちを抱えてしまう私であった。
*****
少し遅れて到着した食堂は、昼の賑わい真っ盛りだった。どこもかしこも席が埋まっている中、一箇所だけ、ポツンと座席が空いている場所があった。
そこに対面で座っているのは、リュシアン殿下とオーレリア様。そして、オーレリア様の隣に座るアンナさんだ。
イリオス様は私と自分の昼食を取りに行ってくれているので、私はひと足先に殿下の元に向かうことになっている。目指すはもちろん、殿下の隣の席だ。
「……………………」
こうして外から見てみると、本当に絵になる二人だった。さらさらの金髪に、青い王族の目をしているリュシアン殿下。細い絹糸のような金髪をキツく巻いている、碧眼のオーレリア様。
この二人の中に、何の特徴もない私が参戦する。うん、普通に考えると、ちょっと――いや、本当はかなり怖い。
でも、今の私は二人とすでに面識があり、どんな性格をしているかも知っている。そして何より、二人は私の到着を待っているのだ。ここで怖気付いてはいけない。
「よし、行くぞ」
小さく呟き、人混みの中をかき分けて殿下の元に向かった。オーレリア様はすぐに私を見つけたが、気付かない振りをしていた。
「あー……と。ごほんごほん」
喉の調子を整えて、改めて言い直す。
「あ! リュシアン様だ〜♡」
わざと声を少し裏返しながら、明るく笑って殿下の隣に立つ。
「リュシアン様、ここにいらしたんですね♡ もう、人がたくさんいるから、探しましたよ♡」
ざわっとする外野は一切無視するように、少し大きな声で話しかけた。殿下は一瞬、びくっとしながらこちらを向く。
「お……おお! ミリアーナ嬢ではないか!」
「えへへ♡ リュシアン様、お隣に座ってもいいですか?♡」
「あ、ああ、構わない。一緒に食事をしよう」
不器用ながら椅子を引いてくれたので、ありがたく座った。よし、イリオス様の復習が一応効いているようだ。
「ミリアーナ嬢の食事はどうしたのだ?」
「あ、えっと♡ イリオス様が、私の分も持ってきてくれるみたいですよ♡」
今の私は恋に恋する男爵令嬢。非常識もなんのその。自分にそう言い聞かせながら、ニコニコ笑顔を振り撒く。
「そうか。それなら良かった」
そのまま前に向き直す殿下。そして、普通にご飯を食べ始めた。
いやいや、ちょっと待ってほしい。まだやるべきことがあったでしょう。
(ほら、殿下。オーレリア様に私を紹介してください)
(お、そうだったな。忘れてた)
こっそり殿下に耳打ちする。やはり忘れていたらしい。殿下はフォークを持つ手を置いた。
「オーレリア」
「はい、何でしょう。リュシアン様」
オーレリア様は静かに殿下に返事をする。とりあえず、今のところは笑いのツボは大丈夫そうだった。
その隙に、イリオス様が私の食事をテーブルに置いてくれた。手荷物を受け取ると、イリオス様は殿下の反対側の席に座り、食事を始めた。
「え――っと……か、彼女は昨日――」
と、ここで殿下がごそごそとズボンのポケットに手を入れる。何をしているんだろう?
オーレリア様は、殿下ではなく私の食事を見て、少し眉根を下げていた。今日の私はCメニューの魚だ。メニューは上からA、B、Cとあり、そして私が普段食べる日替わり定食がある。あまり高額なものを選ぶのも……と遠慮してしまったのだが、もう少し良いものを選びなさい、ということなのかもしれない。
「おお、あった!」
ごそごそが終わった殿下が、ポケットから何かを取り出した。手に持つのは―――
え? まさかのカンペ!?
「えーと。なになに……オーレリア。彼女は昨日、怪我をしたので私が医務室に運んだ…そして、それをきっかけに仲良くなったのだ」
ちょっと、殿下! 手の隙間から紙が見えちゃってるよ!!
オーレリア様が固まった。そして、その隣のアンナさんが、なぜか猛スピードで残りの食事を口に詰め込んでいく。
「えっと……私は、王族という身分を気にせず、とても気さくに話す彼女が気に入ったのだ。どうか、君も、彼女と仲良くしてほしい」
無事に言い切った――そう、満足そうな顔をして、ふんっと鼻から息を吐き出すリュシアン殿下。
もちろん、全ての言葉が棒読みなのは、いうまでもない話。
これはまずい。
一気に汗が噴き出た私は、即座にオーレリア様を見た。彼女は完全に顔を下に向けて表情を隠している。しかし、テーブルに置かれた手がかすかに震えているのを、私は見逃さなかった。
「―――リュシアン様」
温度のない声で、オーレリア様が殿下に話しかけた。
「わたくし、少々気分が………ですので。申し訳ありませんが、これで失礼させて頂きますわ」
ガタッと、普段の公爵令嬢らしからぬ立ち方をした後、オーレリア様は食事の残ったトレーを手に、足早に退出していった。
その後に続くアンナさん。もちろん、彼女のトレーの皿は、綺麗さっぱり片付いていた。
「「「………………………」」」
空いた席を前に、無言になる私たち三人。周りのざわめきは、先程よりも大きくなったように聞こえる。
「おい、グリーンウッド」
突然、素に戻った殿下に呼ばれる。
「はい。何でしょう、殿下」
「これは、作戦が成功したということか?」
「今の私には、ちょっと判断がつかない感じです……」
外野から見れば、殿下の行動に傷ついた公爵令嬢がその場を辞したことになるが―――きっとオーレリア様は、人気のないところに避難して、絶賛爆笑中だろう。
「とりあえず、早く食べ切ってしまいましょう。昼休みの時間は、もう少しで終わってしまうのですから」
イリオス様に促された私たちは、その後、ただひたすらに無言で残りの食事を口に詰め込んだのだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
この後も、リュシアン殿下のポンコツぶりとミリアーナの奮闘は続きます。少しでも楽しんで頂けましたら、評価やブックマークで応援して頂けると嬉しいです。




